I 音統べる者(2)
引き続き読みに来て下さった皆様、有難うございます†
今回を含め、次回までが遠い昔に書いた部分なので、4回目からは不定期にアップする事となります。
とりあえず、前置き長くなるのもなんですから、徒然するのは後書きの方にしようと思います(・∀・)
では、皆様、いってらっしゃいませ(๑>◡<๑)
ゴンドラが城へ向け、湖面を静かに滑り出した。
満月が大きな顔を覗かせ、彼らを見送っている。薄くマーブル模様をはいた円は、そこだけ闇をナイフで切り抜いたかの如く、鋭い輪郭を帯びていた。星々を隠すような雲一つ、夜空に留まっていない。
背中越しに一度月を振り仰いだ時、遠くウィリエルの目に一つの影がよぎった。白く輝く月。その姿を覆いつくすほどの巨躯だったが、地上に降り立つ月光が遮られることはなかった。
「……クォルドーか……」
彼は音にならぬ微かな空気の震えを捉えた。一瞬だったが、月明かりに照らされて、上下に揺れ羽ばたく四枚の大きな翼が七色に輝いた。
「クォルドーだって⁉︎ どれ」
櫂を繰る手を休め、カルムが青年の視線をたどった。
歌うのを今か今かと、彼の背を時折眺め下ろしていたほどだ。出帆して以来、周囲の静けさを破るのは、櫂の立てる軋みと水音ぐらいであったから、消え入るような呟きすら聞き逃す訳もなかった。
月の下、懸命に目を凝らしてはみた。が、カルムの目にはそれらしきものなど全く映らなかった。
なんだか酷く低レベルの嘘に引っ掛けられたみたいだ。火にかけたように頬が熱くなるのを感じながら、彼は声を荒げた。
「馬鹿言っちゃあいけないな! クォルドーなんて想像上の動物であって、もし実際にいたとしても、もうとっくの昔に滅びたって話だぜ‼︎」
そう、クォルドーは伝説の生き物、古代竜だった。
全能の神に匹敵するほどの知恵を有していると、そう人々の間では言われている。どんな山よりも大きく、岩よりも硬い体を地下深くで横たえており、彼が寝返りをうつ時に起こるのが地震なのだという説もある。
幼い子供に語り聞かせる話にも登場し、ほかのどんな竜よりも強く賢いとされ、子供たちの間でも人気がある。
だが、幻の獣にすぎない。クォルドーどころか、ドラゴンという種自体が、だ。少なくとも、この大陸に住む多くの民がこう信じていた。
「そうなのかねぇ……わしの祖母さんの、そのまた祖母さんは視たことがあるという話だがね。無論、誰もそんな話を聞く耳は持っちゃいなかったろうが。だからといって、彼女の話が嘘とは限らん」
速度の緩んだゴンドラが、ついには湖上に止まった。先頭でランプをかざしていた老渡し守・エファンも、右手の山上を仰ぎ見ている。
「わしは、古代竜はいると断言しようとは思わんが、かといって、いないと言い切るつもりもない。長年生きてはきたものの、残念ながら一度として自分には出会う機会なぞ無かったがな」
「でも、大体にして、本当にいるってんなら、姿を隠す必要があるのか? 害がない限り、俺たちは退治したりゃしないってのに」
不満の色を示すカルムに、エファンは笑みをこぼした。
「カルム、わしが言った“視る”という言葉は、普通の“見る”という意味じゃない。これは視力の問題じゃあないのさ。クォルドーは、だからこそ幻獣だとも言える」
「“視る”……?」
「あぁ。どうやら、その曾々祖母さんには不思議なものを視る力があったらしいからな。だが、それも成人して以来、そういったものは一切視えなくなったとも聞いとる」
ランタンを舳先に取り付けられたスタンドに吊るし掛け、老渡し守は眉間に刻まれた皺を揉みほぐすように指先で触れる。
「それに、大抵の人間の目に映らないのにも、それなりの理由があるんだろうさ」
「……目に映るものだけが全てではない」
月明かりに揺れる水面を眺めながら、ウィリエルが口を開いた。訝しげに見下ろすカルムにかまわず、彼は言葉を続けた。
「――五感では捉えられない真実とてある、ということだ」
「俺にはさっぱり分からんね。それが本当だってんなら、俺にも分かるように教えてもらいたいもんだ」
櫂を手にしたまま腕組みをし、カルムは笑った。舳先に立つエファンの目にも、カルムの鼻が鳴るのを見てとれた。
少しの間、旅の青年は黙って湖面へ、そして山林の方へと視線を彷徨わせていた。
軽く頭を垂れて、ゆっくりと瞳を閉じる。相も変わらず竪琴を大事そうに膝に抱えていたが、やがて八本ある弦の内の一番短い一本を、羽根で撫でるが如く指で弾いた。
キンと高い一音。そこに重ねるようにして彼の口から漏れた聞き慣れぬ言葉は、だが今度ばかりはカルムの耳には入らなかった。
「冗談を言うにしたって、もっとマシなものを考えて欲しいよな。大体クォルドーなんて今時子供だって信じや……」
「酔いどれ人魚だ」
「はぁ?」
「‘人魚がいる’と言っている。あのクラウルの樹が水面から顔を出している辺りに。それから、山の中腹には……」
(人魚、だぁ?)
滅多に耳にしない言葉に、カルムは頭のてっぺんへと一気に血が駆け上ってゆくのを感じた。
「ふざけるのも大概にッ……⁉︎」
パシャン、と水を打つ音が右手から響いてきた。ウィリエルの首に摑みかかろうとした矢先のことだ。
‘この湖には小さな魚ぐらいしか棲んでいない’と、誰もが考えていた。日々湖上を行き来する渡し守の彼らですら、小魚以外の水棲動物をここで見かけたことはない。
だが、今立った水音は、夜の静けさの中という理由だけでは説明のつけようがないほどの大きさだった。
「……なんだよ、今の……」
辺りは、また静寂の内へと還ってゆく。
これにはエファンまでもが不思議に思ったようだった。つるりとした細い幹を緩やかにくねらせたクラウルの周囲を照らそうとランプを掲げ、目を凝らして眺め続けた。ゴンドラからは北側へ一二メル(一メル=約一メートル)ほど離れているだろうか。
それからほどなくして、人の形に似た生き物が水面を飛び出し、空を舞った。カルムたちの目に、それは人間の子供ぐらいの大きさに映った。
七色の光が、体から粉のように散っていた。空を掻くように両腕を広げ、高さにして水面より三メルは飛び上がっただろうか。
細く伸び上がった腰。そこから下にあるのは、人間の脚とは違って、二股には分かれていない脚部だった。魚と全く同じだ。鱗が生え、末端には大振りな尾ひれが付いている。
「キュキュキュキュキュ」
笑い声のような啼き声が微かに耳に届いた。高く、そして甘い。
降り注ぐ月光で、波状にうねった艶やかな長い髪は、カナストル白金貨のように輝き、光沢のある背びれと尾ひれも七色に煌いた。
「……なんてことだ……」
カルム、そしてさすがのエファンもこれには驚いた。ザブンという音とともに人魚が水中へ姿を消しても、しばらくは呆けたように、水柱の立った辺りを凝視していた。
(今のは何だ? 人魚だって? なんでそんなものが、この湖に……?)
ロザルディアでも、幾つかの幻獣を題材とした民話が語り継がれている。だが、人魚伝説は一つとしてなかった。
海に面した土地もない、小さな国だ。他国から旅してきた異邦人の口から、ちらと聞いた者もいないではなかったが、その誰もがただの作り話と信じて疑わなかったのであった。
「今のは……」
エファンの呟きに、ウィリエルは微笑んだ。
「人魚だ。普通の人間では視えないものだよ。けれど、彼らはずっと昔からこの湖に棲んでいる」
数秒遅れて我に返ったカルムは、思いきり両頬をつねった。
「痛てッ!」
酷く腫れ上がるような痛みに涙ぐんだ。幻覚の中でも頬をつねったら痛みを感じるかは分からなかったが、多分に意識は正常であるに違いない。少なくとも、そうカルムは得心した。
そうだ。それに美しいものならば、幾らでも歓迎するのがロザルディアの民。ましてや審美眼を誇るカルムである。猜疑心は恥じるように身を消し、感動と喜びが躍り出た。
「ウィリエル、あの人魚には触れることができるのか?」
軽く興奮気味の問いかけに、彼はふと微笑むと、細くしなやかな腕を湖に沈めた。ゆったりとした動きで、暫し水中を泳がせ、そっと腕を引き上げる。濡れそぼった手には、摘んだばかりの数本の枝が、やわりと握られていた。
「さあ、これを。フィナの葉は彼らの好物なのだよ。先に今少しばかりでも、月光に晒して差し出すように。けれど、うまくゆくかは君次第だ。心の中で彼らを呼んでみるといい」
ほっそりとした枝には、淡い黄緑色の葉が鈴なりに付いている。月明かりの下、水気が飛ぶと左右の縁から丸まった。小さなラッパがぶらさがっているかのようだ。
カルムは受けとった枝を何とはなしに額に当て、軽く目を閉じた。普段殆ど意識することのない心の臓の音が派手に聞こえてくる。
ひとしきり「人魚よ、来い」と頭の中で唱えると、若い渡し守はしゃがみこんでフィナの枝を水面に振り翳した。
もう、充分にめいっぱい唱えてある。そう期待の眼差しを向けてから、どれほどの時間が経っただろう。普段よりも瞬きせずに湖面を凝視していたからか、目がピリピリとして目頭が熱くなってきた。
「……来なくないか……?」
「君は彼らをどのように呼んだのだい?」
徐々にうなだれてゆく姿に、ウィリエルが柔らかな声をかけた。
「え、そりゃあ、『人魚よ、来い』って何度も何度もさ――」
「それでは難しい。一生懸命になればなるほど、むしろ逆効果だ」
竪琴を愛しげに何度も撫でながら、カルムの目を見つめる。
「何より、彼らとて感情を持つ存在であるということを忘れずにおくべきだろうね。人間同士の場合を考えてみるといい。どのような者であれ、初対面の相手に命令されて快く従う訳もないのではないかな」
それも一理あるやもしれぬと、カルムは思った。一度深く息を吸い、澄み切った空気を肺と心、そして全身に染み渡らせる。それから軽く目を閉じ、今一度フィナを湖面に翳した。
「眉間に意識を置くようにして、心の底から手を差し伸べてごらん」
言われるままに意識を集中する。
ほんの一瞬の間であったか、それとも、もう思わぬほど長い時間が経ってしまっているのか分からなくなった頃だった。閉じた瞼の裏に広がる暗闇の中に、柔らかな光が波紋のように現れては消えた。
と同時に開いたカルムの瞳に、波立つ水面が映る。何かがこちらへと近づいてくるのが分かった。気配の濃さが増すにつれて、眉間の辺りが疼き出す。
そして、疼きが最高潮に達するや、それが頭頂部を突き抜け、何か目に見えない糸のようになって自分と天とを結びつけているのを感じた。心といわず、体といわず、隅々にまで根拠のない幸福感が染み渡っていくようだった。
「……あ……」
まもなく、ランプが発する灯火の中に、水面下で揺らぐ白金の髪が目に留まった。細糸状の水草のようなそれは、淡い光の下でもキラキラと輝きを放っている。
ゆっくりとクラゲの如く浮き上がるのを、カルムは勿論、エファンもまた驚きの目で見守っていた。その瞳が子供のように輝きだすのを認め、ウィリエルは何処か満足げに微笑んでいる。
やがて、濡れた白金の束の間から、大きな二つの眼が覗いた。白目のないヘリオトロープの瞳が、灯りを反射して宝石のように輝いている。
少女とも少年ともつかない美しい子供の面立ちを、軽く傾げながら水面上へ現してゆく。白大理石の彫刻像を思わせる肌は、やはり血色が感じられない。
ひとしきり人間たちを無表情に凝視しきると、人魚はファサリと一瞬きし、おずおずとフィナの葉に向け右手を出した。
指先には真珠色の小さな爪が、わずかに尖り、鈍く光っている。控えめな大きさの薄く半透明の水かきは、水気を含んで柔らかそうだ。
一番水面に近い葉を優雅な手つきで一枚だけむしりとると、形良い鼻先で数度振っては香りを楽しみ、満足したところで小ぶりな口元へ運ぶ。
すると、感情の窺い知れなかった人魚の顔に、一瞬にしてうっとりとした笑みが満面に広がったのだった。
「キュウ」
一声あげ、この小さな生き物は一枚、また一枚と摘んでは丁寧に食んでゆく。
その愛らしい声を耳にするにつけ、遥か遠い異国の近海に棲むというドルフィーとやらもかように啼くのであろうかと、エファンは思ったのだった。
「この子らは、昔はそれこそ海や湖のある場所でなら地域を問わず、頻繁に見られたものだよ。まぁ、棲む環境によって少しずつ性質や特徴が違ってはいたけれどね」
己れの幼い子供でもあるかのように愛しげに眺め下ろし、ウィリエルはそう語り出した。
「だが、あまりの美しさ故に、人間たちの間で彼らの肉を食せば永遠の美が手に入るという噂がたち、全滅寸前まで乱獲されてしまった……」
白大理石にほんのりと赤みが差し、微かに揺らぎ始めた人魚の頭をふんわりと撫でる。その優しい手に、人魚も頬ずりを返した。
「そのような噂は、全くの偽りに過ぎない。本物の美など、そのようなことで手に入るものではないからね。結果、彼らが棲むのは、今やこの湖だけになってしまったよ」
渡し守たちは、ウィリエルと人魚を、そして互いを見つめ沈黙した。
特にカルムは、信じもしていなかった不思議な存在を実際に目にした驚きや感激と、己れの知らぬところで美しいものの滅びゆく世界への哀しみが酷くない交ぜになり、俯くや唇をきつく噛んだ。
「そういったこともあって、この子らには普通の人間では察知出来ない魔法のようなものがかけられたというわけだよ。もう、だいぶ昔にね」
腰をかがめ差し出したカルムの掌に籠もる暖かな気持ちを感じ取ったのか、人魚は頬ずりして一声啼くと、まるで千鳥足を踏む人間のようにゴンドラから離れ、やがて灯りの射さぬ水底へと消えていった。
お帰りなさいませ、皆様†
少しでも楽しんで戴けたのでありましたら、誠に幸いにございまする(//∇//)
僕は本来活字を読むのがとても苦手で、漫画を読んだり映画やアニメを観てばかりきました。
主に読む本のジャンルはといえば、己れの知りたい情報がヴィジュアル的に得られない場合のみに仕方なく読むという感じですから、小説以外のものが殆どです。
なのに、何故小説を書くのか。
それは、頭に浮かんできてしまうものを形にする手段が他にないから…。
落描きは好きだけど、未だに人物の体を描いたり、ペン入れしたり、彩色するのが苦手だから、漫画やアニメにする事は出来ない。
故に、結局頭に浮かぶものを文字化する事と相成りました。
でも、それはそれで僕の文字に対する苦手さ自体が僕の文章表現に個性をつけてるらしいという、逆説的な事も親や友達から教えて貰えました。
僕の中には「自分の頭に浮かぶ映像を、出来るだけそのまま読み手の頭の中でも同じように再現して貰えたら嬉しいなぁ…」などという密かな思いがあります。
友達にも同じ飴をあげて、一緒に頬張りながら同じ味を共有するひと時を楽しみたい——そんな感じの変わった欲望。
‘イケメン’という言葉だけでは漠然とし過ぎていて、十人十色なキャラが浮かんでしまう。
でも、僕はそんな大雑把過ぎる感じにはしたくない。
‘レゴラス’といえば皆の脳裏にオーランド・ブルームの姿が浮かぶようなレベルでないにしても、自分のお話を読んでくれる方々に映画を観てるかのようなひと時を味わって貰えたら……そんな風に僕は思うのです。
ただ、僕はこれまでの半生の間に読んできた本や、観てきた映像作品の総数が、此処のサイトに出入りする誰よりも、そして尚且つ圧倒的に少ないだろうという、変な自負があります。
なので、僕の書くお話が皆様のお眼鏡にかなうか否か、よく分かりません。
でも、それを気にすると書けなくなるので、まぁ、僕なりに楽しんで続きを書いていこうかと思っています。