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宿に戻ると、私たちが酒場を出た時よりも賑わいが増していた。
宿泊客の朝食の時間がおわり、昼の仕込みが始まったらしい。
働く人の数も増え、鍋をかき混ぜる音と香辛料の匂いが一気に広がる。
窓から差し込む光も、さっきよりずっと強い。
町はもうすっかり目を覚ましていた。
1階に団長がいなかったので、2階の部屋に向かい扉を叩く。
「開いてる」
それだけ聞こえてリュミは扉を開けた。
部屋の中では団長とブラムが何やら紙を見ながらペンを手にして話し合っていた。
「戻ったか。全て貼れたか?」
「うん、貼れた!それにね、前に来たこと覚えててくれてる人も結構多くて、いい空気だったよ」
リュミの報告を聞いて団長は紙に視線を落としたまま、ふっと息を吐いた。
「客入りは期待してもよさそうだな」
この後の流れの打ち合わせを少しして、1階の酒場で皆で早めの昼食をとる。
お腹を満たすというよりも、ここから先の区切りをつけるための時間。
私も緊張したまま、なんとか食事を終えた。
食器を下げ終え、支度をして皆で外に出る。
町の空気がまた少し変わっていた。
川にかかっていた霧がすっかり晴れ、上がってきた気温と日差しの強さに驚き、思わず目を細める。
ブラムは太鼓を抱え、革の張り具合を確かめていた。
フェリクスは笛を指で回しながら、気まぐれに短い音を鳴らした。
皆がそれぞれ自分の担当楽器を持って並ぶ。
胸の奥がきゅっと締まるり鼓動が早まる。
——ああ、いよいよだ。
「行くぞ」
団長の短い声で、全員が動きだす。
ユーシリアさんが背後から声をかけてくれた。
「さっきも言ったけど、リズムに合わせて少し叩けばいいから。無理なくね」
「はい」
私も小さな太鼓を抱えて、この列に加わっている。
宿を出て、市場の通りを抜ける。
最初はただ歩いているだけ。
それでも楽器を持った大人数の大人がぞろぞろと歩く様は注目を集めていた。
けれど、これだけではない——
「いくぞ」
団長の合図で、音が始まった。
笛の軽やかな旋律。
それに重なる弦の音、そして太鼓がリズムを刻む。
完全な演奏じゃない。
調整しながら、音を確かめるように。
足を止める人がいた。
窓が、開いた。
「おや?」
誰かが顔を出す。
子どもが、走ってくる。
「楽団だ!」
小さな声が、弾んでいた。
音が川に反射している。
笛の高い音が、水面に跳ねて戻ってくる。
太鼓の低い音が、石畳を震わせる。
歩きながら、音が町に広がっていく。
「ねぇ、今夜やるの?」
誰かが、声をかけてくる。
「ああ、川沿いの舞台でな」
団長が答える。
「行くわ!」
女性が笑って手を振った。
私も太鼓を抱えてリズムから外れないよう注意しながら小さく叩く。
音が、人を引き寄せている。
言葉じゃなく、音で。
町の人たちが、足を止め、耳を傾け、笑顔になる。
これが、楽団なんだ。
胸の奥が、熱くなった。
やがて川沿いの舞台が見えてきた。
石を積んで作られた簡素な舞台。
それでも趣があるように思えた。
私が実際に舞台に立つわけではない。
それでもここは、楽団の一員になって初めて迎える舞台だ。
どんな演奏になるだろう。
私にできることは、何だろう。
緊張も興奮もある。
音はもう届いている。
町中に。
「設営するぞ」
団長の声で、音が止まった。




