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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
探しもの

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25


赤い目。瞼が少し腫れている。



「泣いてたの?」



思わず聞くと、フェリッシュは慌てて目を擦った。


「ち、違うよ! 水が目に入っただけ!」



嘘だ。全く濡れてないんだから入りようがない。

でも涙の理由は深く聞かない。

それが私たち2人の言葉にはしたことはないが、約束だった。



「……旅に出るんだって?」



フェリッシュが、小さく、呟くように言った。


「うん」

「そっか」



それだけ言って、目を逸らし水路の石段に静かに腰を下ろした。

私も近くにゆっくり座る。

しばらく、沈黙が続いた。



「凄いよ」



不意に、声が落ちてきた。



「え?」

「やっぱり強いよな、3番(トレセーラ)は」



フェリッシュがようやく真っ直ぐに私を見た。



「俺たちは名前もらって、特性も分かって、これから魔法を習って……仕事も何もかも全部、決まってるんだ」



声が震えている。


「外に行くんだろ?」

「……うん」

「名前も探して、特性も探して、自分で全部決めるんだろ?」


頷くと、フェリッシュは唇を噛んだ。


「ずるいよ……俺、ここから出たことないのに。これからも出られないのに」


ああ。そうか。そうだったんだ。

フェリッシュは、外に出たかったのか。

いつも明るい彼が、よく目を赤くして悲しそうにしていた時期があったが、外に出ることが関係していたのだろうか。

友人なのに、こんなに近くにいたのに、気づかなかった。



「……俺さ、3番(トレセーラ)のこと、ちょっと羨ましかったんだ」


「え?」

「だって、いつも一人で平気そうだったから」



意外な言葉に、言葉が出ない。



「俺、一人じゃ何もできないんだよ。いつも誰かと一緒じゃないと不安で」


そんなんだから余計に外に出たいなんて言っても反対しかされなくてさ、とフェリッシュは呟いた。



「でも、3番(トレセーラ)は違う。一人で巾着作って、一人で考えて、一人で決める」


「……そんなこと…」


「いや、そうだったんだよ。というか、そう見えてたんだよ。だから、頑張ってよ。俺の分まで、外の世界見てきて」


フェリッシュはそう言って微笑んだ。



いつもの彼に戻って欲しい、なんと言えばいい?と考えてから気付く。

もしかしたらこれが最後になるかもしれない。

最後とはならなくても、しばらく会えないのは決まっているんだ。


今、しっかり本音で話さなくちゃ。

そう思うのに気持ちだけが前に出てしまって言葉にならない。



「すごく、怖いの」



正直に言うと、フェリッシュは目を見開いた。


「本当の親の顔も知らない、名前も分からない。特性も分からない。できることも、ほとんどない」



なんて言えば伝わるのか、今の私の気持ちを伝えたくて言葉を探す。



「このままじゃ、私、ここに残っても、外に出ても、どこにもいられない気がするの」


言葉にした途端、胸の奥がきゅっと痛んだ。

現実に不安が押し寄せて寒気がする。


「名前も、居場所も、仮のままじゃ……私はずっと、私になれない。本当は怖くて立ち止まりそうだよ。全部忘れて逃げ出したい」


息を吸って、続ける。


「でも行くの。強いからじゃない。一人で平気だからでもない」


フェリッシュをまっすぐ見る。


「怖いままでも、進まないと。この先が、ほしいから」


沈黙。

風の音が大きく聞こえる。



「それとね、私もフェリッシュが羨ましかった。どんな人もあなたと話すと自然に笑って、いつの間にか輪の中にいる。私はいつもそれを少し外から見てた」



私が話し終えても、フェリッシュはしばらく黙っていた。



「……そっか、俺が見ていた3番(トレセーラ)と、3番(トレセーラ)が見ていた俺。きっと、同じ景色じゃなかったんだな」


ぽつりと呟く。




「……なぁ、怖いならさ」


フェリッシュは足元の石を軽く蹴った。


「ちゃんと怖がればいいんだと思う」


そう言って顔をあげる。

そして私を見た彼の顔はいつもの表情だった。


3番(トレセーラ)は平気なフリが上手いからな!我慢しないで声を出すんだ、怖いぞ、辛いぞって」


いいな?と強く念押しされる。


「…じゃないと親友の俺でも気付けなかったんだから、明日から一緒に行く旅芸人の人たちなんて、もっとわかんないぞ」




その言葉に鼻の奥がツンとして、目の奥が熱くなってきた。

フェリッシュの目も少し潤んでいる。


「わかった、努力してみる」


私の言葉に「そこは努力じゃなくて、そうするね、だろうよぉ」といつものくしゃくしゃの笑顔で言った。





「あ、そうだ」


フェリッシュがポケットを探り、小さな石を取り出した。


「これ、あげる」


薄い青色の、透き通った石だった。



「お守りに。……俺も、頑張るから」


手渡されて、私は石をゆっくりと握りしめた。

冷たかった石が掌の中で、少しずつ温かくなっていく。


「ありがとう、2番(ドゥーエス)、そしてフェリッシュ」


2つの名前で呼ぶと、少しだけ照れたように笑った。




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