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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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32/66

それから、しばらく誰も喋らなかった。

影路は変わらず進み続けて、私はその揺れに身を預ける。

そして、さっきの言葉を胸の奥で転がしていた。



影路が止まった。

止まったことに気づいた、と言った方がいいかもしれない。

動いていたときは気づかなかった。

音がなかったんだ。


止まった瞬間、世界が、戻ってきた。


風が、木々を揺らす音。

葉が触れ合う、小さなざわめき。

遠くで鳥が鳴いている。

誰かが地面を踏む音。

みんなそれぞれの息遣い。

荷馬車の軋む音。


ああ、私は今外の世界にいるんだ。



影路の上では、全てが遠かった。

景色も、音も、匂いも。

まるで、薄い膜の向こう側にいたみたいだった。

でも今は違う。


足元の土。

吹き抜ける風。

森の匂い。


全部、生きている。


「休憩だ」


団長の声で、現実に引き戻された。




「よし、やるか」


ブラムが御者台から身を翻して地面に降りた。

大きな体なのに音がしない軽やかな着地。

これも何か魔法を応用して使っているんだろうか。


そんなことを考えつつ、みんなの動きをみる。



今朝なかなかいい距離を歩いたはずなのに、その疲労も影路に座っている間にひいている。

休憩って何をするんだろう?

お昼にはまだ早い時間だが食事にするのだろうか。

今朝は各自で携帯食をかじった程度だった。

みんな、お腹は減っているだろう。



「リネはこの皿を並べて」


やはり食事にするようだ。

ユーシリアさんに声をかけられて仕事をもらう。


荷馬車から荷物を持ってセヴランが降りてきた。

小さな机がその荷物の中にあり、ブラムと2人であっという間に組み立てていく。


組み立て終わった机にユーシリアさんが緑色の布をかける。

そして皿を並べ、食事をおいていった。


人数分の皿はあったけれど、簡易のコップが足りなかったので、家から持ってきていた瓶を鞄から取り出す。

魔法で作られた水を注いでもらい、口をつけた。

冷たい水が喉を通る。

切ったレモンを一緒にかじるといい、と一切れもらってかじる。

疲労は回復したと思っていたけれど、酸っぱさが頭の先まで染みわたって気持ちがいい。


一瞬、バーバラさんの顔が浮かんだ。

巾着を夢中で作っていて夜更かしした時、レモン水を作ってくれたことがあったっけ。



昼の内容は、パン、豆を潰して固めた保存食、干した果物だった。

どれも噛み応えがあって、口の中がすぐに乾く。

特にパンは思った以上に硬かった。

噛むたびに、もそもそと音がする。

豆の保存食は淡白で、干した果物の甘さとすっぱさがなければ味気なさに負けてしまいそうだった。


それでも、不思議と嫌じゃない。


森の匂いがして、風が通り抜けていく。

地面の感触が足の裏から伝わってくる中で食べると、この食事はちゃんと意味を持っている気がした。


魔術の練習の合間に、友人たちと並んで食べていた弁当。

あれは食事だった。


でも、これは違う。


空腹を満たすためだけのもの。

食事というより、生命を繋ぐ行為に近い。

体を動かし、生き続けるための補給だった。



食べ終わると、みんなはそれぞれ動き出した。


あたりを少し散策する、と団長は森に消えていき、アナスタシアさんは体をほぐしたい、と言ってリュミと2人で体を伸ばしている。

フェリクスは木陰で眠り、セヴランは楽譜を取り出して何か書き込み、ブラムはナイフで落ちている木の枝の先端を切っていて、エルドは馬にブラッシングをしている。


ユーシリアさんと2人で片付けをしてから、私は鞄を引き寄せて中身を確かめた。

荷はまだ整っているし、靴の紐も、荷物の留め具も問題ない。


影路に目を向ける。


何をしているのかはわからない。

けれど止まっているだけではなさそうだ。

影路も、回復しているところなのだろうか。




——もうすぐ、休憩が終わる。


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