サタンちゃまと経験値稼ぎ
西暦2303年7月。
ここ東京にも異世界の怪物が蔓延っている。とはいえ周辺にいる魔物はレベル1の雑魚ばかりで助かる。もし序盤からレベル100の怪物が出て来たらゲームオーバーだ。
レベルといえば聖女さまのレベルが気になったので、彼女のスカートの裾を引っ張り聞いてみた。『……』言っておくが間違っても、ついでにスカートの中を覗き込む真似はしない。
そんなことしたら聖女さまに殺されかねないからな……。
「ちなみに聖女さまのレベルはいくつにゃ?」
「そんなことわたくしに聞いてまさか……わたくしのレベルが貴女より低かったら歯向かうつもりでしょう……ええそうに違いないわ。悪魔ですもの……」
「にゃっ……」
今の俺が聖女さまよりレベルが上なんて『無いない』困惑する俺をよそに口元に右手を添えた聖女さまが背中を向けた。なにやらぶつくさ言っている。こんなちびっ子がスキあらば命を取りにくると警戒してるっぽいが、深読みし過ぎだ。
聖女様は相当疑ぐり深いな。
「ち、違うにゃっ!」
俺は慌てて否定した。だって先に鈍器で殴られたらたまらんからな。それにしても、何気なく聞いただけなのに悪い意味にとらえる聖女さまはちょっと、ネガティブ思考な傾向で注意が必要だな。
「それならいいのよ。さっさと経験値稼ぎに行くわよ」
「ま、待ってにゃっ!」
気を取り戻した聖女さまは俺を置いてスタスタと歩いて行ってしまった。だから俺は慌てて短い足をバタつかせ彼女のあとを追った。
『別にいいけどレベルいくつの話はどうなった?』ちょっと聖女さまは人の話をすぐ忘れる傾向があるみたいだ。
「おや、」
聖女さまが立ち止まり空を見あげた。もう勝手に歩き出したり止まったりと気分屋だ。
いや、どうやらなにかに気づいたらしく、なにやら空に向かって指差した。
すると空から白い飛行型自家用車が降りて来て目の前に止まった。結構高価な外車で、その運転席のドアが開いてメイドさんが姿を現し聖女さまにお辞儀した。
『う〜む……』リアルメイドを見たのは初めての経験だ。だってアキバとかならともかく、『普通の住宅地でメイドさんを見たことあるか?』いやない。本当目の前に現れたから困惑しているのだが……。
さて彼女の見た目はと言うと、黒髪を頭の上に丸く束ね、眼鏡を掛けた切れ長の瞳のクールな感じの美人さんだ。
しかし、チラッと目が合うと、鋭い眼光で睨んできた。『いやいや』俺がメイドさんになにやった……。
「サガネさんご苦労様です」
「パラル様滅相もございません。さ、どうぞ」
メイドさんの名はサガネって言うのか、日本人なのか異世界人なのかどっちともとれる名前だな。
まぁとにかくメイドさんが後部座席のドアを開けた。
「どうぞ中へ」
「ふふっいつも手際がいいわね」
「ありがとうございます。ところで……隣にいる小娘は何者でしょうか……」
メイドさんは俺に視線を横目で向けると眼鏡に手を掛け、剣のある声で俺を睨みながら聖女さまに聞いた。
いわゆる彼女はキッツイメイド長タイプで好み。だけど甘えることはやめとこうと思った。
抱っこされに突進しても蹴り飛ばされそうなビジョンが浮かんだから……。
さて、聖女さまはなんて答えるのか……返答しだいで俺のことをなんて思っているのか判明するな。
「この子の名はサタンちゃま。わたくしの犬……いや猫……つまりペットよ」
「サタン……了解しました」
聖女さま俺のことわざわざ犬から猫に言い直すな……あとメイドさんがサタンの名を聞いてちょっと反応したけど気のせいか……。
『…………』呆然と立ち尽くす俺を尻目に聖女さまはマイペースに車に乗り込んだ。そしてメイドさんがまるで汚らわしいと言わんばかりの目で見おろしたあと、俺が座る座席にシーツを被せた。『あ!』これはなにか……俺が座ると汚いからシーツを被せたのか……バイ菌扱いかよ。
俺が立ち尽くしているとメイドさんが『さっさとお乗りなさい』と言ってから運転席に戻った。
「あにゃあぁ、自己紹介がまだにゃのに……」
「……靴を拭いてからさっさとお乗り」
「にゃっ!」
『俺にだけ滅茶苦茶厳しいな』まぁ仕方なく俺は車に乗り込み聖女さまの横に座った。しかし経験値稼ぎより、メイドさんと仲良くする方が難易度高そうだ。
□ □ □
「ところでサガネ」
「はい聖女様」
「太陽の獅子の向かった先は?」
聖女さまの言う太陽の獅子とは、ついさっき俺が狙っていたクラスメイトの女子三人を連れて行ったイケメン勇者の冒険者チームのことだ。
幼女化ショックで忘れていたが、俺を侮辱した奴に対する怒りが込みあげてきた。
今度会ったらその顔面殴ってやる。
「真っ先に異世界大陸に向かいました」
「なるほどね。まぁ、あの男なら下準備もせずに真っ先に魔王討伐に向かうでしょうね」
聖女さまが苦笑い浮かべると足を組んだ。
メイドさんが言う異世界大陸とは太平洋側に突如現れた文字通り異世界から来た大陸だ。しかもここ日本と違って出現する怪物のレベルが桁違いに高い。だから聖女さまが言った下準備とは先ずは日本で高価な装備品買って、レベルの低い怪物を狩ってレベルあげしてから挑むという意味。
「パラル様……いかがなさいますか?」
「ほっときなさい。魔王城がどんな場所に建っていると思いですか? 人を寄せ付けない孤島。強力な魔物が空と海で侵入者を待ち構えてますので、すぐには魔王城に到達出来ませんわ」
「なるほどかしこまりました。では、手始めに奥多摩方面に向かいます」
「そうしちゃって……さて、あのクソ勇者を出し抜くにはこの……」
そう言いかけた聖女さまが俺に視線を向けた。
「この子供はまだレベル1 のクソ雑魚っぽいけど……腐っても鯛ならぬ悪魔の王サタン。ステータスの??? シークレットスキル表示も気になるし、今後の育成次第で化けるわよコイツはね。ふふっ楽しみだわ……」
「…………」
悪巧みしてほくそ笑む聖女さまを見て俺は、会う前の彼女のイメージが大幅に崩れた。
さて、エアカーが奥多摩に到着すると俺は早速外に放り出された。ここは怪物が出る立ち入り禁止の河川敷。当然一般人は許可なく入れないが、冒険者ならフリーパスで出入り出来る。
「ここはレベル1のスライムしか出没しないから安心して」
「わ、分かったにゃ……」
平然と言われたがすでに俺はスライムにビビりまくっている。だって怪物と戦うのは初めてになるし、この幼女の身体でどう戦えばいいんだ?
「とりあえず武器は棍棒ね」
「にゃっ!?」
小さな木製の棍棒を手渡せられた。幼女向けサイズとはいえコレじゃめん棒だよ。
こんな貧弱な棍棒じゃ、ちびっ子同士頭をポカポカ殴り合う道具にしかならないような……。
「さて、早速スライムのお出ましね」
「にゃっにゃあっ!?」
気持ちの整理がまだなのに、遠くから水色のゼリー状の動く液体がピョンピョン飛びながらコッチに向かって来た。あれがいわゆるスライムって奴だ。聖女さまはレベル1の雑魚と言うが、初心者の俺にとっちゃ恐怖以外何者でもない。
「大丈夫よ。一から十まで一人で戦えとは言いません。わたくしが先に攻撃し、スライムの体力を1ポイントだけ残して差しあげますわ」
『なるほど……』それなら俺でもスライムを倒せそうだ。名付けておこぼれ作戦かぁ?
聖女さまは手にしたモーニングスターを振り回し、スライムに向かって掛け出した。
投げずに自分から行くんかい?
「はあっ!」
聖女さまが振りあげたモーニングスターの鉄球がスライムにヒットして一撃でゼリーのように砕け散った。
「ギュッ!」
「あらっ……」
なんと聖女さまは、雑魚とはいえ一撃でスライムを倒してしまった。『おいおい』コレじゃおこぼれ作戦失敗だな。
「1ポイントスライムの体力残して攻撃するのがコレほど困難とは……」
一匹目のスライムの出没からかれこれ一時間が経過して、聖女さまが倒した数は二十匹余りだ。しかも全て一撃。力加減出来ないのか……。
それで未だに俺が倒した数はゼロだ。早くおこぼれ頂戴よ。
「ちょっと聞いていいかにゃっ聖女さまのレベルはいくつにゃ?」
「……聞く許可取る前に聞いてんじゃないわよ」
「にゃっ……」
聖女さまに揚げ足を取られた。まぁそりゃそうだね。
「まぁ〜ここでグダグダ言っても仕方ないわね。いいわ。ペットの貴女に特別に教えて差しあげます」
ため息混じりに聖女さまが言った。どうでもいいが、いつも上から目線だなこの女。
「わたくしのレベルは120よ」
「にゃっ!」
「なによ猫みたいに驚いて、これくらい普通よ」
いやいや普通じゃない。レベル120って上級冒険者クラスだよ。とにかく彼女は強い。故に力加減が難しいからスライムの体力1ポイント残しが困難なんだな。
『じゃあどうにゃったら、俺はスライム1匹倒せるんだにゃぁ?』俺が頭を抱えていると聖女さまがうしろから肩に触れた。
「しょうがないわね。アンタ一人で戦ってみる?」
「にゃあっ!?」
『無茶を言う』結局一人でスライムを倒すことになった。雑魚相手とはいえ俺の身体は幼女。一人でスライムに勝てるわけねーな。
ま、まぁ、俺はサタンだからなんとかなるのかな……例えば漫画ならギリギリに追い詰められたところで覚醒して逆転勝利なんだがな……いや、その前に死ぬ確率の方が高いか……。
しかし目の前にスライムが闊歩する非日常風景が現実かと思うとめまいがする。
果たして上手く行くかな? 俺は短い手足を見た。攻撃が届くか、かなり不安だった。




