20
リュミの声に導かれるように、馬たちに声をかけ、ブラシを片付けてから天幕へと近づく。
布の隙間から中を覗くと、音楽の中心でリュミが踊っていた。
下っ端同盟を結んだ時とも、料理を褒められて照れくさそうな顔とも全く違う、強く透き通った眼差し。
しなやかな動きはまるで風のようなのに、足が地面を蹴ると空気が震えるほど力強い。
動きに合わせてスカートの裾が花びらのように広がったり閉じたりして美しい。
「すごい」
思わず声が漏れた。
けれどしばらく見ていると、少しづつ音と踊りの強弱が合わなくなってきた。
太鼓が一定の音を刻み続け、弦と笛もそれを道標にして重なり、それらを纏める団長の低い歌声。
その音よりも一拍早くリュミの動きが前に出てしまう。
追いかけるように音が強く早くなると、今度は踊りが遅れる。
ほんのわずかなズレ、と私は思うが皆の表情は違う。
太鼓の手が一瞬止まり、弦の指先は迷う。
団長が片手を上げて全体を制した。
音楽が止まり、リュミの動きも止まる。
そして一度呼吸を整え、頭を下げた。額には汗が光っている。
「……また先に行っちゃった、ごめんなさい!もう一度お願いします」
まっすぐな瞳、踊りと真剣に向き合うものの顔だった。
「だいぶ良くなってきてるが、後半がなぁ」
団長はそう言いながら譜面を取り出し、ここがズレやすいから、とリュミと調整を始めた。
2人が調整している間に他のみんなも、ここやっぱり戻そう、こっちは変えて正解だった、と話し始める。
だれも失敗したことを責めたりせずにみんなで前に進んでいく。
これが日常なのだろう。その姿が眩しい。
「なぁなぁ、いつまでそんなとこから見てんの?」
突然フェリクスに声をかけられて驚く。
いつの間に近くにいていたのか、全く気づかなかった。
驚きすぎて一歩後ろに下がり、逃げるようなかたちになってしまった。
「い、いえ、あの、邪魔にならないようにと思って…」
何を言い訳しているのか。自分のことが情けない。
そんな私を気にした様子もなく、フェリクスは顎で天幕の中をさした。
「何を気にしてんのか知らねぇけどさ、見ていいって言われてんだろ?邪魔なら最初から仕事を割り振って、中に入るなって伝えるさ、さっさと入んな」
勢いに押されるように、もごもごと感謝を伝えながら中に入る。
入ってきた私など誰も気に留めない。
真剣にそれぞれが再開にむけて楽器と向き合っていた。
「音楽ってのは見て覚えるのも練習のうちなんだ、よく団長が言ってる」
フェリクスはそう言って少しだけ笑った。
「で?お前は何ができんの?」
突然の質問に、言葉が詰まる。
「演奏も踊りもしたことは全くありません」
頭の中でなにかないか、と必死に記憶を探したが楽器は触ったことはないし、踊りに関してはしっかり見たの自体今が初めてだ。
「うーん、あ、歌は?」
そう聞かれて、町の収穫祭のあとにみんなでうたったことを思い出す。
「歌ったことはありますが…」
そう私がいうと一節歌ってみて、と言われる。
なんてことだ、今ここで、さっきの素晴らしい演奏をしていた人に聞かせるのか、恥ずかしいという感情はわかなかった、ただただ申し訳ない。
それでも楽しそうに私が歌うのを待たれている、歌うしかない。
「——風に干した葉が 香りを運び…」
「あぁうん!わかった、大丈夫!なるほどね!」
フェリクスさんが静かに頷き、やめておこう、といった。
面目ない。
「ここに入るからにはさ、何か一芸見つけな」
突き放すような言葉だが、その表情は冷たいものではない。
裏方の仕事を始めたばかりだ。
一人前になるのにどのくらいかかるのか先は見えず、自信もない。
それでも。
ここにいる以上、何かひとつは役に立ちたい。
歌も踊りもできないなら、何か別のものを。
この楽団の中で、私の居場所を探そう。




