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舞台に着くと、まずは荷物を下ろすところから始まった。
太鼓や弦楽器のケース、布包みの小道具、譜面を入れた革袋。
皆が手慣れた動きでそれぞれの持ち場に向かっていく。
ブラムが舞台の中央に太鼓を置き、位置を確かめるように軽く叩いている。
川に反射して返ってくる音を聞いているようだ。
「うん、悪くない」
短く呟いて、また位置を微調整する。
エルドさんは弦楽器を抱えたまま、舞台の端に立ってユーシリアさんと何かを確かめていた。
視線の先には、客席になるであろう石畳の広場。
フェリクスは譜面台を並べながら、アナスタシアさんに何か話しかけている。
私は、小さな太鼓を抱えたまま、その場に立ち尽くしていた。
何をすればいいんだろう。
置き場所も、順番も分からない。
何から聞くか、誰に声をかけようかと迷っているうちに、次々と荷物が運び込まれていく。
「リネ」
ユーシリアさんがこちらを見て、手招きした。
「その太鼓、舞台の奥に置いて。布はかけなくていいわ」
「はい」
言われた通りに運び、舞台の奥——石の段差になった場所に、そっと置く。
戻ってくると、今度はリュミが声をかけてくれた。
「次はこれ。箱、あっちの柱の横ね」
木箱を渡される。
中には何が入っているのだろう。
持ち上げると思ったより重い。腕に力が入った。
柱の横まで運び、そっと下ろす。
「ありがとう!」
リュミが笑って、また次の荷物を運び始める。
私もまた舞台に戻る。
「リネ、これも」
アナスタシアさんが、布の束を差し出してくる。
「舞台の裏に、敷いておいて。楽器を置く時に使うから」
「はい」
布は柔らかくて、抱えると少しだけほこりっぽい匂いがした。
舞台裏——石の影になった場所に、布を広げる。
ここに楽器を置くのか。
そう思うと、少しずつ、全体の流れが見えてきた気がした。
私もちゃんとここにいる。
そう思えた、そのときだった。
「ねぇ、楽団さん」
背後から声がする。
振り向くと買い物袋を下げた女性が立っていた。
年配で、優しそうな顔をしている。
「今夜は、いつから?」
一瞬、頭が白くなる。
いつ、何時、演奏開始の!
朝貼った紙の文字が浮かんだ。
「…日が沈んでから、です。川沿いの灯りが入る頃に」
「ああ、ちょうどいい時間ね」
女性は笑って、去っていった。
ほっと息をつく。
びっくりしてしまったが落ち着いて答えられただろうか。
その安堵も束の間、今度は別の声が飛ぶ。
「子ども連れてっても平気かい?」
男性が、少し離れたところから声をかけてきた。
「はい、大丈夫です。外の舞台なので」
答えると、男性は安心したように頷いた。
「それは助かる。楽しみにしてるよ」
胸の奥が、きゅっと鳴る。
今度はしっかりと答えられた。ちゃんと。
けれど、次の質問で言葉に詰まった。
「“川霧の夢歌”はやる?」
若い男性が、興味深そうにこちらを見ている。
曲名だろう。できるのか、できないのか。
私は、そもそもその曲を聞いたことがない。
一瞬、視線が泳ぐ。
どう答えればいいか分からず、わからないと口を開きかけた。
「あぁやりますよ、他にもリクエストがあれば夜聞きます」
フェリクスが自然に会話に入ってきた。
「全部とはいかないですが、何曲かは弾けます」
「そうか、それなら彼女と行くよ」
男は満足そうに笑って離れていく。
私は、小さく息を吐いた。
「助かりました……」
そう言うと、フェリクスはちらりとこちらを見る。
「分からないことはさ、誰か他のやつ呼べばいいんだよ」
それだけ言って、また舞台の方へ戻っていった。
気がつくと町の人が足を止めてこちらを見ている。
橋の上から覗き込む子ども。
市場から戻る途中らしき女性たち。
仕事の手を止めて、様子を見ている商人。
話しかけられ、答え、また次の作業へ戻る。
その繰り返し。
でも、嫌じゃなかった。
楽団の一員として働けている。
その実感が、胸の奥に静かに広がっていった。
今夜、この場所に音が満ちる。
その準備の中に、自分の居場所がある。
そう思うと、背筋が少し伸びた。
「リネ、次はこっち!」
リュミの声に私は駆け出した。
設営は、まだ続く。




