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配信15枠目 たった1つを間違った。


 カーテンを閉め切ったリビングで、俺は弟の手で注がれた麦茶を嗜んでいた。喉が潤うこの感覚、正に生きてるって感じがするなぁ。


 すると、廊下と繋がる扉が開き、そこから1人の人物がリビングへ入って来た。


「おー。結構久し振りだなぁ。少しは背が伸びたか?」


 この、男勝りな喋り方をしている見た目だけはロリ。それがうちの母だ。何でも、身長はギリギリ140センチ台との事。目測でもそれくらいなので、全くの嘘ではないだろう。


 とは言え、身長が低いだけで成人もしているし、かなり歳をとっている。つまりは、俺の母親は合法ロリって事だ。ね?絵の参考にはならないでしょ?


 もしも、この母の身体を参考に、俺が叡智な絵を描いてみろ。全部が全部、ロリの絵になってしまうぞ?俺はロリコンじゃないんだよ。悪かったな。


「いや、気の所為でしょ。もう伸びないよ」


「でも、いつもより首が痛いからなぁ。絶対に伸びてるだろう」


「うん。全然、違うが?」


 何なんだよその理論は。いつも見上げてるんだから、少しくらい身長が伸びても、痛みに差はないでしょ。どうせ、貴女の首が凝り固まってるだけ。


「まぁいい。で?何で来た?」


「大変な事になってるから?」


「嗚呼、そうなのか。それは大変だな」


 他人事だなぁ!?弟も、何か少しくらいは反応したらどうです?そんな貼り付けた様な笑みで、俺達を静かに眺められても困るんですよねぇ!


「さて。先ず、住所バレってのは何処から?調べても、元が分からなかった」


 俺の検索力が足りてないと言えば、話はそれまでだが、著名人の住所なんて一瞬で広まる。元を探るのは途方も無い作業で、たったの一晩では不可能だった。予想では同級生辺りだと思うが…どうかな?


「多分、僕の高校の人かな…心当たりが無い事はないね」


 弟はそれに対して、酷く面倒に感じた上で、申し訳なく思っている様だ。さっきまで感じていた焦りは消えたな。俺にも分からないレベルに上手く隠したか、単に無くなっただけか。どっちだろうか。


「どうせ、お前の事だ。幾らか対処法は考えてあるんだろう?私はどうでも良いから、後はご勝手にどうぞ。アトリエに居るからな〜」


 そう言って、母はフラフラとリビングを出て行ってしまった。何の為にリビングに来たんだよ。全くもって意味不明なんだが?


 まぁいい。あの人がどこまでも自由人なのは、今に始まった事じゃない。気にするだけ無駄と言う奴だろう。問題は…こっちだな。


「さて…どうしようかな…」


 そんな事を考えていたら、また弟に焦りが見え始めた。なんて言うか、この姿は弟()()()()()。いつもの弟なら、問題にはぶつかれど、軽々と問題点を発見した後に、その対処を進めている。ここまで、焦っている姿は初めてかも知れない。


 どうしよう?住所バレ問題よりも、弟が焦っている事の方が何倍も気になってしまう。それこそ、弟も、()()()()には、あまり興味を示していない様だし。


「さて、どうしようか。良い案はある?一応、まだファクトチェックは終わってないみたいだよ」


 あくまでも、現時点では「弟Bの住所はここじゃないか?」と、トレンドになっているだけだ。まぁ、長く見積もったとしても、2日もあればバレる事だろうが。


 恐らく、ここが弟Bの住所。又は、実家だと勘違いでもされたのなら、母もこの件に台頭して来る事になるだろう。


 一応、母も筆1つで生活出来る程には、世界的に著名な画家だ。もしもそうなれば、この問題は解決から一気に遠のく。それこそ、数年単位の問題にもなりうる。


「…そうだね。僕が引っ越すよ。今の高校に通える位置の、何でもない賃貸を借りて。……まぁ、借りる時間も、既に残されて無いだろうけど」


 まぁ、それが妥当な案か。脳筋プロテインの時と同じだな。アイツも、引っ越しする事で問題を解決する事にしたし。今回もそれと似た結末になるとは思っていた。


 でも、弟の言う様に、今から借りるとなると、問題だらけだな。弟はまだ未成年。それこそ、現時点で18ですらない。今すぐに賃貸と言うのは難しい話だ。


 それに、例え母名義で借りたとしても、今からだと3日は掛かるんじゃないか?どちらにせよ。現実的な案では無いのは事実だな。


「それもそうだけど、今の高校のままで良いんだ?変えた方が良いとは思うけど」


 少なくとも、他人の住所を漏らす様な人が居る学校だ。引っ越したとしても同じ事を繰り返す未来が見える。正直、時間稼ぎにしかならないだろう。根本的な解決からは程遠い。


「…それは僕が何とかしてみるよ。心当たりは有るんだ」


「もしも、その注意1つで解決する話なら、こんな大事にはなってないと思うけど?」


 その瞬間、俺は時間が止まった様に感じた。


 ……っ!やらかした!言葉選びミスった!


 気付いたらそう言っていた。取り返しがつかなくなるかもしれない。それ程に、言葉選びを間違ってしまった。


 コレは、弟が傷付く云々の話じゃない。何度でも言うが、弟は何でも出来る。そして、コレは言った事が無かったが。弟は、目的達成の為に手段を選ばない。


 それこそ、自身の情報を漏らした人1人を、自身の手を汚さないまま、恐怖の底に落とす事くらいは、片手間の様に出来るだろう。それが、弟と言う人間なのだから。


「別に、注意1つで終わる気はないけど?」


 弟の顔に浮かぶのは、キョトンとした可愛らしい不思議そうな表情だ。何もおかしいところはない。だが、それが逆に何処かおかしく感じてしまう。


 背筋が凍りつく。背中には冷や汗も出て来た。このままじゃ、弟の行動がどう転んでも不味い事になるのは、反射的に分かった。


「じゃあ、僕はそろそろ学校の準備をして来るよ」


 そうしたら、俺の右手は勝手に走り出し、ドアノブに手を伸ばす弟の、残った左の手首を掴んだ。そして、休む間も無く、俺の口はペラペラと言の葉を紡ぎ出した。


「ん。どうかした?」


「俺の家に引っ越したら?空き部屋はあるし、今すぐにでも問題は無い。高校も、この際転校したら良いよ」


 この行動が、この先どんな影響を及ぼすか、それを考える事は出来たし、考える時間もあった。そして、それがどんな問題を生むのかも分かっていた。


 だが、もう遅い話だ。もう遅い話なのだ。椅子から思わず手を伸ばした所為で、崩れた体勢から恐る恐る見上げた弟の顔は、一瞬。本当に一瞬だったが、まるで人殺しを前にしたかの様な、強烈な忌避感に塗れていた。


 俺はそれだけが、強く印象に残っていて、その後の事は記憶に残っていない。気付いたら、実家の自室にあるベッドで横になっていて、トレンドに入った「活動休止」の4文字に瞠目していた。


 いや、今の言い方は誤りがあるな。その後の事は、記憶には残っているのだ。残っているのだが、何を話したのか。どんな気分だったのか。俺がこの″眼″で見た光景。景色。それだけしか思い出せなかった。


———

——


 弟side。


 それは突然の事だったと、僕の脳は記憶している。


 放課後の廊下で、帰宅途中の僕を呼び止める女子。後輩だったか。名前は思い出せるが、思い出すのも面倒で、とりあえず、いつもの笑顔で応えておいた。


「どうしたの?」


 とても億劫に感じながら、僕はその場に立ち止まり、駆け寄る程でも無さそうなので、その女子が近づいて来るのを待つ。その女子は、数秒とすれば駆け寄って来て、頼んでもいないのに、僕に1枚の画像を見せてくれた。


「コレって、先輩なんですか?」


 荒れた息を整える事もせずに、僕に問い掛けてくる。この画像に写っている、白髪の人の事を言っているのだろうか?誰なのかは分からないが、僕と酷く類似しているのは間違い無かった。


 恐らく、兄であれば、この人と僕を見間違う事はないだろうが、普通の人の目には、僕はこの人と同一人物に映るようだ。


「違うよ」


「でも、こんなに似てますよ?流石に、別人って言うのは無理がないですか?」


 何を言っているのか分からない。説明されたとて、わざわざ理解したくもない。本人が否定しているのだから、違うのだと思ってはくれないのだろうか?


 別に、人の言葉を無条件に信じろ。そう言っている訳ではない。寧ろ、人の言葉に疑いを持つのは、悪い事ではないだろう。その点は評するに値する。


 しかし、それを馬鹿正直に。しかも、本人へ伝えるのは如何なものなのか。本人が一度でも違うと言えば、それが、今すぐに覆る可能性は低いだろう。それは誰もが理解出来る事。二度も問い掛ける必要はなかった筈だ。


「確かに。この人は僕とそっくりだ。けど、僕とは全く関係ない人だよ。もしかしたら、昔に蒸発して消えた父親かもね。それじゃあ、またね。暗くなる前に、気を付けて帰りなよ」


 僕の回答に、少女は不満そうな表情を浮かべた。伝え方が悪かったのか、変な勘違いでもさせてしまった様だ。


 しかし、事実として、僕とこの人は別人なのだから、僕がわざわざ気にする必要も無いだろう。それに、こんな事に時間を使いたくない。僕にはやるべき事が多く残っているのだから。


———

——


 その後、帰路に就いた僕を、その女子が尾行していた事には直ぐに気付いた。何故そんな事をするに至ったのかは、考えるだけ無駄として、僕が必要以上に考察する事はなかった。


 ただ、このまま帰宅するのも、何か良くない気がして、僕は道中のスーパーに寄って、その女子を撒いた。それが悪手であった事を知ったのは、既に事が起きた後で、僕には手に負えなくなっていた。


 ただの同級生に見せられたスマホの画面。SNS上に、我が家の住所が呟かれている。それも、あの女子に見せて貰った画像に写っていた、白髪の人の住所として。


 それを受けて、僕は先日の行動を深く後悔した。あの女子は、前々から僕の事を念入りに調べ上げていたのだ。そして、あのスーパーで撒かれた事を受け、僕があの白髪の人であると確信を抱いた。


 苦虫を噛み潰した気持ちだった。もう少し、僕は世間に目を向けるべきだったのだ。あの白髪の人が著名な俳優で有り、多くの人が興味を抱いている事を、予め知っておくべきだったのだ。


 あの女子に聞かれた時に、驚く反応をしておくべきだった。強い興味を抱いたフリをするべきだった。その人物について、質問でもするべきだった。


 失敗した。後悔は絶えない。でも、もう遅いのだ。何もかもが手遅れだった。


 その日、彼女を学校で見かける事は無かった。聞けば、今日は学校を休んでいるらしい。


 僕は授業が終わったら、直ぐに帰宅して母に相談した。これで、母を通して、兄の協力を得られるだろう。兄も似た様な立場なのだから、今の状況は不味いと思う筈だ。


 後は、僕が兄の家に転がり込む。高校は転校でも何でもすれば良い。それで、この問題は全て解決する。コレで問題は無いのだ。


 だが、コレは1番使いたく無い手段だ。他の案を考えておかねば、そうじゃないと誰も幸せにならない。嗚呼、どうして間違ってしまったのだろう。


 そんな事を考えながら、僕は意識を手放した。


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