閑話 皇女【ヴェルナス視点】
自分の家族を皆殺しにし、祖国を廃滅させ、全てを根こそぎ奪っていった元凶が自分より2つも年の小さい子供だと知ったとき、どうするだろうか。
海外交換留学で神国に滞在していたとき、その訃報は届いた。レオノーラ王国歴史以来類を見ない大飢饉。それは世界規模で起こり、誰もが予見することはできなかった。
…かの様に思えた。その予想を覆したのは帝国だった。歴史的にも国力的にもまだ巨大とは言えず、技術的にも特に秀でた箇所のない帝国だけが、唯一完璧に予測していた。
だからこそ我が国から何に使うか分からないほど大量に小麦を買い漁った。大飢饉など知るよしもない我らはどうせ余るからと来期の分まで売り渡したのが始まりであり、我がレオノーラ王国の終わりだ。
そうして大飢饉は容赦なく牙を向きで、主に小麦を中心に栄えた王国は内側から崩壊。小麦を買い求めた暴動が至る所で起こり、最終的に弱ったところを帝国に侵略された。
事の経緯は全て文書で受け取り、私は帝国軍に連行された。実に鮮やかで、一種の劇かなにかかと疑うほどだ。王太子である私もこれから処刑されるのだろう。
家族の訃報は既に届いていた。せめて祖国で埋葬されるよう願って、連れられたのは何故か応接間だった。
敗戦国の王太子を応接間に招くなどどの歴史書にも記されていない。警戒で身構えながら、護衛も連れず遅れて部屋に入ってきた子供に、目を奪われた。
子供は何の躊躇もなく対面に座る。侍女を席から外し、私の側につく兵士も外す。これで本当に二人きりだ。いくら手枷と首輪を付けられているとはいえ、どういう算段だろうか。
すると子供は、警戒するのもバカらしくなるほど機嫌が良さそうな満面の笑顔で、言い放った。
「祖国を滅ぼした元凶に会って、どうだ?」
「…何を、仰っているのでしょう」
あくまで冷静に、子供のお遊びだと無神経な子供相手に怒る気力は勿体ないと言い聞かせたが、その次に紡がれた言葉に絶句した。
「ふむ、理解が乏しいのか? 私が策略したんだ。大飢饉の予測も、対策も、ついでにお前の国との戦争も。どうだ? これで少しは理解できたか?」
冗談、にしてもタチが悪いがこの子供はどう見ても私より年は下だ。ソファに足がついていないことからもそれは分かる。
だが私が返答をしないからか大飢饉の予測に踏まえたデータ、我が国の抜け穴、戦争に投じた予算。全て嘘で片付けるには、出来すぎていた。
「貴方は、何者ですか…」
「帝国第一皇女アルエロヴィギア・ラナ・フィエロ。つい最近まで『無能皇女』と蔑まれていた皇女だ」
皇女は皮肉るでもなく事実を淡々と述べるよう口にした。噂なら聞いたことがある。手の施しようがないほど『無能』な皇女。巷では有名な話だ。
誰が言ったのだろうか。噂の出所を調べて殴りかかってやりたい。この皇女が『無能』? あり得ない。
現にどの学者にもなし得なかった大飢饉を予測し、どの策略家にもなし得なかった快挙を実行しているではないか。
「私を殺すのですか?」
「いや、お前は使えそうだからな。様子を見て保留だ」
皇女はまるで世界の王のような口調で話す。さも当然かのように。
自分以外世界に人がいないかのように。だからなのか、その瞳に私は映っていない。ただ単純に興味の引く玩具と言わんばかりの瞳だ。
「私に何をお求めですか?」
「…何がいい?」
面白いと表情が語っている。煽られたら返すタイプだろうか。挑発に乗りやすい性格だと思いきやその奥底では常に冷静な政治的には最も厄介な人間だな。
「貴方様のお望み通りに」
「なんだ、つまらん奴だな。まぁいい。お前が私に仕えるというならお前に名目上の公爵家とお前の弟の安全を約束しよう」
「ありがとうございます」
名目上の公爵家ということは、属国としてのある程度の待遇は約束するということか。
それから無言が続く。皇女は私をじっと観察し、私はその目線を返す。それに飽きたのか爆弾発言が再び投げ込まれた。
「一つ良いことを教えてやろう。聞きたいか?」
「是非」
「お前の国を滅ぼした理由。勿論条件に合っていたのもあるが、お前を殺す為だ」
嘲笑るとも取れる、だが反応を窺うとも取れる声色と表情で暴露したそれは、あまりに矛盾していた。
「私一人を殺す為に国を潰したのですか?」
「そっちの方が楽だったんだ」
「何故私を殺していないのですか?」
「生かした方が面白そうだったから」
やはり矛盾している。殺す為に国すらも滅ぼしたのに、いざとなったら面白そうだから生かす? どうやら全てが本当のわけではないようだ。私を弄ぶが為に嘘さえ容易いと言う訳か。
「嘘と思うなら思えばいい。全部お前次第だ」
私の全てをお見通しと言うのか。手の腕転がされている気分だ。正直言って楽しくはない。
そもそも全ての話が真実ならば目の前にいるこの皇女こそ父王、母王妃、弟達を死にやった張本人なのだから憎しみは心の奥底で蠢いている。
今すぐ皇女の喉元を引っ掻いて絶命させてやりたいが、まだ弟が生きている。あの子まで巻き込むわけにはいかない。どうせこの為に生かしておいたのだろうが、本当に殺したい程用意の良いことだ。
「いいか。お前の自由は私が死んだ時から始まる。それまでお前はずっと、私の手の中だ」
そうやって目の前の幼い皇女は、無邪気なまでの邪悪で、嗤った。