29
出発の号令に合わせて皆で動き出す。
先頭を行くのは荷馬車だ。
御者台にはブラムが座り、セヴランがそのすぐ後ろの荷物の間に腰を下ろしている。馬は落ち着いた足取りで進み、積まれた荷物は規則正しく揺れる。
私たちはその横を歩いていた。
団長、ユーシリア、リュミ、アナスタシア、フェリクス、エルド、そして私。
門が見えてきた。
町を出入りする者を見張る、高い石造りの門。
まだ朝早いためか、人の姿はほとんどない。
「止まれ」
門番が、手を上げた。
団長が前に出て、何かを差し出す。
「楽団か。……人数は?」
「9人だ。荷馬車が1台」
門番が、書類に目を落とす。
私は、昨日町長から受け取った通行許可証を準備する。
「ここから追加が、1名か」
門番の視線が、私に向いた。
「わたしです」
「書類は?」
「これです」
ただ紙を渡すだけなのに。
いよいよ町を離れると思うと緊張と興奮で手が震えてしまう。
門番はそれを受け取り、目を通す。
沈黙。
心臓の音が、うるさい。
「ノラ、だな」
「はい」
「よし、通れ」
書類が返される。
ほっと息を吐いた。
「…気をつけてな」
門番が、短く言った。
「はい、ありがとうございます」
頭を下げて、門をくぐる。
門を抜け、街道に出ると空気が変わった。
朝の町はもう動き始めていたが、背後に遠ざかるにつれて人の気配は薄れていく。
石畳は、門を境に土へと変わっていた。
踏み固められてはいるものの、轍の跡が残っているぬかるんだところもある。
道の両脇には低い草と、剥き出しの岩が転がっている。
街道はまっすぐに伸びているが、遠くまでは見通せない。
緩やかに起伏した丘と、点々と続く草むらが行く先を隠している。
——町の外に出たんだ。
守られていた場所を離れた恐怖が今さら襲いかかってきた。
次の町まで、どれくらいかかるのだろう。1日?2日?
足は大丈夫だろうか。荷物を背負ったまま、何時間も歩き続けられるだろうか。
町では、魔術訓練で走ることはあったけれど、長距離を歩いた経験はほとんどない。
いろんな不安が、じわりと胸に広がる。
長い旅になる。本当についていけるかな、何もできないうえに足手まといになるのは避けたい。
さらに歩くと、景色が変わり始めた。
道の両脇に、低木が増えていく。
まばらだった草の向こうに、背の高い木々の影が見え始めた、
風に混じる匂いも、青々とした葉のものへと変わっていった。
——森が、近い。
しばらくみんなが話すのを聞きながら歩く。
街の門はもう見えず、振り返っても、人影はない。
そのとき、団長が足を止めた。
「このあたりだ」
短いその一言で、全員が止まる。
荷馬車も、静かに止まった。
休憩だろうか?いや、まだそんなに歩いていない。
首を傾げた、そのとき。
地面の色が変わった。
自分たちの影が濃くなり、そして身体は動いていないのに影だけが動いている。
「時間通りだな」
団長の声は、落ち着いていた。
影が揺れて、滲み出すように濃くなっていく。
土の色を内側から染め替えるみたいに、じわりと広がり、足元へ向かって、ゆっくりと這い上がってきた。
私は思わず後ずさろうとして——足が止まった。
影が、私に、触れている。
靴底越しに伝わってくる感触は、柔らかく、温かい。
生き物の体温に似た、熱。
平らだったはずの影…いや、その何かは、呼吸しているかのようにゆるやかに波打っている。
魔力の流れが空気を押し分け、その気配が、肌を撫でた。
訳がわからず慌ててみんなを見たが、誰も驚いていない。
それどころか、小さく悲鳴をあげてしまった私をみて、わけ知り顔で頷いている。なんなんだ、これは。
それはみんなの足元に広がったまま、ゆっくりと形を変えた。
波打つように盛り上がり、団長の前だけが、少し高くなる。
「元気そうじゃねぇか」
団長がそう言って手を伸ばすと、影は嬉しそうに、ぴょん、と跳ねるように動き、高く伸び上がった。
ぱしん、と軽い音。
影と団長の手が触れ合った。
それだけではない。
明らかに楽しそうだ、伸びたり縮んだりとまるで踊っている。
「おいおい、はしゃぐなって」
影は答えるように、びよーんと伸び、今度はみんなの足元へと戻っていく。
地面を撫でるように波打ち、その存在を誇示するみたいに揺れた。
——生きてる。
間違いなく、意思がある。
「契約通りだ。運搬、頼むぞ」
団長が言うと、影の色が濃くなった。
了承の合図なのかもしれない。
とんでもないものが、来た。
私は何も知らない。
まだ、この世界の入口に立ったばかりだった。




