無能皇女の目覚め
『地位、名誉、金、容姿、健康、この全てを手に入れた者が世界の王座を手に入れるだろう』
誰かが名言じみて吐いたセリフにそんなものがあった。何故今そんな下らないことを思い出したのか。探し出すほどの理由もないが、ここ数日の環境の変化とでも言えば容易く聞こえる。
大陸最大の領土と人口を誇る帝国第一皇女アルエロヴェギア・ラナ・フィエロ。今では皇城で働く召使いにすら嘲りの対象となっている無能皇女。
そんな彼女につい数日前に憑依した。状況を理解するのに丸一日かかったが、特に親しい人間もいなかったのか疑われることはなかった。
彼女の名前を聞いて思い出すのは一つの小説。友人の勧めで半ば強引に貸された流行りの異世界転生恋愛小説である。
ヒロインは町外れの村に住む少女。序盤から高位貴族の娘であるために迎え入れられ、数多くの男主人公から求愛を受けるありふれた物語。
正直言って何が面白いのか見当もつかなかったが円滑な友人関係を構築するためにその時は適当な相槌を打った。
それがまさか、当事者になるとは露しらず。原作でアルエロヴェギア・ラナ・フィエロは黒幕に利用されて男主人公に殺される中ボス的役割を持っていた。
片思いしていた公爵をヒロインに取られたことに逆上し、毒殺や強姦未遂を行い罪が露見した後地下牢でヒロインの目に届かないまま、殺された。
彼女は環境に恵まれない子供だった。父皇帝は政略結婚によって結ばれた皇后との一夜でできた子供などに関心があるはずもなく、皇后も皇帝の目にくれない皇女になど構っていられなかった。
丁度その翌年に寵姫である第一側姫が第一皇子を出産したのも要因の一つだろう。
皇位継承権など名ばかりのもので将来性のない皇女に付く貴族など誰一人なく、高位貴族の令嬢から成る侍女に舐められるのも当然のことだった。
そうやって広い皇宮で誰にも愛されず侍女からの陰湿な虐めに耐えてきた皇女は自分の守り方すら知らなかったのだろう。誰彼に対して暴れるようになった。少しでも自分を害そうとした者達を遠ざけるために。
彼女を虐めていた侍女らはついに耐え切れず皇宮を去っていった。それがより彼女を確信させたのだろう。もっと高慢に、我が儘に、臆病になってしまった。
そんな彼女に唯一優しくされた記憶が公爵だった。本当に小さい頃の何気ない会話が、皇女を恋という錯覚に陥れた。
そこからは原作通りに進み、愛する人の手で殺された記憶がある。そう、この記憶は私が憑依した直後に溢れ出したもう一つの『前世』。
と言っても彼女の自我は既に消失してしまっている。愛する人の手で無残に殺されたときに、壊れたのだろう。
しかしお世辞でも気分の良いものではない。今もなお彼女の記憶が胸を抉って離れない。
ただ私が思うに、彼女はあまりにも「幼稚」だった。自分を守るのはいい。人間として当たり前のことだ。ただその方法が悪手そのものだっただけのこと。
手当たり次第暴れるなんてことは生まれて間もない乳幼児でもできる。そしてそれは民に「無能皇女」と卑下されるのは当然のこと。結局は『愛』という下らない感情に振り回された結果と言えよう。
本来であればこの状況を打開しようと男主人公らを味方につけ、聖人君主として人の世に立つのだろう。それがセオリーだ。
だけど私はそんなつまらない台本通りの人生など丸々御免だ。
男主人公? 消してしまえば早い。
聖人君主? 悪役として原作を壊してしまった方がずっと面白い。
さぁ、始めよう。こんな非力で脆弱な身体で、生き残りを賭けた悪逆皇女の逆進を…。