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荷物を置くために案内されたのは、女性用の天幕だった。
大きな天幕は、楽器の練習や食事をするための共有の場所で、眠るときや身支度をする時は男女で分かれた天幕を使うのだそうだ。
布をくぐった瞬間、空気が変わった。
甘い香水の匂い、乾いた布の匂い、革と金属、それから化粧品の粉っぽさ。
一つひとつは嫌ではない。
でも全てが合わさると少し息が詰まりそうになる。
中では1人の女性が荷物を動かしていた。
入ってきた私とユーシリアさんを見て「早い!少し待って」と慌てている。
楽団は男性の方が多く、女性用の天幕はひとまわり小さい。
私を含めて4人になるそうで、正直あまり余裕はないらしい。
視線を巡らせると、私物が壁際に隙間なく並べられている。
ここに、私の荷物も置くのか。
壁のない1つの空間で年齢も生まれも違う初めて会った人たちと共に暮らして旅をしていく。
改めて考えるとわたし、なかなか思い切った選択をしたかもしれない…やるしかない。でも怖い。
匂いも、音も、人の気配も全てが近くて狭くて圧倒されてしまう。
作業していたお姉さんが「ねぇ、ここ!場所あけたから荷物置いていいよ!お待たせ」と元気よく言いながら私の荷物を一緒に運んでくれる。
昨日楽団に来た時には見かけなかった女性だと思う。
緊張していたしゆとりがなかったから自信はないけれど。
「おはようございます、今日からご一緒させていただきます。よろしくお願いします」
人ひとりが眠れるほどの隙間の隣に、荷物をどうにか置く。
……本当に、狭い。
これは、持ってきた荷物の選別が必要になりそうだ。
「あたしリュミエール!長いからリュミでいいよ!」
私が打ちひしがれているのをよそにお姉さんがニコニコと笑いかける。
「下っ端だからさぁ。新人仲間が増えるの嬉しいんだ、なんでも聞いてよね!」
底抜けの明るさ、とはこの人のことを言うのでは?と思えるくらい晴れやかな笑顔。
胸の奥に溜まっていたものが抜けるみたいに、短く息を吐いた。
「ありがとうございます、色々教えてください」
ユーシリアさんが私たち2人をみて微笑みながら頷いている。
と、外から鈴の音がした。
「あら、誰かしら?」
ユーシリアさんが布を開けると昨日のお兄さんが立っていた。
「団長!おはようございます!」
リュミが姿勢を正し挨拶をする。
おぉう。
やっぱり昨日のお兄さんが団長なんだ。
私を仲間に入れる、と話をまとめていたしなんとなくそんな気はしたけれど…団長ってもっと怖い、偉い人、というものだと思っていたから少し驚きだ。
「おーおはよ。荷物おいたか?集合するぞ」
集合?とユーシリアさんもリュミも首を傾げる。
「何かあった?今日の当番は割り振ったでしょう?」
それがよぉ…と、昨日のお兄さん——いや、団長が、めんどくさそうに頭をかいた。
「しっかり挨拶させろって煩くってたまらないから、顔見せを先にしようと思ってな」
はぁー、とため息をつく。
その様子にユーシリアさんとリュミは顔を見合わせて納得したような表情になった。
「あの子ね」「あの人ですね」
「それと、呼び名はないと困るからな。芸名を決めたいんだが…リネか、ネイかどっちを選ぶ?」
団長に突然聞かれて固まる。
名前。
突然そんなものを差し出されて、頭が真っ白になる。
「その2つの名前の由来はなんなんですか?」
リュミがわくわくした顔で聞く。
「ん?リネンからとった。布だな」
そう団長が言った途端、2人から非難がとぶ。
「いやいや、リネンて!布って、本気ですか」
「自分の好みの名前をだしてもらうとかあるでしょう。方法は選んだら?」
2人からの非難も気にせず、団長は私を見る。
「どっちだ」
短い問いだった。
リネン。
何度も縫い直され、使い続けられる布。
目立たなくて、でも役に立つ。
「……リネで」
言葉にした瞬間、胸の奥が熱くなる。
リネ。今日から私はリネと名乗る。
団長は私をみて口の端をにやりとあげた。
「決まりだ」




