28
目が覚めたのは、まだ暗いうちだった。
天幕の布越しに、夜明け前の冷たい空気が伝わってくる。
外で、何かが動く気配がした。
布のこすれる音、低く抑えた話し声、金具が触れ合うかすかな音。
——準備が、始まっている。
体を起こすと、すでにアナスタシアさんが起きていた。
ユーシリアさんは既に外だろうか姿はない。
リュミはまだ夢の中だ。
「リュミ、おはよう」
「うー…朝かぁ…」
眠そうではあるけれど、起きたようだ。
アナスタシアさんとも挨拶を交わす。
「おはようございます」
「おはよ…」
返ってきた声はまだ眠そうで、小さい。
身支度を整え、昨夜確認した荷物に手を伸ばす。
持ち上げてみると、思ったより軽い。
本当に、もう必要なものだけになったのだと実感する。
「さ、天幕、畳むわよ」
外からユーシリアさんの声が聞こえた。
昨晩、今日は朝仕事はしなくていいと言われていた。
解体と荷詰の流れをよく見て、覚えるためだ。
よし。
やるぞ。
天幕を畳むなんて経験初めてで、覚えなくちゃいけない、というより楽しみになってきた。
まず、中の荷物をすべて外に運び出した。
それから、天幕を支える杭を一本ずつ抜いていく。
金属が土から離れる、鈍い音。
「リネ、そっちの紐、ほどいて」
リュミに言われ、結び目に指をかける。
少し固くなった紐を、ゆっくり解く。
布が重みを失って、静かに下りてきた。
「畳むときは、折り目を揃えて。適当にやると、次に張るとき苦労するのよ」
ユーシリアさんが、手を動かしながら教えてくれる。
4人で、大きな布を少しずつ動かす。
端を合わせ、空気を抜き、きっちりと折りたたむと、思った以上の重さが腕にずしりと伝わった。
「できた」
思わず、声が漏れた。
涼しい時間のはずなのに動き回って汗だくだ。
畳み終わった天幕を、荷物置き場まで運ぶ。
このあと洗濯の時と同じ魔法を使い、夜露に濡れた天幕を乾燥させる。
これなら出来そうだと思って名乗りでたけれど、普段の洗濯より魔力の消費が激しいらしい。
アナスタシアさんに他を手伝うように言われ、改めて周りの様子を確認した。
男性用の天幕と共同の大きな天幕は、すでに片付けが終わっていた。
荷物が山のように積まれている。
「じゃあ、積むぞ」
団長の短い合図で、全員が一斉に動き出す。
ブラムが、大きな荷物に手をかざし、魔力を流す。
次の瞬間、荷物がふわりと宙に浮いた。
「こっちだ」
手の動きに合わせて、荷物が空中を滑るように移動し、
馬車の上に静かに降りる。
「……すごい」
思わず漏れた声に、そばにいたフェリクスが笑った。
「これがないと、毎回腰やられるからな」
と言っても、これを全てにやってたらダメなんだぜ、と補足される。
魔力で浮かせるのは一瞬なら楽だけれど、何十回も繰り返せば確実に消耗してしまう。
旅が今から始まるというのに、ここで力を使い切るわけにはいかない。
説明を聞き納得する。
魔力は体力と同じ、無理をすればあとに響く。
見てな、と言って彼も手を翳し、楽器の入った箱を浮かせてみせる。
箱の周囲を薄い水の膜のような魔力が覆っているのが見えた。
私には、こんな器用な真似はできない。
「こうやって魔力で包んで浮かせるんだ、簡単そうに見えるだろ?これ、運ぶとなるとコントロールも必要でさ。小さいのは地道に手で運ぶのが1番」
そういうと魔法を解除して自分の手で持って運びだす。
「リネも、運べそうな重さの、運んで」
フェリクスに言われ、食器や調理道具の入った箱を持つ。
これくらいなら持てそうだ。
例えばこの箱。
魔力で浮かせることはできても、細かく制御する自信はない…落として割ったら、大変だ。
「おい、そっちの荷物、固定するぞ」
セヴランが荷物の上にロープを渡す。
それを受け取ったブラムが、魔力を込めながら結んだ。
「……何をしてるんですか?」
「魔力を編み込んでる。ロープが緩まないようにな」
「ほどくときは、魔力を抜けば簡単だ」
なるほど。
魔力の使い方は何通りもあるのか。
とはいえ、最終的に位置を合わせ、支え、固定するのは魔法ではなくて人の手だった。
「おい、馬の支度すんぞー」
団長の呼びかけに、手が空いている人は集まった。
茶色い馬に最初に近づいたのは、昨日も今朝も、ほとんど言葉を交わしていない人だった。
練習の時、弦楽器を弾いていた男の人だ。
——確か、エルドと呼ばれていた。
「よし、いい子だ」
彼が馬の頭を撫でると、茶色い馬は気持ちよさそうに目を細めて尻尾をふる。
手慣れた様子で馬具をつけていく手つきは素早く、それでいて丁寧だった。
私は、少し離れたところにいる灰色の馬の前に立った。
「おはよう」
声をかけると、馬が耳を動かし、少しだけ近づいてくる。
「……今日から、よろしくね」
鼻先に手を出す。
逃げず怒らずじっとしている。
そっと撫でると、静かな息が返ってきた。
距離が近づいた気がする。嬉しい。
みんなで魔法を使い、自分たちの力を使い、撤収作業が無事に完了した。
「全部積んだか?」
団長の声が場を引き締める。
「天幕、よし」
「楽器、よし」
「食料、よし」
「水、よし」
1つずつ、声に出して確認されていく。
「人数は?」
ユーシリアさんが視線を巡らせる。
「9人、全員いるわ」
「よし」
団長が頷いた。
「出るぞ」




