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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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36/65

部屋の中を片付けてから、皆で1階に降りた。


今日は移動日で練習はないそうだ。

到着後は体を休めることになっていて、このあとは好きに過ごしていいという。


男性陣はさっそく酒を飲み始める。

リュミとアナスタシアさんは、名物だという、凍らせた果物を串に刺したものを頬張っている。

ひと口齧るたびにリュミが、冷たい!甘い!美味しい!と声をあげていて、その素直な表情が可愛らしくて少し笑ってしまう。


私の分も注文してくれようとしたが、お金のことも気になるし、初めての場所の空気にまだ慣れず、食べ物は胃に入りそうになかったので果実水だけお願いした。

すっきりとしたほのかな酸味と、喉を通る冷たさ。

興奮や緊張が少しずつ溶けていく気がする。


さっきは荷物を運ぶ往復と緊張でよく見られなかった、宿兼酒場をあらためて見渡した。


入口から続くのは、広い酒場の空間。

正面には、大きな一枚板で作られた長いカウンターがどんと構え、その奥が調理場になっている。鍋や皿の触れ合う音が絶え間なく聞こえてきた。

地元の人だろうか、常連らしき男たちがカウンターの椅子に座り、大声で笑いながらお酒を飲んでいる。

カウンターの他に、丸テーブルも5つ置かれている。


右奥には、私たちも使う客室へ続く階段があった。


年季の入った店内には、酒と魚と香辛料、それから甘い果物の匂いが混ざり合って漂っている。


「…旅人になったんだ」


思わず零れた言葉に、リュミが笑った。


「旅人?」


声に出したつもりはなかったので、聞かれていたのが少し恥ずかしい。


「宿に泊まるのが初めてで……」


消え入りそうな声で、言い訳のように伝える。


「初めて?」

「はい」

「そっか。大丈夫、大丈夫。天幕より楽だよ」


カンシーラでは天幕だった。

けれど、実際には天幕を張る方が珍しいらしい。


「前回は祭りで、宿が全部埋まってたんだ」


フェリクスが肩をすくめる。


「天幕張るの、久しぶりだったから手こずってさぁ」


ブラムも頷き、今回は楽だ、としみじみ言った。

毎回町外れで天幕を張るものだと思っていたから、少し意外だった。


「分からないことがあっても、私がいるから大丈夫」


お部屋の使い方も、町歩きの仕方も、全部私にお任せ!とリュミが胸を張って笑ってくれた。

知らない町の真ん中で、ひとりではないと思えるだけで、こんなにも違うのか。

温かい。心強い。



そんなふうに皆で話していると、団長とユーシリアさんが戻ってきた。


店主が「おかえり」と声をかけ、団長が軽く手を上げて応える。



「明日の夜から3日間、この町で演奏だ」


団長の一言で、空気が一瞬で切り替わった。


「演奏は夜だけ。昼は仕込みと練習、音合わせに使う」


視線をぐるりと巡らせ、続ける。


「3日間、同じ舞台に立つ。つまり、毎日変化が必要だ」


皆の表情が、さらに引き締まる。


「舞台は前にやった川沿いだ。音の返りは悪くねぇ」


だがな、と少し間を置き、考え込むように続けた。


「初日は明日だ。客入りを考えると、一工夫ほしい」


朝のうちに夜の演奏を知らせる紙を配る案、練習を兼ねて町中で音を出す案——

いくつもの意見が出て、話し合いが始まった。



声が重なり、手が動き、誰かが笑う。

この人たちは、何度もこうやって舞台を作ってきたんだ。


この町で楽団の一員として働く日々が始まるんだ。




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