17
驚いている私にユーシリアさんが、上出来よ、と微笑む。
「今のは“洗った”んじゃなくて、“扱った”の。大事な違いだから覚えておいてね。慣れてきても作業にしてはいけないわ」
私は頷いた。
薄絹の他にも、紗や羅といった軽い布、細かく縫われた刺繍服、様々な布や服が積まれている。
布の種類ごとに洗い方を教わりながら手を動かした。
強く流すもの、撫でるもの、魔力をほとんど触れさせないもの。
気づけば、桶の脇には洗い終えた布が静かに積み上がっていた。
指先の感覚が薄れ始めたころ、最後の布を干し終えた。
「無事にやり遂げたわね」
ユーシリアさんの声で、ようやく肩の力が抜けた。
ふとアナスタシアさんの姿が見えないことに気づく。
あんなに視線を感じていたのに、途中から集中が高まってすっかり気にならなくなっていた。
「アナスタシアさんは…」
ユーシリアさんは、どこか可笑しそうに微笑んだ。
「あなたが羅を一枚きちんと洗い終えたのを見て、もう戻っていったわ」
あんなに近くで見られていたのに、と肩をすくめる。
「平気な顔をしてると思ったら……案外、肝が据わってるのね」
その言葉にどう返せばいいかわからず、私は曖昧に頷いた。
昨日から色々あって少し麻痺しているのかもしれない。
ユーシリアさんは洗い場を一度ぐるりと見渡してから、満足そうに頷き、軽く手を叩いた。
「さて、今日はここまでね。初日としては十分すぎるわ」
その言葉に、今度こそ緊張がほどけた。
「……お腹、空いたでしょう?」
そう言われて、初めて空腹を自覚した。
朝から緊張と集中が続いてばかりだったせいか、急に現実が戻ってくる。
「お腹空きました…」
温かいご飯が食べたい。
心からの声だとわかったのだろう、ユーシリアさんが楽しそうに笑った。
手を洗って、布が飛ばないよう再度しっかり確かめてから2人で洗い場を離れる。
天幕の近くには、すでに人が集まっていた。
湯気の立つ鍋を囲んで、みんなが落ち着かない様子で待っている。
その中心にいたのは、リュミだった。
火は天幕から少し離れた場所におこされていた。
乾いた布に火の粉が移らないよう、距離を取る必要があるらしい。
香りが風に乗って流れてくる。
いい香りだ。お腹がさらに減ってくる。
頃合いを見て、火から下ろされた鍋が布で包まれ、天幕の中へ慎重に運ばれる。
器が並び、順番に鍋からよそわれていく。
卓を囲んだ瞬間、空気がふっとゆるんだ。
「……ああ、町の食事だ」
「久しぶりに生の香りがする」
誰かがそう呟くと、他の人たちも頷きながら笑う。
器を覗き込んだり、湯気を吸い込んだり、やけに嬉しそうだ。
私はというと、正直なところ、そこまでの感動はなかった。
町から出たことがない私にとっては、見慣れた材料ばかりだ。
美味しそうだとは思うけれど、「特別」というほどでもない。
最後に団長が天幕の中に入ってきた。
「お、こいつは期待できる香りだな」
そういうと椅子に座りみんなを見渡す。
「よし、今日も恵みに感謝していただくとしよう」
団長がそう言うとみんなが食べ始める。
昼なのに酒を飲んでいるところもなかなか自由だ。
湯気の中で、あちこちから小さな声が上がった。
「おいし…」
「これ、町の野菜か」
「リュミ、腕上げたな」
褒め言葉を向けられて、リュミは少し照れたように笑う。
胸を張るほどではないけれど、どこか誇らしげだ。
みんなは好き勝手に話し、笑い、酒を飲み、食べる。
その輪の中に、私もいる。
歓迎されているわけじゃない。
でも、強く拒まれてもいない。
器を手にしたまま、私は天幕の中を見渡す。
——ああ、ここに入るんだ。
この人たちの中に、仲間として。
そう思った瞬間、胸の奥がほんのりと温かくなった。




