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「さて、私も荷物を片付けてしまわないとね」
ユーシリアさんの言葉に、私は手伝いを申し出た。
話し合いでは役に立てそうにない。
でも片付けの手伝いならばできそうだ。
「あら、じゃあお願いしようかしら」
そう言ってもらえて、ほっとした。
2人で階段を上がる。
階下から皿の触れ合う音と笑い声が響いてくる。
香辛料と酒の匂いが、階段をのぼって部屋まで流れてきた。
まだ他の部屋には誰もいないのだろうか。
客室は階下の酒場と比べて静かで、板張りの床が小さく音を立てた。
「旅をしてみて、どうかしら?」
片付けをしながらそう聞かれて、なんと言えばいいのか悩んでしまう。
楽しいことも、不思議なことも、面白いこともある。
その反面。
寂しくないと言えば嘘になるし、不安と緊張の日々で足元はふわふわとしたままだ。
「新鮮で、あっという間に時間が流れていきます」
これは事実。
旅を始めると決めたその日から、変化に追いつけず時間を必死に追いかけている気がする。
「そうね。旅って、そういうものよ」
ユーシリアさんは手を止めずに、穏やかに言った。
「楽しいだけじゃないし、作業に集中しても不安が消えるわけでもない。それでいいの」
少しだけ、微笑む気配が伝わってくる。
「ちゃんと感じているならいいのよ」
その言葉を反芻しながら片付けの手伝いを終えた。
次は何をするか考えていると、ユーシリアさんが声をかけてくる。
「少し外に出て、この町の空気をゆっくり味わってきて。体をゆるめておくのも、大事な準備よ」
でも…そう少し悩んでいると、馬たちの様子を見るついでに、ね?と優しく言われる。
“休んでいい”と言われることに、まだ慣れていなかった。
何かをしていないと、置いていかれる気がしてしまう。
皆が次の舞台の話をしているあいだ、自分だけが手持ち無沙汰でいることが、少し怖かった。
それでも、ユーシリアさんの声は急かすものではなかった。
馬たちの様子を見るついで——
それなら、楽団の役に立っていると言える。
そうやって理由を差し出してくれる、そのやさしさがありがたくて。
私は小さく息を吐き、頷いた。
もう一度階段を下りる。
話し合いは終わったようで酒場に皆の姿はなかった。
裏口から外へ出る。
夕方の空気はひんやりとしていて、風が強い。
風に運ばれて川の匂いが強くなっている。
厩舎は宿の裏手にあった。
近づくにつれ、干し草の甘い匂いと、湿った土の匂いが混ざりあっていく。
中では、茶色い馬が首を揺らし、灰色の馬がゆっくりと鼻息を鳴らしていた。
藁を踏むたび、かすかな音が響く。
生き物の体温がこもった空気は、外よりも少しだけ暖かい。
「いい子だ」
エルドが世話をしているところだったようだ。
水桶には新しい水が張られ、干し草も十分に積まれている。
次はブラッシングだろうか。
手伝おうと思い、声をかけかけたところで、エルドが軽く手を上げて止めた。
「ここは私がやる」
穏やかな声だった。
「君は、少し休むといい」
戸惑っていると、エルドはゆっくりと振り返り、こちらを見た。
「町に入ってから、ずっと力が入っている」
責めるでもなく、ただ事実を告げるように言う。
「無理をしている、というほどではないが——君はきちんと動いている」
一度言葉を切り、馬の首を撫でる。
「だからこそ」
視線が戻ってくる。
「このままだと、どこかで息が詰まってしまう」
夕方の冷たい風が、厩舎を抜けていった。
「町の音、匂い、空気、そういったものを体に入れる時間をとりなさい」
少し間を置いて、付け足すように言う。
「それも、“ついていく”ために必要なことだ」
「……はい」
頷くと、エルドは何も言わずに、また馬に向き直った。
私は厩舎を出て、宿の横にある川沿いの道を少し歩くことにした。
私を気にかけて見てくれている人がいる。
リュミも、ユーシリアさんも、エルドさんも。
そう思うとなんだか肩の力が抜けた。
それに、少しくすぐったい気持ちになる。
深く、息を吸う。
今はこの景色を感じよう。明日のために。




