12
荷物を持ち、私は外に出た。
暑い季節でも朝早いこの時間はまだ涼しくて気持ちがいい。
腕に抱えた焼きたてのパンから、ほのかな温もりと香りが伝わってくる。
祭りが終わった今朝、昨日の喧騒はすっかり姿を消していた。
踏み固められた地面。
露天商の忘れ物。
ところどころに残るごみ。
まだ日常に戻りきらない、静かな朝。
ユーシリアさんとの約束までまだ少し時間がある。
先に朝ごはんを食べてしまおう。
街の中心をぬけ、木々が増えてきたあたりで木陰に腰を下ろす。
包みを開くとパンはまだ温かくていい香りがした。
その香りを嗅いで、ぐぅーっとお腹がなる。
そういえば昨日の昼から何も食べていなかった。
「いただきます」
焼きたてのパン。いつものパン。
無言で2つ食べ切ってから布で包んだ瓶を取り出し、栓を外す。
薬草茶の香りにホッとして一口飲み、ようやく一息ついた。
その時、草を踏む音がした。
「おはよう。大荷物だな、引越しでもするのかい?」
そちらを見ると、牧場のおじさんが立っていた。
牛たちの世話がひと段落ついたところだろうか。
この町で知らない顔なんて、ほとんどない。
「この前直してもらった手袋な、具合いいぞ。あれなら冬も越せそうだ」
そう言って、にこにこ笑う。
皮のベルトや手袋、上着なんかの補修をお願いされ、お礼だと言ってお小遣いやクリームの菓子をくれる優しいおじさん。
「明後日、町を出ることにしたの。旅の楽団の人たちと一緒に」
そう伝えると、とたんに眉を下げた。
そうか…それもいいのかもな…とぽつりぽつり呟いてから
「町の外はうまいもんも多いらしい。せっかく出るなら楽しいことも見つけてさ。ちゃんと食べて元気にやるんだよ」
そう言って笑った。
おじさんに別れを告げ、ユーシリアさんと約束した楽団の天幕の裏手に向かう。
まだユーシリアさんはきていなかった。
ひとまず持ってきた荷物を地面に下ろし、緊張で強張っていた体を伸ばす。
昨日の夜はよく見えていなかったが、改めてよくみるとこの天幕は何度も補修されているのがわかる。
縫い目は揃っておらず、糸の太さも色もまちまちだ。
当て布に使われている布地も、場所ごとに違う。
風に揺れるたび、布がこすれる音がする。
きっと。長い旅の中で、破れては直され、傷んでは補われてきたのだろう。
大切に使われてきた天幕だった。
誰かが歩いてくる音がした。
「おはよう。早かったのね」
ユーシリアさんだった。
「おはようございます、今日からよろしくお願いします」
まずは挨拶、しっかりと!と勢いよく頭を下げる私にユーシリアさんは、まぁまぁと笑っている。
「色々覚えて私を助けてもらうのだもの。こちらこそよろしくね」
ユーシリアさんは、私の荷物と、天幕と、朝の空気をひと通り見回してから言った。
「さてと。まず、勘違いしないでほしいんだけど」
少しだけ声が引き締まる。
「ここでやるのは、もちろん縫い物だけじゃないわ」
私は背筋を伸ばす。
「料理、掃除、洗濯。水の確保も、火の始末も、誰かがやらなきゃ回らない」
天幕の向こうから、いろいろな音が聞こえる。
「旅の楽団は華やかそうに見えると思うわ。でも舞台に立つ前に、生活があるの。一人でも手を抜いたら、全員が困る」
一拍おいて、こちらを見る。
「あなたも今日からは、その一人よ」
頑張りましょうね、優しいけれど強い眼差しで見つめられて思わず唾を飲み込む。
「できないことがあってもいいのよ」
ユーシリアさんは緊張で固まる私をみて肩をすくめた。
「最初から全部できる人なんていないもの」
大丈夫よ、そう言いながら地面に下ろしてあった私の荷物を両手に持つ。
「覚える必要があるってこと。自分のためにもみんなの為にもね。そうやって少しずつ仲間になるの。さ、行きましょう。実際に見ながら説明した方がわかりやすいわ」
そう言われて私も慌てて残りの自分の荷物を持つ。
「まずは荷物をお部屋におきましょう」




