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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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10

舞台に着くと、まずは荷物を下ろすところから始まった。

太鼓や弦楽器のケース、布包みの小道具、譜面を入れた革袋。

皆が手慣れた動きでそれぞれの持ち場に向かっていく。


ブラムが舞台の中央に太鼓を置き、位置を確かめるように軽く叩いている。

川に反射して返ってくる音を聞いているようだ。


「うん、悪くない」


短く呟いて、また位置を微調整する。


エルドさんは弦楽器を抱えたまま、舞台の端に立ってユーシリアさんと何かを確かめていた。

視線の先には、客席になるであろう石畳の広場。


フェリクスは譜面台を並べながら、アナスタシアさんに何か話しかけている。



私は、小さな太鼓を抱えたまま、その場に立ち尽くしていた。

何をすればいいんだろう。


置き場所も、順番も分からない。

何から聞くか、誰に声をかけようかと迷っているうちに、次々と荷物が運び込まれていく。



「リネ」


ユーシリアさんがこちらを見て、手招きした。


「その太鼓、舞台の奥に置いて。布はかけなくていいわ」

「はい」


言われた通りに運び、舞台の奥——石の段差になった場所に、そっと置く。

戻ってくると、今度はリュミが声をかけてくれた。


「次はこれ。箱、あっちの柱の横ね」


木箱を渡される。

中には何が入っているのだろう。

持ち上げると思ったより重い。腕に力が入った。

柱の横まで運び、そっと下ろす。


「ありがとう!」


リュミが笑って、また次の荷物を運び始める。

私もまた舞台に戻る。


「リネ、これも」


アナスタシアさんが、布の束を差し出してくる。


「舞台の裏に、敷いておいて。楽器を置く時に使うから」

「はい」


布は柔らかくて、抱えると少しだけほこりっぽい匂いがした。

舞台裏——石の影になった場所に、布を広げる。


ここに楽器を置くのか。

そう思うと、少しずつ、全体の流れが見えてきた気がした。

私もちゃんとここにいる。

そう思えた、そのときだった。



「ねぇ、楽団さん」



背後から声がする。

振り向くと買い物袋を下げた女性が立っていた。

年配で、優しそうな顔をしている。



「今夜は、いつから?」


一瞬、頭が白くなる。

いつ、何時、演奏開始の!

朝貼った紙の文字が浮かんだ。


「…日が沈んでから、です。川沿いの灯りが入る頃に」

「ああ、ちょうどいい時間ね」


女性は笑って、去っていった。

ほっと息をつく。

びっくりしてしまったが落ち着いて答えられただろうか。


その安堵も束の間、今度は別の声が飛ぶ。


「子ども連れてっても平気かい?」


男性が、少し離れたところから声をかけてきた。


「はい、大丈夫です。外の舞台なので」


答えると、男性は安心したように頷いた。


「それは助かる。楽しみにしてるよ」



胸の奥が、きゅっと鳴る。

今度はしっかりと答えられた。ちゃんと。



けれど、次の質問で言葉に詰まった。


「“川霧の夢歌”はやる?」


若い男性が、興味深そうにこちらを見ている。

曲名だろう。できるのか、できないのか。

私は、そもそもその曲を聞いたことがない。

一瞬、視線が泳ぐ。

どう答えればいいか分からず、わからないと口を開きかけた。



「あぁやりますよ、他にもリクエストがあれば夜聞きます」



フェリクスが自然に会話に入ってきた。


「全部とはいかないですが、何曲かは弾けます」

「そうか、それなら彼女と行くよ」



男は満足そうに笑って離れていく。

私は、小さく息を吐いた。


「助かりました……」


そう言うと、フェリクスはちらりとこちらを見る。


「分からないことはさ、誰か他のやつ呼べばいいんだよ」



それだけ言って、また舞台の方へ戻っていった。

気がつくと町の人が足を止めてこちらを見ている。


橋の上から覗き込む子ども。

市場から戻る途中らしき女性たち。

仕事の手を止めて、様子を見ている商人。

話しかけられ、答え、また次の作業へ戻る。


その繰り返し。

でも、嫌じゃなかった。


楽団の一員として働けている。

その実感が、胸の奥に静かに広がっていった。


今夜、この場所に音が満ちる。

その準備の中に、自分の居場所がある。

そう思うと、背筋が少し伸びた。



「リネ、次はこっち!」


リュミの声に私は駆け出した。

設営は、まだ続く。

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