思わぬ『おまけ』
「なぁ、お前をここまで育ててやったんだ。俺は練習もしてやっただろ? なのに娼婦になりたくない? ふざけてんのか? なぁ?!」
男は変わらず汚ならしい罵声を浴びせ、日常的に暴力を振るわれていたであろう子供はすっかり萎縮してしまっている。
目に見えるスラムの住人にとって日常茶飯事のそれは気に止める価値にも見合っていないかのように、何事もなく虚ろを向いている。
そんな中一人、私だけが歩んでいた。この騒動の中心にいる人間の背後を取ると、隠し持っていた刀でまず足のけんを切った。
男の五月蝿い絶叫がスラムにはよく響く。私の存在に気づいた男がこちらに手を伸ばすも、意味もなく空を切り その一瞬で刀が貫通した。
同じくもう片方の手も無心に切り裂く。これで四肢の機能は低下させ、背を向けて床に這いつくばった男の背中を何度も、何度も刺していく。
動脈が破れたのか勢いよく噴射する血飛沫。鉄臭い血が口に入って慣れない身体が拒否反応を起こそうと、意識は既に飛んでいた。
今私に残っているのは、明確な殺意。私を不快にさせた者への明確な、【殺意】だ。
男が事切れようと、背中が穴だらけで臓物が飛び出そうと、私の気が済むまで刺し続けて手が痺れてきたのを理由にようやく刀から手を離した。
「殿下。お顔に血が」
持っていた白い無地のハンカチで正気を取り戻した私の顔を拭いたのはヴェルナスだった。こんなときでも『仮面』を被り続けるヴェルナスに、愉悦ではなく安堵を感じ取ったのは、何かの兆しだろうか。
ひとしきり拭き終えれば、今度こそ路地裏を出ようとして、また邪魔が入った。
「あ、あの…っ!」
声の発信源は存在をつい先程まで忘れていた子供。
「お、…おたすけくだっ、さり! あり、…っが! ありがとっ…! ございました…っ!」
無視しようかとも思ったが必死に土下座して感謝を伝える子供にどうせ助けてやったのだからと私の手駒にすることを決めた。
「ついてこい」
「え…? え、えっと、はい!」
三度目の正直で路地裏を出て日が暮れる頃に城に戻った。元から宰相に計画は伝えていたし奴隷達とそのおまけは宰相の回したメイドらに連れていかれ、一時間経った頃に私の前にに並べられた。
まぁあらかた見れるようにはなったな。臭いも、だいぶメイド達の頑張りがわかる。さて、それじゃあ…、『調教』するか。
「主の御前だ。跪き頭を垂れろ」
まだ教育も間に合っていない奴隷達に一度で理解させることは難しかったが、あいにく私は優しくない。一度で言って聞かせられないのなら身体に教え込むしかない。
後ろについていた騎士が全員を強制的に跪かせる。おまけは見様見真似の形だけでも従っていたので一番の拾い物かもしれないな。
「これから私に召集されたときは最初からその姿勢を取っておけ。それと、私は命令に従わない部下を容認するほど寛容ではない。目玉の一つや二つ潰されたくないのなら大人しく従うことだ」
おまけはキラキラとした視線で何故か力強く頷き、他の者の反応は様々だ。訳は分かっていないが大人しく頷く者、まだ反抗の目が消えない者、観察する者。
「これからお前達は私が指定した配属先に所属してもらう、つもりでヴェルナスが教育する。お前達の適正次第で処分か採用か判断するから、とりあえず三ヶ月で成果を出してみろ」
やる気があるのはおまけだけ。後は可もなく不可もなくか今にも脱走しそうな奴隷か。これは、幸先が怪しいな。
ひとまず奴隷とおまけを退出させ一息つく。そういえばこの世界では初めて人を殺したが、思ったより何てことなかったな。つい最近間接だが大勢殺したこともあるのだろうが。
「ヴェルナス。あいつらの指導を頼んだぞ」
「…計画をお教え頂けませんか?」
いつにも増して真剣な表情のヴェルナス。特段焦りは見えないが若干の苛立ちを感じる。なんだ? こんなことで取り乱すような奴じゃないんだけどな…。
「道具風情が随分高慢だな。…だがまぁ、アレらを上手く育てられたら教えてやってもいい。お前の手足として買ってやったんだからな」
「…承知いたしました。誠心誠意務めさせていただきます」
ん…? 妙に上機嫌になったのが私の気のせいでなければ、ヴェルナスにも随分可愛いところがあったものだ。そうして休暇と言うにはさほど疲れが癒えることのなかった休みの夜が回った。