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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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31/66

影路は、音もなく進み続ける。

最初の混乱は収まったけれど、まだ慣れない。

座っているだけで景色が流れていく感覚は、どこか夢の中みたいだった。


リュミは隣で景色を眺めている。

ユーシリアさんは目を閉じて、休んでいるようだった。 


前方では団長とフェリクスが何か話している。

声は聞こえるけれど、内容までは分からない。

私はただ、座っているだけだ。



何をすればいいのか分からない。

話しかけるタイミングも分からない。

町は、もう見えない。

本当に、戻れないんだ。

そう思うと不安が込み上げてくる。



ふと、団長が振り返った。視線が合う。

私は反射的に背筋を伸ばした。


団長は何も言わずに前を向いた。

——確認されたのか。

ちゃんといるか、大丈夫か、という。

それだけ。

でも、少しだけ胸が温かくなった。




「リネ、水飲む?」


リュミが、瓶を差し出してくれた。

 

「……ありがとう」


受け取って、一口飲む。

冷たい水が喉を潤すだけでなく、頭の中もすっきりさせてくれた。



「大丈夫? まだ揺れる?」

「少しだけ。でも、慣れてきました」

「よかった。実は私も最初は苦手だったから」


リュミが笑う。

その笑顔に救われる。



しばらく黙って景色を眺めていると、フェリクスが振り返った。



「なぁリネ」

「はい?」

「お前、なんで旅に出ようと思ったんだ?」


不意の質問に、言葉が詰まる。


「えっと、その……」


儀式のこと。名前のこと。特性が分からなかったこと。

まさか…

全部、団長が話したのだろうと思っていた。

けれど、団長とこの数日関わってきてわかった。

説明というものをする人ではない。


「……もしかして聞いてない、ですか?」

「いや、全然」


あっけらかんと言われて、呆然とする。



「団長が拾ってきたから、仲間にしてんだよ」


ブラムが、荷馬車の方から声を上げた。


「細かい事情なんて、俺らは知らねぇ」


みんな、やっぱり知らないの?

話題の当事者である団長は、みんなの視線を受けて少しだけ肩をすくめた。



「必要なら本人が話すだろ」

「いや、普通説明しないかね」

「面倒だ」


あっさり言われて、フェリクスが呆れた声を出す。


「いつもこれだよ」


「……あの」

小さく声を出すと、みんなの視線がこちらに向いた。

緊張する。

でも、話さなきゃ。


「私、成人の儀式で…名前がもらえなかったんです」

「えっ?」


リュミが肩を揺らし小さく息を吸った。


「それで特性も、分からなくて」



実の母の行方がわからないこと。

養い子だったこと。

本名が、どこか別の形で登録されているかもしれないこと。


口に出すたびに、あぁこれは現実なんだ、と心が沈むのがわかる。



「それで、本当の名前を探すために、町を出ることにしました」


なるべく声が暗くならないよう気をつけつつ、簡潔にまとめて話す。

沈黙。



「……なかなかじゃん」

フェリクスが、呟いた。

「それで儀式の時に偉い奴らがざわついてたのか」



「なるほどな」


ずっと静かだったエルドも聞いていたようだ、納得したように頷いた。



「あの…えっと……」


リュミが顔を歪めて何か言おうとした。

その時だった。



「カイが…団長が、拾ってきた理由が分かったわ」


ユーシリアさんが、静かに、でもいつもの声音で言った。


「……え?」

「団長はね、行き場のない子を拾うのが癖なのよ」

「癖……」

「そう、癖」


ユーシリアさんが、少しだけ笑う。


「私も、拾われた一人よ」

「え?」



「俺もー!」

フェリクスが手を上げる。



「…私もそうなの」

リュミが、にっこり笑った。



今度は私が驚いてみんなを見る番だった。

「みんな?」


「全員じゃないけど、ほとんどね」

ユーシリアさんが、優しく言った。


「団長は、そういう人なの」



そう言われて、私は団長の座る方へ視線を向けた。

話題にされているにもかかわらず、本人はまるで気にも留めず、影路の縁に指を伸ばして、気まぐれに遊んでいる。


私の未来に分かれ道があると教えてくれた人。

選ばなかった道を、最初から閉ざさなかった人。


そしてそれは、私だけじゃない。

ここにいるみんなも同じだったんだ。


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