11
階下から聞こえた物音で目が覚めた。
昨晩は焦燥や興奮、悲しみが入り混じっていて、どうせ眠れないだろうと荷物をまとめるつもりだったのに、気づけば眠ってしまっていたらしい。
眠るなら、ちゃんとベッドで横になるべきだった。
今日からの生活に食らいついていかなくてはいけないのに、体が重く、あちこち痛む。
後悔しても仕方ない。
重いまぶたをこすりながら、私は立ち上がりカーテンをあける。
昨夜まとめきれなかった荷物が、まだ部屋の隅にある。
窓から差し込む朝の光が、それを静かに照らしだす。
朝が来た。
いつもなら、起きたらすぐに階下へ降り、先に起きているバーバラさんと一緒に朝食の支度を始める。
…今日は、どうするべきだろう。
悩みながら、部屋の扉を見つめた。
自分の支度を優先したい気持ちはある。約束の時間まで余裕はあるはずなのに、気持ちが落ち着かない。
だけど家族なのだ。
家族の仕事を、すべきなのかもしれない。
寝起きの頭でぐじぐじ考えても仕方ない。
顔を洗って、様子を見に行こう。
「よし」
小さく自分を励まし、扉を開けて階段を降りた。
冷えた朝の空気が、階下の匂いを運んでくる。
暖かな朝の匂い、お湯のわく音、軋む床と衣擦れの音。
バーバラさんはもう朝食の支度を始めているようだ。
顔を洗い、音のする調理場へむかう。
「おはようございます」
2階の2人を起こさないように、でもバーバラさんには聞こえるように声を落として挨拶をする。
「おはよう、パンをお願い」
いつも通りの朝のやりとり。変わらないそれにホッとする。
降りて来て正解だった。
パンはすでに成形され、天板にきれいに並んでいる。
それをオーブンに入れ、火加減を確かめながら薬草茶の準備にとりかかる。
湯を注ぐと、乾いた薬草がゆっくりと色を戻し、ほの苦い香りが立ちのぼる。
この町の名産だ。
最初の頃は、苦くなりすぎたり、味が薄くなったりと散々だったのを覚えている。
今では町長に褒められるくらいには、うまく淹れられるようになった。
「眠れたの?」
いつもこの時間は挨拶と簡単な指示以外何も話さないのが常だったから一瞬聞き間違いかと思ってしまった。
「はい。少し」
そう、と頷いたバーバラさんの顔を見ると少し目が赤い。
「あの…バーバラさんは…?」
忘れていた、いや。心にゆとりがなくて考えてもみなかったが、バーバラさんにとっても昨日は感情が追いつかない日だったはずだ。
「そうね。寝不足ではあるわ。……可笑しいわね。全てを打ち明けてしまった今の方が、あなたを大切に思えるのよ」
私は返事をしなかった。
代わりに、湯気の立つ薬草茶を一杯、差し出す。
バーバラさんは一瞬だけ目を伏せてから、それを受け取った。
パンが焼きあがり、皿にのせて準備をしていると階段を降りてくる足音がした。
町長と妹の4番だ。
まだ眠そうな妹を支えながら降りてきた町長と目が合う。
「おはよう、ございます」
「——あぁ。おはよう」
「おはよぉ…ねむーい」
2人は挨拶を返しながら顔を洗いに消え、私は気付かぬうちに入っていた肩の力を抜いた。
その様子を、バーバラさんはちゃんと見ていたのだろう。
「……顔が強張ってるわね」
びくりと肩が揺れる。
「今日は約束があるんでしょう?」
小さく、頷く。
「なら、無理に座って食べなくていいわ。外で食べなさい。歩きながらでもいい」
そう言いながら皿に乗せたパンを2つ、布で包みはじめる。
一瞬だけ、視線がこちらに向いた。
「落ち着かないまま同じ卓に座ると、余計に疲れるものよ」
責めるでもなく、労るでもなく。
ただ、事実を言う声。
包みを私の手に押し付ける。
「行ってらっしゃい。遅れる方が失礼でしょう?」
その言葉に、胸の奥がすっと軽くなった。
「……はい」
返事をすると、バーバラさんはもう次の作業に戻っている。
何もなかった朝のように。
でも、確かに家族の朝だった。




