奴隷商店
エルギ公国。攻略対象その3の公王、ラファエロ・ルギ・ルセルトと相対することになるだろうが、相手が分かっているだけまだマシだな。
前回なんて先走って騎士がその場にいた王族全員を殺したからか結局捕虜にする二人を思案する暇なく確定してしまった。
まぁどうせ今ラファエロはルセルト公爵の手先によって呪いに悶え苦しんでいることだろう。確かこの時期に呪いにかけられヒロインの手によって解放される的なエピソードだったし。
それでも内部分裂を食い止めるぐらいは歯を食いしばっているというのに、我ながら容赦のないことだ。そうして帝王学の終了の兆しとともに、着実に成果は報告されていた。
「おめでとうございます、殿下。教師としてここまで出来の良い生徒を持てたこと、感無量ですね」
打ち震えたようなわざとらしい嘘泣きに思わずうぇえ…と表情に出てしまう。
「ホンット、毎日先生のご尊顔を消し去るために文字通り血の滲むような努力をいたしました。なので、一刻も早く出てってくれません?」
「おやおや、帝王学は完璧にされたと思えば淑女教育をド忘れしたようですね」
『ド』の所にやけに力が入っていたのを見逃しはしない。
「まぁまぁ、淑女たる者『礼節』を込めるのはそれに相応しい常識人のみですが?」
だからこちらも常識人と強調して言えばにこやかな二人の間にバチバチの火花がなる。この男のせいでどれだけ心労が溜まったことか。絶体斬首刑を施行してやる。
とにかく帝王学の授業は全て終えたので次は皇帝の執務を折半される。相変わらず書類の山に代わりはないがあと数年でやらなければならない仕事になるのだから不満はない。
あの鬼畜教師とオサラバしたことで空き時間もできたことだし、もう一つのやりたいことを進めるとするか。
「ヴェルナス、帝都に出るぞ」
「…は? 今からですか?」
「二度も言わすな。ついてこい」
目を丸くするヴェルナスに背を向け足早に城下街向けの服装で城の外に待たせてある馬車へと向かう。
「今回はどういった吹きまわしですか?」
「…別に、いつもの暇潰しだ」
互いに書類に目を通しながら空き時間を潰す。たまに修正箇所のチェックなどで私の確認を取っているが大して話すこともない。
「殿下、御到着にございます」
今回護衛は影しかついていないため本当にお忍びだ。一応防犯魔道具はあらかた持ってきたしあとはなんとかなるだろう。
「どこへ向かうのですか?」
「市場」
素っ気ない返事ばかりで返しヴェルナスを置いていく勢いで市場に歩く。城の外に出たのは初めてだったからか、思いの外浮き足立ってしまう。
「おじさん、これを2つくれ」
「よっしゃあ! 20シルバーだぜ、お嬢ちゃん」
「あぁ」
赤い実の果物を受け取って片方はヴェルナスに投げ渡す。
「食え」
「…分かりました」
シャクリ…
みずみずしい味わいが中々に新鮮だ。ヴェルナスも珍しく驚きが表情に出ている。
それから小一時間ほど市場を巡りすっかり楽しんだ後、目的の路地裏へと入っていく。勿論鞄に入れておいたフードを被って。影の追跡を巻くために結構高額な消耗魔道具を使ったものだ。
「殿下、本当の目的はこれですか」
目的地に着くとヴェルナスが事務的な問を投げた。レオノーラ王国では奴隷売買は禁足としているからてっきり嫌悪で声を上げるかと期待したいのに。
少しむくれて店内に入る。奴隷はほとんどの国が禁止している為帝国とて表立って活動するものは少ない。さらに名のある人間だけが参加できる裏オークションに稀少なハービーや妖精、人魚などが流れるから奴隷店の需要はかなり少ない。
それでも鉱山などの募集要員で大幅に一斉購入などあり得るからまだ存在しているのだろう。
「ようこそリンガルド商店へ。どのような奴隷をお探しですか?」
内装も綺麗で店主の接客態度も充分なレベルに達している。来る店を間違えたか…。
「傷病奴隷の元へ案内してくれ」
「傷病奴隷、ですか。ですがアレらは」
「金なら腐るほどある。単なる興味本位だ」
おもむろに金貨が大量に入った袋を手に出すと太客だと悟った店主はすぐさま案内を開始した。地下の階段をコツコツと降りていく。
「こちらが傷病奴隷の檻にございます」
ハナに掠める匂いはだいぶキツい。衛生環境も地下で隔離されているからか酷いし、もう死にかけがほとんどだ。これなら期待通りだな。
「ふむ、檻の中に入ってもいいか?」
「い、いえそれは…。何が起こっても当店で一切責任が取れませんし」
「それなら心配ない。身を守る魔道具を幾つか身に付けているんだ。だから、さっさと『イイ』と言え」
若干の覇気を漂わせると少し迷った素振りを見せながらも素直に応じた。
私が檻に入ろうと目線だけで特に何もしてこない奴隷たち。一人一人観察して見極めていく。まるで掘り出し物を見つける宝探しのようで面白い。
あらかた見終わった所で「よし」と言いアレとコレとソレとアレと指を指して購入する奴隷を言い放った。
「本当によろしいのですか? 中には死にかけも混じっているようですが…」
「店主、商品なら客が何を買っても一緒だろう?」
ケタケタと嗤いながらすっかりスクんでしまった店主を嘲笑る。
「…は、はい。合計で3200シルバーです」
きっかり現金払いで店を出るが、とりあえず教育はヴェルナスに全て押し付けるか。
死にかけてたのはさっき最上級ポーションで回復させたし言葉も録に出せない奴隷たちをヴェルナスに先導させ城に戻ろうと裏路地を出掛けたそのときだった。
「このクソアマがッツツ!!」
大の男の怒声に加えた殴打音。それに搔き消されている子供の声亡き声。それは、私にとって最も忌まわしき記憶を引き摺り出す、…最低最悪の所業だった。