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洗い場には煌びやかな服が多く置いてあるが、拭き布や肌着もたくさん積まれている。
「まずは洗い方の種類ごとにまとめるの。一緒にやりましょう」
ユーシリアさんの説明を聞きながら、強く洗っていいもの、痛めないように手で洗うもの、他の色とわけるもの、とわけていく。
見慣れない他人の肌着が視界に入り、思わず息を呑んだ。
家族以外の私物に触れるということ、その距離の近さに、心が一瞬だけ追いつかなかった。
服の直しをすることはたくさんあった。
でも肌着は頼まれたことがない。
…これは仕事なのだ、切り替えなくては。
「大丈夫、あっという間に慣れるわ」
ユーシリアさんにはお見通しだったようだ。
分別がおわりそれぞれの山が出来あがる。
次はいよいよ洗うのだろう。
と、ここで甘い香りがしてきた。
振り返るとアナスタシアさんが洗い場に近づいてきていた。
「洗濯するって聞いたから見にきたわ」
それだけ言うと少し離れたところに立ってこちらを見ている。
やりづらい…これはやりづらいぞ。
確かに傷つけないと言ったけれど、値踏みするように見られていたら教えてもらっても頭に入らない気がするし、手元が狂いそうだ。
しっかりしなくては、と考えれば考えるほど肩に、指先に、力が入ってしまうのがわかる。
「そう。ここは仕事場よ。邪魔をしないなら好きにしていいわ」
ユーシリアさんはそういうと、アナスタシアさんに背を向ける。
それから私に向かい合い、笑顔で言った。
「じゃあまずは私がやってみせるわね」
刻印の施された桶に魔力を注ぎ水を呼び込むと、拭き布を1枚手に取り水の中へ入れた。
「拭き布みたいに特に注意を払わず強く洗っていいものは簡単よ、水の中に入れてそのまま洗浄魔法をかければいいの。乾燥は水が消えて布からも滴らない程度までして、あとは外に干しておくことが多いわ」
説明しながら手を動かしあっという間に1枚洗い終わる。
「きっとお家では洗浄の刻印を使っていたでしょう?水、風、浄化の力が自動循環する仕組みになっているからね。魔力を流したらそれで終わり、簡単なのよ。魔力の消費も少ないから子どものお手伝いにも最適」
外でも使えたら便利なんだけどねぇ、とため息混じりに話す。
「あの刻印は安定した床に施さないと風の魔法が暴走するらしくて野外では使えないのよ、地面に削って書くには複雑すぎるし」
2枚目もおわった。話しながら洗うスピードが早い。
「とはいえ、うちみたいに複雑な刺繍だったり、繊細な布を使っていたりするとこの洗い方が1番合ってるんだけどね。洗浄の刻印を使うと布は痛みやすいから」
3枚目も洗い終わったところで、ユーシリアさんは桶に溜まっていた水を捨てて下がる。
そして、さぁやってみて、と声をかけられる。
アナスタシアさんの視線が突き刺さる。
そういう特性魔法なんだろうか、と思うくらい鋭く、絡みつくような視線で緊張がはち切れそうだ。
「い…いきます!」
力みすぎて声が掠れてしまった。
緊張のせいだろうか虫の声も風の音も消える。
よし、まずは桶だ。
桶に書いてある刻印に魔力を流して水を呼びこむ。
ここまでは問題なし。
次に、布をとって入れる。
洗浄魔法は得意だけれど緊張してしまう。
失敗せずに洗い終わり、濁っていた水も綺麗な水に変わる。
最後は水抜きだ。
濡れた服を乾燥させることはよくあるから慣れている。
あ。出来た。良かった。
少し肩の力が抜けて、音が戻ってきた。
2枚、3枚、とどんどん続けて洗い、拭き布は終わった。
「うん、基礎は出来てるから大丈夫そうね。次は繊細な素材を洗いましょう」
途中までは一緒よ、と説明を受けながら場所を変わる。
「やる事は同じなの、ただし力を制御して強弱をつける必要があるわ。汚れているところは通常の力で、目立つ汚れのないところは柔らかく洗うのが大切よ」
例えばこれ、と薄絹の布をとる。
「薄絹は、水の流れが強いだけで形を変えてしまうこともあるわ。魔力を絞って撫でるように優しく柔らかく洗うの」
先ほどまでと違い水が渦を作らず、薄く広がる。
布の表面をなぞるように揺れていて水音もない。
確かに違う。
できるだろうか、柔らかく洗う、撫でるように…私はユーシリアさんの手元を観察する。
「洗い終わったら次は水抜き、これがまた厄介でね。あまり乾燥させすぎると、シワになったりヨレが出たりしてあとで直すのが大変だから慎重にね」
今回は1枚洗い終わったところで、やってみて、と言われる。
今見たことを再現するような気持ちで集中して桶に向かう。
手渡された薄絹を水の中に入れてからゆっくりと洗浄魔法をかける。一気に叩きつけてはいけない、少しずつ少しずつ魔力を広げていくように注意する。
額を汗がつたう。
目に入らないように腕で拭いながらも視線は離さない。
洗い終わったので次は乾燥だ。
緊張のせいで指先に力が入ってしまう。
ゆっくり水を抜いていく。
一瞬、水が引きすぎた。
慌てて魔力を緩め、布が歪む前に手を止める。
「ふぅ…」
一度詰めていた息を吐く、それから大きく息を吸った。
布に残る水だけをそっとほどくように、水分の重みが残る部分だけを選び、指先でなぞるように魔力を巡らせる。
「できた…」
なんとかやり遂げて力が抜ける。
乾いているがシワはなく、ヨレもない。
汚れは見当たらないし、張りも、柔らかさも、洗う前と変わらない。
止めていた息を吐き出した。そこで気づく。
甘い香りがすぐそばにある、驚いて肩が揺れた。
「ふぅん、初めてにしてはいいじゃない」
そう言ってから彼女は一歩下がった。




