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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
探しもの

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出発の号令に合わせて皆で動き出す。

先頭を行くのは荷馬車だ。


御者台にはブラムが座り、セヴランがそのすぐ後ろの荷物の間に腰を下ろしている。馬は落ち着いた足取りで進み、積まれた荷物は規則正しく揺れる。


私たちはその横を歩いていた。

団長、ユーシリア、リュミ、アナスタシア、フェリクス、エルド、そして私。



門が見えてきた。

町を出入りする者を見張る、高い石造りの門。

まだ朝早いためか、人の姿はほとんどない。



「止まれ」



門番が、手を上げた。

団長が前に出て、何かを差し出す。


「楽団か。……人数は?」

「9人だ。荷馬車が1台」


門番が、書類に目を落とす。

私は、昨日町長から受け取った通行許可証を準備する。


「ここから追加が、1名か」


門番の視線が、私に向いた。


「わたしです」

「書類は?」

「これです」


ただ紙を渡すだけなのに。

いよいよ町を離れると思うと緊張と興奮で手が震えてしまう。


門番はそれを受け取り、目を通す。

沈黙。

心臓の音が、うるさい。


「ノラ、だな」

「はい」

「よし、通れ」


書類が返される。

ほっと息を吐いた。


「…気をつけてな」


門番が、短く言った。


「はい、ありがとうございます」


頭を下げて、門をくぐる。




門を抜け、街道に出ると空気が変わった。


朝の町はもう動き始めていたが、背後に遠ざかるにつれて人の気配は薄れていく。

石畳は、門を境に土へと変わっていた。

踏み固められてはいるものの、轍の跡が残っているぬかるんだところもある。

道の両脇には低い草と、剥き出しの岩が転がっている。


街道はまっすぐに伸びているが、遠くまでは見通せない。

緩やかに起伏した丘と、点々と続く草むらが行く先を隠している。




——町の外に出たんだ。



守られていた場所を離れた恐怖が今さら襲いかかってきた。

次の町まで、どれくらいかかるのだろう。1日?2日?

足は大丈夫だろうか。荷物を背負ったまま、何時間も歩き続けられるだろうか。

町では、魔術訓練で走ることはあったけれど、長距離を歩いた経験はほとんどない。

いろんな不安が、じわりと胸に広がる。

長い旅になる。本当についていけるかな、何もできないうえに足手まといになるのは避けたい。


さらに歩くと、景色が変わり始めた。

道の両脇に、低木が増えていく。

まばらだった草の向こうに、背の高い木々の影が見え始めた、

風に混じる匂いも、青々とした葉のものへと変わっていった。


——森が、近い。




しばらくみんなが話すのを聞きながら歩く。


街の門はもう見えず、振り返っても、人影はない。

そのとき、団長が足を止めた。



「このあたりだ」



短いその一言で、全員が止まる。

荷馬車も、静かに止まった。

休憩だろうか?いや、まだそんなに歩いていない。

首を傾げた、そのとき。


地面の色が変わった。

自分たちの影が濃くなり、そして身体は動いていないのに影だけが動いている(・・・・・)



「時間通りだな」


団長の声は、落ち着いていた。



影が揺れて、滲み出すように濃くなっていく。

土の色を内側から染め替えるみたいに、じわりと広がり、足元へ向かって、ゆっくりと這い上がってきた。


私は思わず後ずさろうとして——足が止まった。


影が、私に、触れている。


靴底越しに伝わってくる感触は、柔らかく、温かい。

生き物の体温に似た、熱。


平らだったはずの影…いや、その何かは、呼吸しているかのようにゆるやかに波打っている。

魔力の流れが空気を押し分け、その気配が、肌を撫でた。


訳がわからず慌ててみんなを見たが、誰も驚いていない。

それどころか、小さく悲鳴をあげてしまった私をみて、わけ知り顔で頷いている。なんなんだ、これは。



それ(・・)はみんなの足元に広がったまま、ゆっくりと形を変えた。

波打つように盛り上がり、団長の前だけが、少し高くなる。


「元気そうじゃねぇか」


団長がそう言って手を伸ばすと、影は嬉しそうに、ぴょん、と跳ねるように動き、高く伸び上がった。


ぱしん、と軽い音。


影と団長の手が触れ合った。

それだけではない。

明らかに楽しそうだ、伸びたり縮んだりとまるで踊っている。



「おいおい、はしゃぐなって」



影は答えるように、びよーんと伸び、今度はみんなの足元へと戻っていく。

地面を撫でるように波打ち、その存在を誇示するみたいに揺れた。


——生きてる。

間違いなく、意思がある。



「契約通りだ。運搬、頼むぞ」


団長が言うと、影の色が濃くなった。

了承の合図なのかもしれない。




とんでもないものが、来た。

私は何も知らない。

まだ、この世界の入口に立ったばかりだった。

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