表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮初を生きるもの  作者: 木南一果
探しもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/65

26

フェリッシュと別れ、次に向かうのはシャロンのところだ。

彼女は普段なら魔術教官の詰所か訓練場にいる。

町の中心を抜け、訓練場の横にある小さな建物に向かう。



扉の前で、少しだけ躊躇する。

会いたいような、会いたくないような。

今はお昼時だ。

教官たちは交代で席を外す時間だった。

——いなければ、それでいい。



緊張しながら扉を叩く。

「どうぞ」

落ち着いた男性の声。

中に入ると、数名が書類を整理していた。

挨拶をしつつシャロンの机を確認するが、空だった。



「やっぱり、いないよね」


寂しいようなホッとしたような気持ちで踵を返そうとした時、後ろから声がした。



「…ノラ?」




一度安心してしまっていたので、必要以上に驚いたし、緊張してしまう。


「シャロン…挨拶をしにきました」


そう伝えると、


ここじゃ落ち着かないわね、と言って、奥へ案内してくれた。


書類や防具が無造作に置かれた、小さな部屋だった。


「少し埃っぽくてごめんね。本当は面談用の部屋なんだけど、普段は使ってなくて」


そう言いながら、シャロンは指先を軽く払う。

途端に、私たちの周りだけ空気が澄み、床と椅子が静かに整った。

どこからか茶壺も出てきて驚く。


「どうぞ、座って。お茶、飲むでしょう?」

「……はい」



シャロンが淹れてくれた薬草茶は、いつもの優しい香りだった。

二人で、静かに飲む。

言葉が、出ない。

何を言えばいいのか分からない。


沈黙がじりじりとのしかかってくる。



「正直に言うとね、意外だったわ」


そう言って、シャロンは私を見た。


「旅立つ話はもう耳に入っているの。でもね、挨拶に来てくれるとは…思っていなかったわ」



あの日、私、何もできなかったし、と静かに視線をおとす。



シャロンが立ち上がり、棚から何かを取り出す。


「あなた、昔からそうだったわ。うまくいかない時ほど、辛い時ほど、誰にも言わずに黙って背負う子だった」



振り返ったシャロンの手には、小さな布袋があった。



「これ、持っていきなさい」



受け取ると、中には何か硬いものが入っている。



「薬草よ。傷に効くの。外では手に入りにくいから」

「……ありがとうございます」


「それと」


シャロンは、私の手を取った。


「限界を見極めなさい。自分の心を消耗しすぎてはいけない」



その言葉に、胸が詰まった。優しい声。

私の手を包む指に、力がこもった。


「……あなたが思っているより、あなたは頑張りすぎるから」




「……シャロン」


「ん?」


「私、シャロンみたいになりたかったんです」



シャロンは、少しだけ驚いたような顔をした。


「自然の特性で、魔術も上手で、優しいだけではなくて、私にも普通に接してくれた」



言葉が、次々に溢れてくる。



「シャロンに教えてもらえるかもって、ずっと楽しみにしてました」


シャロンは、黙って聞いていた。


「でも、私は特性も分からなくて……」


声が震える。

伝えたいことを伝えておこう、そう思って勇気を出しているのに言葉がついてこない。



シャロンが、静かに言った。


「あなたは、あなたの道を歩き始めたばかりよ」


優しく私の肩を撫で、まっすぐに、私を見て言った。


「ノラ。あなたはもう、自分の足で歩き始めているわ」



その言葉に、涙が溢れそうになった。

でも、こらえる。


「……はい」


「いつか、また会いましょう。その時は——」



少しだけ、声を落とし、優しい笑顔で言った。


「本当の名前で、呼ばせてね」


胸が、ぎゅっと締め付けられた。

「……はい」






小部屋から出て詰所の扉へと向かう。


扉の前で一度振り返り、深く頭を下げた。

シャロンが柔らかく笑い、他の教官も手を振ってくれた。


町の子が役割を果たさず、果たせず、旅に出る。


罪悪感からここに来ることを悩んだけれど、来て良かった。





外に出ると、風が頬を撫でた。

ここで育った14年と、これから始まる旅と。

どちらも私の人生だ。

深呼吸をして、私は楽団のある町外れへと歩き出した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ