サタンちゃまの覚悟
喉元に突きつけられたクナイの鋭い切っ先が肌に触れた。
今まさに俺は紅蜘蛛に殺意を向けられていた。
エイトさんに絡んでいた紅蜘蛛が次なるターゲットに選んだのが、他人事と思って呑気に眺めていた俺だ。
それはまぁ、天使に殺意を向けられる自覚はある。
なにせ俺は悪魔だ。
しかも総大将のサタン。だからこの状況は当然だった。そもそも和気あいあいと悪魔と天使が同じ空間で食事をするのがあり得ないからな。
しかし困った。
過去の俺がどんな悪行を行ってきたのか記憶がないから、紅蜘蛛に殺意を向けられても返答しづらい。
むしろ悪行の記憶があったら返ってひらき直るのだが……。
「ほっほっ、天使軍に敗北したサタンは永久に封印されていたハズよ。それが今何故ここにいるのかしら?」
「にゃっ!そ、そんにゃこと言われても、サタンが過去にしてきたこと一切記憶ににゃいにゃっ!」
「嘘おっしゃい!」
「にゃあっ!」
説明しても聞き入れない紅蜘蛛が、クナイの先端を俺の首元に刺した。
彼女の先の言動からして俺のせいで仲間を失ったみたいだ。まぁ、記憶はないけどよほど酷いことをしたのだろう。だから恨まれて当然だ。
仕方がない。
弁明しても無駄。
殺すならやれ……。
思えば俺は高校卒業してから大学に進学して会社に入って結婚して、順風満帆とはいかないけど普通の人生を送れるものだと思っていた。
いやしかし、それは大きな間違いだと知った。
この世の中。普通の人生を送ることすら困難な選別社会だと知った。
俺はあの冒険者覚醒の儀式で精々並の冒険者程度だろうと、かなり下に設定していた。
しかしいざ覚醒してみるとこの姿になった。
いわゆる性転換好きから言わせるとラッキーと言われるかも知れないが、実際なってそんなことはなかった。
現実は可愛いだけで取り柄のない幼女の姿に変貌した俺は、友だちや家族を未来を失い絶望した。
だから、紅蜘蛛に殺されてもいいと俺は思って目を閉じた。
「ほう〜命乞いをすると思っていたけど、腹を決めたか……」
そう言ってクナイを握り直す紅蜘蛛。
ヤルならヤレ!
どうせ先のない人生だ……。
「良しなさい」
「過去にこのチビになにをされたか知らねーが、今は喧嘩してる場合じゃねーだろ師匠っ!」
「ちょっと!アンタ新入りなんだから仲良くしてよっ!」
上から順に、聖女さまと谷川シェフとメリーが紅蜘蛛に注意した。
「ほっほっ♬ ちょっと言いたかった。だけよ……」
紅蜘蛛がクナイをさげた。
三人のおかげでマジで助かった。
とりあえず窮地を脱し、緊張の系が切れた俺はへなへなとしゃがみ込んだ。
「聖女さま。一つ聞いてもいいかしら?」
「あら、なにかしら紅蜘蛛さん?」
「ふふっ、何故このサタンと一緒に冒険しようと思いましたの?」
「何故って……今から二ヶ月前に朱雀百合と名乗る日本政府のエージェントがあたくしの元に訪れ。次の高校生による冒険者覚醒儀式で、魔王討伐に欠かせない戦力になるサタンが復活するから必ず仲間にするようアドバイスをされたの」
なるほど、だから迷いもなく俺を選んだのか……。
「聖女様本気で言っているの?」
「本気よ。ご覧の通り貴女も、このサタンの実力を目の当たりにしたでしょ?」
「……確かに……仕方ないわね。聖女様がそう言うなら我慢するわよ」
一応納得した紅蜘蛛がドカッと座布団の上に座った。
まぁ、あくまでも聖女様の意向に従い共闘するだけで、俺のことは嫌いみたいだな。
やれやれ、痴女に好かれても困るから、この微妙な仲間関係を続けて行こう。
とりあえず一悶着が終わってから皆無言で食事した。
で、食後に聖女さまが話し始めた。
「皆んな聞いて、たった今日本政府にクエスト終了の報告をしたところ、東京に戻らず次のクエスト地に向かって欲しいと言われたの」
「へえっ……ずいぶんと政府は急いでんな。まさか魔王軍の進行が近いのか?」
ビールを片手に谷川シェフが聞いた。その問いに対し聖女さまは首を横に振った。
「魔王は勇者が睨みを効かせているから早々動けないわ」
「だったら政府はなにを恐れている?」
「……あたくしも詳しくは知らないけど、あと一週間以内に厄災が空から降りて来ると……」
「空からぁ……しかし一週間以内って残りクエストは三つだぞ……期間内にクリア出来んのか?」
「……やるしかないでしょう。そのためにあたしたちは日本政府に依頼されたのだから……」
立ちあがった聖女さまは、窓を開けて夜空に浮かぶ満月を見あげ、覚悟を込めた表情を浮かべた。
そして振り返るといつもの温和な表情に戻り微笑んだ。
「次のクエストの目的地は沖縄県。そして、四国徳島県剣山、そして、近畿地方の京都府四条河原町が最終クエスト地。この三つのクエストを終わらせれば、全てが分かるそうですよ」




