サタンちゃまとスライムのどっこいどっこいの実力死闘
当初の予定では聖女さまがスライムの体力1ポイント残し、トドメを俺が刺すやり方だった。でも聖女さまが一撃で倒してしまうため、おこぼれ作戦は失敗続きだった。
なんでこうなったかと言うと、聖女さまのレベルが120で力加減が出来ないらしい。もっと悪く言うなら不器用。ま、言ったら殺される。
さて、いわゆる達人の領域ならギリギリ1ポイント残せるハズなんだけどそれが出来ない。
やはり不器……いや要ははやる気の問題だ。それに対しペットな俺は彼女に意見出来る立場ではなかった。
「敵はレベル1の雑魚よ。やれば出来るわよ」
「にゃっ……」
手をパンパンと叩いて声援を送り無茶を言う。そうして幼女の背中を押しスライムと戦わせる鬼畜聖女だ。あとやれば出来るなんてその言葉は、出来ない奴にとってプレッシャー以外何者ではない。
「ううっ……勝てる訳ないにゃっ……」
そりゃあ、大人の冒険者にとっちゃレベル1 のスライムなんて鼻くそほじりながらでも勝てる。だが、幼女にとって目の前に立ち塞がるレベル1 スライムでもラスボスに見えるんだ。
しかしまさか、普段ゲーム内で馬鹿にしていたスライムにリアル世界で苦戦するとはな……。
「やっぱりやだにゃっ! それよりアタチはお腹空いたっ!」
こう言う時はただをこねるに限る。涙目で振り返った俺は聖女さまに訴えた。すると彼女は優しく微笑んだ。
俺は聖女さまの笑顔を見てホッとし、硬直する頬の筋肉が緩んだ。
「聖女さま〜〜っ」
許されたと判断した俺は小さな足でパタパタと駆け寄り、両手を広げて聖女さまに甘えようとした。
「誰が戻って来ていいと言った?」
「にゃっ……」
笑顔から一変し、聖女さまの表情が冷たく見え俺の血の気が頭から引いていく。当然笑った頬の筋肉が硬直して足が止まった。
顔を見あげると、モーニングスターを握った聖女さまが冷たい視線で俺を見おろしていた。
『にゃ……』武器を持った鬼がそこに居る……。
【教訓その一】
『いやいや』聖女さまの笑顔は信じるな。
だけどまだ甘えがあって拒否しても許してもらえると思った。
「い、嫌にゃっ」
俺は首をプルプルと横に振った。
「黙れ犬っ!ご主人様の言うことが出来ないの?」
幼女に犬呼ばわりとはこの聖女中々のドSだ。
「いくら聖女さまの命令でも無理にゃっ!」
「お座り」
「にゃんっ!」
身体が勝手に正座してしまう。
首にはめられた絶対服従の首輪のせいで、聖女さまの命令に逆らえないんだ。もし第三者がこの光景を見たら助けてくれると思うが、被害者幼女がサタンで加害者が聖女さまだからその可能性は低い。
なにせパルナさまは光の聖女として世間では慕われているから、まさか幼女を虐待しているとは思われない。
だから俺の頭の中は絶望感しか残ってなかった。しかも聖女さまに立てと言われ渋々立ちあがった。
「貴女なら出来るわ。死ぬ気で頑張りなさい」
遠の昔に途絶えたハズの二大根性論を幼女の背中に叩き込む聖女さま。『貴女なら出来る』とか今や呪いの言葉だぞ。
それに死ぬ気で頑張れって死んだらおしまいですよ。
しかし、聖女さまには逆らえず俺はめん棒みたいな細い棍棒握り締めて、スライムと対峙した。
ブルルルッ…………
「にゃん……」
スライムが丸く固まりゼリーみたい震えた。
俺はビビりまくって後ずさりした。そう、雑魚のハズのスライムが巨大なラスボスに見えるんだ。
後退した足が二、三歩で止まった。背後から殺気を感じるからだ。目の前にいるスライムより、うしろで目を光らせる聖女さまの方がよっぽど恐ろしいよ。
「ヤルしかにゃいっ!」
前の小地獄と後ろの大地獄に比べたら前を選ぶよね。意を決した俺は棍棒振りかぶって突撃した。
『!!』
俺に気づいたスライムがグシャリと型を崩し身体の一部を飛ばしてきた。俺はビビりながら心の中で『便利な身体だな〜』と感心した。『うむ』焦っている時に限ってしょうもないことを考えるな……。
「にゃあっ!?」
スライムボールが顔面に当たってその衝撃で俺はひっくり返った。
凄く痛かった。
それこそ頭部が砕けるかと思うほどの衝撃だった。レベル1のスライムだと思って舐めていた。鍛えてない大人でも下手したら死んでいてもおかしくはない攻撃力だった。
「いたたたっ…………」
俺は額を両手で押さえ立ちあがった。
「あら…………大丈夫ですの?」
なにを素っ頓狂なこと聞いてやがる。『大丈夫な訳ないだろ?』大人でも死ぬかも知れないスライムボールを幼女の額に当たったんだ。
『まてよ……大人でもタダじゃ済まないのになんで幼女の俺が耐えた?』
『考えたくないが』やはり俺は人間ではない。サタンだからか……。
「クソ弱いけど耐久性は高いみたいね」
聖女が背後から俺をけなして褒めた。どっちつかずな評価が一番困るんだわ。あと聖女は口が悪い。
「そうなると…………サタンちゃまの体力がどこまで耐えられるか、この際実験してみましょうか……」
「にゃっ!?」
『実験って……』涼しい顔でとてつもなく鬼畜な提案した聖女さまに俺は振り返り目を丸くした。
「む、無茶にゃっ……」
俺は顔を引きつらせながら言った。すると聖女さまは胸の前に腕組みして、右手で握ったモーニングスターをチラチラさせた。
「さっさと戦いにお行き。いいわね。スライムに勝つまで戻って来ちゃダメよ」
「にゃあっ鬼っ!」
死ねというのか、逆らえない俺は再びスライムに突進した。コレといった策はない。なんとかなる精神だ。
「にゃあっ!」
スライムが飛んで俺に体当たりして来た。当然すっころんで後転した。だがまだ意識がある。
「まだ生きてるにゃっ!」
自分に言い聞かせ立ちあがった。棍棒を握り締め果敢にも飛び掛かる。負けじとスライムが跳ねた。
「にゃあっ!」
やっぱり怖気づいた俺は棍棒を捨て、頭を両手で押さえしゃがみ込んだ。背後から聖女さまの罵声が飛ぶがそれどころじゃない。無視した。
俺の頭部にスライムがタックルして来た。正直これで俺の人生が終わったと思った。
『ジュッ』
しかし人生が終わったのはスライムの方だった。なんでか奇声をあげて弾けた。
「にゃっ……?」
『経験値20が入りました』
どこからともなく音声アナウンスが伝えた。『やった!』初めて自力で魔物を倒せたよ。俺は短い両腕を振りあげて喜んだ。
しかし聖女さまは舌打ちした。
「たった経験値20かよしょっぺーですわね。大体スライムの経験値は確か60のはずよ。明らかにサタンちゃまがもらえる数値が低い」
彼女の声で一気に喜びが消えた。
「ごめんにゃ、力ににゃれにゃくて……」
こうなりゃ情に訴える作戦で許してもらおうと謝った。ま、腹黒聖女に情が有ればの話だが……。
「…………嘘泣きしたってダメよ。あと最低スライム五匹は倒してもらわないとね」
「…………」
『ホラ情が通用しない』冗談みたいだろ? いや真実だ。しかも五匹だって無茶振りだ。その前にコッチが死ぬわ。この鬼畜聖女が……。
【教訓その二】
聖女さまに幼女の嘘泣きは通じない。
「それにしてもどうやってスライムを倒したの?」
「にゃっ!?」
聖女さまが聞いてきた。それが分かってたら苦労しないっての。
「まさかその頭の角かしら……」
「あっ!たしゅかにっ!」
飛んで来たスライムが俺の頭部に当たって勝手に砕けたんだ。小さな二つの角を摩りながらそう思った。
『あっ!』角に当たったんでスライムが砕けたんだ。そうか理由が分かったけどクソ聖女には黙っておこう♬
「にゃにゃっ♬」
「あらペット……ずいぶん楽しそうね?」
「にゃっ……」
「まぁいいわ。とりあえずお昼休憩しますか……」
「おっ!」
思い掛けない聖女さまの言葉に俺は飛び跳ねて喜んだ。もうお腹ぺこぺこなんだ。
「あらっ……まだ元気があるわねぇ……」
「にゃっ……痛たた……今頃ダメージにゃ……」
腹を抱えうずくまった。もちろん演技だ。聖女さまの気が変わったらと大変なので俺は仮病を使ったのだ。我ながら子役級の演技力だな。
「仕方ないわねサガネっ今すぐランチを用意して」
「かしこまりました聖女パルナ様」
聖女さまの命令にメイドさんはうやうやしくお辞儀すると、きびすを返し車に戻って行った。
とりあえず休めるし、お腹が空いていたから助かったよ。それに、聖女さまのランチ初めて食べるから楽しみだ。