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影路は、音もなく進み続ける。
最初の混乱は収まったけれど、まだ慣れない。
座っているだけで景色が流れていく感覚は、どこか夢の中みたいだった。
リュミは隣で景色を眺めている。
ユーシリアさんは目を閉じて、休んでいるようだった。
前方では団長とフェリクスが何か話している。
声は聞こえるけれど、内容までは分からない。
私はただ、座っているだけだ。
何をすればいいのか分からない。
話しかけるタイミングも分からない。
町は、もう見えない。
本当に、戻れないんだ。
そう思うと不安が込み上げてくる。
ふと、団長が振り返った。視線が合う。
私は反射的に背筋を伸ばした。
団長は何も言わずに前を向いた。
——確認されたのか。
ちゃんといるか、大丈夫か、という。
それだけ。
でも、少しだけ胸が温かくなった。
「リネ、水飲む?」
リュミが、瓶を差し出してくれた。
「……ありがとう」
受け取って、一口飲む。
冷たい水が喉を潤すだけでなく、頭の中もすっきりさせてくれた。
「大丈夫? まだ揺れる?」
「少しだけ。でも、慣れてきました」
「よかった。実は私も最初は苦手だったから」
リュミが笑う。
その笑顔に救われる。
しばらく黙って景色を眺めていると、フェリクスが振り返った。
「なぁリネ」
「はい?」
「お前、なんで旅に出ようと思ったんだ?」
不意の質問に、言葉が詰まる。
「えっと、その……」
儀式のこと。名前のこと。特性が分からなかったこと。
まさか…
全部、団長が話したのだろうと思っていた。
けれど、団長とこの数日関わってきてわかった。
説明というものをする人ではない。
「……もしかして聞いてない、ですか?」
「いや、全然」
あっけらかんと言われて、呆然とする。
「団長が拾ってきたから、仲間にしてんだよ」
ブラムが、荷馬車の方から声を上げた。
「細かい事情なんて、俺らは知らねぇ」
みんな、やっぱり知らないの?
話題の当事者である団長は、みんなの視線を受けて少しだけ肩をすくめた。
「必要なら本人が話すだろ」
「いや、普通説明しないかね」
「面倒だ」
あっさり言われて、フェリクスが呆れた声を出す。
「いつもこれだよ」
「……あの」
小さく声を出すと、みんなの視線がこちらに向いた。
緊張する。
でも、話さなきゃ。
「私、成人の儀式で…名前がもらえなかったんです」
「えっ?」
リュミが肩を揺らし小さく息を吸った。
「それで特性も、分からなくて」
実の母の行方がわからないこと。
養い子だったこと。
本名が、どこか別の形で登録されているかもしれないこと。
口に出すたびに、あぁこれは現実なんだ、と心が沈むのがわかる。
「それで、本当の名前を探すために、町を出ることにしました」
なるべく声が暗くならないよう気をつけつつ、簡潔にまとめて話す。
沈黙。
「……なかなかじゃん」
フェリクスが、呟いた。
「それで儀式の時に偉い奴らがざわついてたのか」
「なるほどな」
ずっと静かだったエルドも聞いていたようだ、納得したように頷いた。
「あの…えっと……」
リュミが顔を歪めて何か言おうとした。
その時だった。
「カイが…団長が、拾ってきた理由が分かったわ」
ユーシリアさんが、静かに、でもいつもの声音で言った。
「……え?」
「団長はね、行き場のない子を拾うのが癖なのよ」
「癖……」
「そう、癖」
ユーシリアさんが、少しだけ笑う。
「私も、拾われた一人よ」
「え?」
「俺もー!」
フェリクスが手を上げる。
「…私もそうなの」
リュミが、にっこり笑った。
今度は私が驚いてみんなを見る番だった。
「みんな?」
「全員じゃないけど、ほとんどね」
ユーシリアさんが、優しく言った。
「団長は、そういう人なの」
そう言われて、私は団長の座る方へ視線を向けた。
話題にされているにもかかわらず、本人はまるで気にも留めず、影路の縁に指を伸ばして、気まぐれに遊んでいる。
私の未来に分かれ道があると教えてくれた人。
選ばなかった道を、最初から閉ざさなかった人。
そしてそれは、私だけじゃない。
ここにいるみんなも同じだったんだ。




