23
目が覚めたのは、外が白み始めた頃だった。
リュミとアナスタシアさん、ユーシリアさんもまだ眠っている。
昨日ユーシリアさんが天幕に戻ったことに気づかなかった。
挨拶もしないまま眠ってしまって少し申し訳ない。
昨日は不慣れな環境でなかなか寝付けずにいたけれど、いつのまにか眠れたようで気づけば朝だった。
そっと起き上がり、身支度を整える。
天幕の外に出ると、冷たい空気が頬を撫でた。
朝の匂い。草の匂い。
馬たちのところへ向かうと、茶色い馬が首を上げて私を見た。
「おはよう」
声をかけながら、水を補充し、干し草を足す。
灰色の馬も、少しだけ近づいてくる。
「あなたも、おはよう」
声をかけてみるが、視線だけ合わせてまた下がっていった。
それでも昨日より距離が近い気がする。嬉しい。
天幕に戻ると、ユーシリアさんも起きて外に出てきていた。
「おはよう。早いのね」
「おはようございます。馬の世話を終わらせてきました」
「それは助かるわ。朝食の支度、手伝ってくれる?」
「はい!」
朝仕事開始だ。
2人でパンを焼き、お茶を淹れ、腸詰をゆでる。
バーバラさんともこうやって静かに朝仕事をしたなぁ、と考えて少しだけ寂しさを感じる。
私が前を向いたからだろうか。
もしそうなら、この寂しさは忘れないでおこう。
時間はばらばらだったが、皆それぞれ起きてきて席についた。
静かな朝食のあと、またそれぞれの仕事へと散っていく。
朝食の片付けを済ませたころ、団長がよーし、と伸びをしながら私をみた。
「町長のところ、行くぞ」
「はい」
懐の登録書を確かめる。
いよいよだ——
団長と2人、町の中心にある公会所へと向かう。
役場と集会所を兼ねた建物で、町のことを決める時や祭りの時に集まる場所だ。
「朝から難しい顔すんな」
腹が減るだけだぞ、と軽く言われる。
そう言われてもなかなか難しい。
一昨日町長は外に出ていいと言った。
書類も団長が貰ってきてくれた。
でも旅を許可されるまで…この書類を書き終えるまで、無事に出発できるのかという不安は消えない。
「話はついてる、お前は書くだけでいい」
その一言で胸の奥のざわめきが少し落ち着いた。
「ありがとうございます」
到着だ。公会所の扉の前に立つ。
深呼吸をして、扉をあける。
幼い頃から何度も来た、慣れ親しんだ場所。
それなのに今日は知らない場所のようで、よそよそしく見える。
中で仕事をしていた人たちに話が通っているようで、町長室でお待ちです、と言われたので町長室の扉まで進み、扉を叩く。
「入れ」
冷えた扉の取手に手をかけ、開ける。
中に入ると、町長が書類仕事をしながら座っていた。
「来たか、証書をもらおう」
挨拶もなく本題に入るところが町長らしい。
登録書を取り出し、差し出す。
町長は受け取って目を通していく。
「……名前の欄が空いているな」
「はい。どうすれば……」
何を言っているんだと言わんばかりの顔で、町長は書類をこちらへ押し出し、無言でペンを突き出した。
「儀式で使った名前を書け」
「……ノラ、ですか」
「ああ。仮の名だがあれで一応は登録されているからな」
ほら、とペンを渡される。
私は震える手でペンを取り名前の欄に書いた。
ノラ
文字が、紙に刻まれる。
町長は書類に判を押すと、それを机の引き出しにしまった。
代わりに、別の紙を取り出して私に差し出す。
「巡業楽団員としての通行許可だ。道中で求められたらこれを見せろ」
薄い紙にノラの名前、この町の名前と判が押されている。
「これで申請は受けた。行け」
「……ありがとうございました」
頭を下げて、部屋を出る。
あっけなく終わって緊張が緩み膝の力が抜けて転びそうになった。
ノラ
仮の名前のまま、旅に出る。
本当の名前は、まだ分からない。
でも——
「……これでいい」
そう言い聞かせるように呟く。
進むのだ。進めるのだ。




