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夕飯の片付けと馬たちの世話を終え、女性の天幕に向かう。
「は…入りまーす…」
共同の天幕に入るのになんて声をかけるべきか分からず、一応弱々しいが声をかけてから入る。
中にはアナスタシアさんとリュミがいた。
アナスタシアさんは鏡を見ながら髪を櫛でといていて、リュミは目を閉じながら体をほぐしている。
会話はなく静かな空間。緊張する。
私もやるべきことをやってしまおう、そう思って今日のことを書き留めた紙を腰に下げていた巾着から出す。
内容をまとめながら、ついでに持ってきた荷物の整理もはじめた。
服や布、裁縫道具、櫛に石鹸、小さなナイフ。
町で使っていた食器と、バーバラさんが持たせてくれた保存食、他にも細かなものが次々出てくる。
広げると場所が狭くなり、リュミに「お店やさんみたい」と笑われた。
私は一つずつ手に取って選び始める。
裁縫道具と着替えは必要。布も使えるだろう。
櫛と石鹸、小さなナイフも手放せない。
その他の使うかどうか迷ったものは全て置いていくことにした。
最後に残ったのは、町長の家で使っていた小さな木箱。
撫でるように触れながら、しばらく眺める。宝物だったもの。
それから、そっと脇に置いた。
——過去は、ここに置いていこう。
荷物を減らし、必要なものだけをまとめ直す。
確認してみると足りないものもあった。
楽器を磨くために毛羽立たない布が必要かもしれない。
糸の予備は、もう少し欲しい。
針も買い足しておきたい。
小さく呟きながら、書き留めていく。
明日の朝町長のところへ行ったあと、町で最後の買い出しをすると団長とユーシリアさんが話していた。
その時に少しだけ時間をもらって買いに行こう。
そして。
懐に入れていた別の紙。
ずっと頭から離れなかった。
王国巡行登録書
四つ折りにされた、重い紙。
取り出して、ランタンの明かりに透かす。
公的文書特有の堅い書体で、いくつもの項目が並んでいる。
出発地、目的地、職種、そして…氏名。
出発地はこの町、カンシーラでいい。
次の目的地は先ほど聞いた、ミルダール。
職種は巡業楽団員と書くといいそうなのでそこまで書いて…止まる。
団長の声がよみがえる。
「名前の欄は空けとけ。なんて書くか明日の朝考えりゃいい」
町に提出するものだ。
成人の儀式でノラと私は登録されたはずだった。
仮登録なのか、登録棄却なのか分からないけれど。
もしノラでない方がいいのなら、リネと書けばいいのだろうか。
それとも——。
「……どうしよう」
思わず零した声に、リュミが顔を上げた。
「ん? どうしたの?」
「あ、いえ……なんでもないの」
慌てて紙を畳み、懐に戻す。
リュミは深く追及せず、「そっか」とだけ言って、あくびを噛み殺した。
気づけば、アナスタシアさんは髪を結い終え、すでに寝床に入っている。
リュミも横になり、ほどなく規則正しい寝息が聞こえてきた。
私は慌ててランタンを消し、寝床に潜り込んだ。
外では虫の声が続き、遠くで誰かの笑い声がした。
壁がなく、外の世界と布一枚で繋がっている。
家とは違う夜の気配。
でも、不思議と嫌ではなかった。
目を閉じると、今日一日のことが浮かぶ。
育った家を離れ、音楽の力強さを知った。
「……頑張ろう」
誰にも聞こえないように呟いて、目を閉じた。
明日。
町長のところへ行き、登録書を提出する。
名前は、まだ書けないままだけれど。
それでも、一歩前に進むのだ。




