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悪逆皇女の始め方  作者: 濃姫
7/11

第二の戦争国

 「はぁっ…、はぁ…っ。ありがとう、ございました」


 演習場にて模擬戦を終えたヴェルナスが呼吸を乱しながら師範であるフェレス卿深くお辞儀をする。


 私はまだ真剣で模擬戦をできる体力も技術もない。20歳も年の離れたフェレス卿相手に手加減ありきでも勝負が成り立っている方が異次元なのだ。


 やはりその4とはいえ男主人公なだけはある。今だって相当体力は限界に尽きているはずなのに姿勢は崩れていない。こういうところでその人の生来(しょうらい)の気質なんかがよく分かる。は


 「お疲れ様。よくできてたぞ」


 タオルで汗を吹きながら此方へ向かってきたヴェルナスに称賛の言葉を投げかかける。


 「お褒めの言葉、ありがとうございます。今後も殿下の為精進いたします」

 「…ハッ、すっかり騎士に馴染んだようで何よりだ」


 皮肉った言い方をすればその微笑みはより深くなるのが最近の暇潰しだ。


 「フェレス卿も素晴らしかった」

 「左様な殿下のお言葉、誠に痛み入ります」


 フェレス卿は崇拝者の顔向きで私の言葉に打ち震えた様子だ。

 彼は昨年の大凶作で田舎に住む家族が被害を受けたが、私の救援でなんとか命を繋ぐことができたと自ら私の指南役(しなんやく)を申し出てきた。他は皆『無能皇女』の出方を伺うだけだったので喜んで任命したのだ。


 「さぁ、次は殿下の番にございます」

 「手加減はよろしく頼む。まだ政務がたくさん残ってるんだ」


 木剣を握り相手との間合いを測りつつも身体の筋肉を(ゆる)める。下手な緊張は邪魔でしかない。剣を交えるに相応しいのは少しの紅潮感に加えた、闘争心。


 大幅な降りは体力を使う。だからこそ最低限の動きで、最大限の効果を発揮するために『静の動作』を極める。


 「素晴らしいです。先日お教えした箇所が全て直っています」

 「指導中の褒め言葉は中々嬉しくないのだが…っ」


 指導最中に涼しい顔で褒められるなんて侮辱の極みだ。どうせなら罵倒の方がよっぽどマシだ。


 「…っー、はー…ッ。ふー…」

 「今日はここで終わりです。問題点は指導中お教えしましたので次回までの参考にお願いします」


 30分程の指導で何十ヶ所も指摘されれば自分の不出来さを呪うものだ。さらに相手が涼しい顔で汗一つかいていないのだから当然だ。


 「タオルをどうぞ」

 「あぁ…」


 ヴェルナスから渡されたタオルで汗を拭き、水分を補給する。大量に流した汗と同等の量補充するのは一度では流石にキツいな。


 風呂に入り全てを洗い流すのは唯一の癒しだな。あの戦争以来私の待遇は目に見えて変わった。仕事を怠る侍女も騎士も全て入れ換えられ、確かな敬意が込められている者達が仕えるようになった。


 「皇女様、此方のアロマなどどうでしょうか?」


 すん…。鼻腔を擽る匂いはほんの少し甘く、ハチミツに似ている。


 「…えぇ」


 浴槽には薔薇の花びら水面の見えない程浮いて、掬ってもはらりと零れ落ちる。もうすっかり世話をされることに馴染んだのか一連の全てが流れ作業だ。


 まだ8歳という年で出来ることは少ない。淑女教育ならもう既に終了しているので皇帝に二つ目の褒美として帝王学の授業を第一皇子とはまた別に受けている。

 宰相が選出したせいか容赦はないが確実に先に始めた第一皇子より授業内容は進んでいるので良い先生とも言える。


 「…ふむ。本当に皇女様は飲み込みかお早いですね。この調子だともう少しレベルを上げても大丈夫そうです」


 メキリ…ッ


 万年筆が真ん中からヒビが入った。前言撤回である。この鬼畜教師は笑顔でさらに無理難題を押し付ける最低最悪の教師だ。

 ただでさえ徹夜してギリギリなのにそれを増大する? 本気で殺しにかかっているとしか思えない。


 「ヘルカーテ先生、冗談も程々にしなければ後で盛大なしっぺ返しを食らいますよ?」

 「しっぺ返しされる前に放棄されるよりマシですよ」


 イッラァアアア……ッツ


 この口の中の血の味そのお綺麗な顔面に吐き捨ててやりたいと内心思いつつ完璧な皇女の顔で対応する。


 「…分かりました。今度先生のご功績に見合った報奨をお出ししようと思いますが、鳥と鹿どちらがお好きですか?」

 「ふっ…、残念ながら幼い皇女様にはまだお早い骨董品というものが私の趣味でしてね」


 絶対に分かって言っている顔に砂を投げつける想像を頭の中で完結できた私は偉いと褒め称えたい。鳥なら腕を、鹿なら足を神経毒でやろうかと思ったけどまた今度の機会にしよう。うん、そうだ。


 最初からこの男は気に食わなかった。物腰が柔らかで一見人優しそうに見えるがこういうやつに限って裏で腹黒いのだ。宰相の元から選出されたと言うことはどうせ裏関連の人間だろうし。


 ようやく授業が終わったが心身はストレスで散々だ。もう二度とあの鬼畜顔を拝みたくない。あの男私が皇帝になる前に高跳びしそうし、そうなる前になんとか手を打っておこう。

 

 あとは自室に戻って夕食まで授業の復習と予習、さらに小説の知識を活用した新たな策も捻出しなければならない。


 正直言ってダルい。まだ戦争吹っ掛けてお飾りでも戦場にいた方が楽しかった。二時間かけて復習予習を終わらせ真っ白の紙を机に用意する。


 まだ専門的な技術の追い付いていないこの世界では大雑把な世界地図が主流だ。その地図をボードに貼り付けてさてどうするかと思案する。


 隣国レオノーラは落とした。この戦で周辺国は帝国を警戒し、前回のように容易には行かないだろう。

 地形的に次落とせるのはエルギ公国とアルセルナ王国。小さな小国は後回しでいい。どうせそれに戦争し勝ったところで大国に責め入る大義名分を与えるにすぎない。


 確かエルギ公国には攻略対象その3。アルセルナ王国には攻略対象ではないがお助けキャラに似た人物が拠点にしていたな。

 先にアルセルナ王国を片付ければ序盤で確実にヒロインの妨害ができるが、その為には公国も厄介だ。悩む素振りを見せていると側に仕えていたヴェルナスが地図を見ていることに気づく。


 「ヴェルナス、お前の意見はどうだ?」

 「…エルギ公国かアルセルナ王国で思案しているのであれば、エルギ公国が良いと思います」

 「理由は?」

 「例えアルセルナ王国と戦争し勝ったとしても、次にエルギ公国と戦争を仕掛けるには時間が足りません。その間に対策され最善でもどちらも益のない和解でしょう」

 「あぁ、そうだな。そして我が偉大な皇帝陛下はそのような敗亡を認めず頑として維持を通すだろう。後は泥試合だ」

 「殿下のご意見は?」

 「飼い犬が主人の意見を窺うか」

 「申し訳ございません。差し出がましい真似を」

 「冗談だ。そう毎度畏まるな。面倒くさい」

 「…畏まりました」


 自分でも理不尽だと思うがこのぐらいでヘコたれる人間など端からいらないのだ。


 「エルギ公国を攻める上で何か面白いネタでもあるといいんだが、どうしようか」

 「エルギ公国は王位争いで内部分裂しています。第二王子の後見人であるルセルト公爵は裏界隈では特に有名ですので、それを突いては」


 特に思うこと無く助言するヴェルナスでも目は死んでいるのが面白い。私を殺すまで私の役に立たなければならないのだから尚更だ。


 「本当にお前は役に立つ。やはりお前を手に入れるために骨を折った甲斐があったな」


 奴の目に私はどう映っているだろうか。今にも殺したい敵? それともまた別の違ったナニカ? 別にどれでもいいと思いつつも気になってしまう。こんなにイイ玩具早々にないのだから。

 

 「エルギ公国ならアマト伯爵に潜入捜査させて、そうだな、情婦(じょうふ)を送り込め」

 「情婦、にございますか?」


 一体どこでそんな言葉をと顔で物語っているな。


 「第二王子は私と肩を並べるほど無能だと聞く。一応影に探らせたところ事実のようだし、歴戦の情婦ならなんとかなるだろう。もしゴネられらば安住の地を約束すると言っておけ」


 「しかし情婦がそんな条件に乗るでしょうか?」

 「…情婦でも全てが金や地位に目が眩む訳ではない。もっとも、そういう人間を否定はしないがな」

 「承知いたしました」


 今回はそう簡単に行かないことを予想して二手三手を用意するこそが真の策略家だ。どれだけ完璧に思えた策でも一度自分で考えられた以上他の誰かが辿り着けないなんて可能性あるはずがない。


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