27
天幕に戻った時、少し離れたところで、弦をはじく音がした。
音程を確かめるための、意味のない一音。
その音を聞いて楽団に戻った、と感じた。
「おう、戻ったか」
団長に報告するため探していたら先に気づき、声をかけられた。
「はい」
時間をもらってありがとうございました、そう言って買ってきた包みを見せると、団長は一度だけ頷いた。
「商売道具は町で揃えねぇと仕事にならねぇからな。よし」
それだけ言って、暮れ始めた空に目を向ける。
私がどこへ行き、誰に会ってきたのかも聞かない。
でも、聞かなくても分かっているようだった。
一瞬だけ、こちらを見たその目が、いつもと違った。
値踏みするような鋭さではなく。
何かを確かめ終えたような、静かな色だった。
「……やり残しはなさそうだな」
小さく呟き、団長は口の端をわずかに上げた。
「リュミが待ちくたびれてたぞ、夕飯の準備、手伝ってやれ」
リュミとユーシリアさんと3人で、夕飯の支度を始める。
「おかえり! よかった!ねぇどうだった?」
リュミが、飛び付かんばかりの勢いで聞いてくる。
「……ちゃんと提出も終わり、挨拶もしてきました」
「そっか。えらいね」
そう言って、リュミは私をぎゅっと強く抱きしめる。
私は驚きで言葉が出ず、手も宙を浮いてしまったままそれを受け止めた。
それから何事もなかったように、リュミはまた野菜を刻み始めた。
ユーシリアさんは何も聞かないし言わない。
ただ、こちらを見て、やわらかく微笑むだけだ。
鍋が煮立ち、湯気と一緒にいい香りが立ち上る。
「できたわよー!」
その声に、団員たちが集まってきた。
卓を囲み、みんなで食事を始める。
昨日と同じ風景。
料理を並べ終え、椅子に座るその前に、思い切って声を出す。
「あの……」
喉が少しだけ渇いている。
いま声を出したら、変な音になりそうだった。
指先が無意識に服の端をつかむ。
それでもここで言わないと。始まりなのだから。
視線が一斉にこちらを向いた。
「改めて、明日から、よろしくお願いします」
頭を下げる。
一瞬の静寂。
それから、
「おう、頑張れよ」
「まぁ、やれることやればいいさ」
ブラムが短く言い、フェリクスが肩をすくめる
「しっかりね」
ユーシリアさんが穏やかに微笑んだ。
湯気の向こうに、昨日と同じ匂いがあった。
野菜と塩と少しの香草。
明日も同じ匂いがするのだろう。
毎日が続いていく。
団長が、ぱん、と手を叩く。
「よし、飯食うぞ。明日は早い」
食事を済ませて片付けも終えた。
女性用の天幕に戻り、荷物を広げる。
明日、持っていくもの。
裁縫道具。
着替え。
櫛と石鹸。
ナイフ。
今日買った布と糸と針。
バーバラさんからの保存食。
フェリッシュの石。
シャロンの薬草。
1つずつ忘れ物はないか確認する。
持っていかないと決めたものは、今日町で捨て値で手放してきたから、嵩張っていた荷物は減ってとても軽い。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせる。
不安がないわけじゃない。
怖くないわけでもない。
それでも——私は、行くんだ。
荷物を全て確認し終えて横になると、外から虫の声が聞こえた。
明日。
日が昇る前に出発する。
町を出る。
本当に、旅が始まる。
目を閉じる。
眠れるだろうか。
心臓の音が、うるさい。
不安も、期待も、全部抱えたまま。
いつの間にか、意識が遠のいていった。




