サタンちゃまと二人の勇者
祭り開始二時間前。王都に数十の屋台が揃い内外の見物客が押し寄せ賑わってきて、それと同時に参加する冒険者チームが続々と会場入りした。
「ねえねえっちょっとワクワクしない?」
「にゃっ」
多彩な屋台に目移りするメリーが俺の肩を叩いた。そんなに焦らなくても、屋台は逃げて行きません。
確かに祭りの雰囲気は心踊るな。しかし今はそんな気分に成れません。
それはいつ聖女さまに命令をくだされるか、逆の意味で心臓ドキドキしてるんだ。
ああそうだ。ちょっと聖女さまから離れとこ……。
「準備はよろしくて?」
聖女さまが谷川シェフに声を掛けた。彼はハンティングの名手だから期待のエースだ。
「任せな聖女様。それにしても……」
「なにか?」
「いやなぁ、アンタは本気で勝ちに行く気なのか?」
「ええ、そうよ」
「そうには見えねぇなぁ……」
谷川シェフは周りを警戒しながら声を潜めた。
「それはどう言う意味でしょうか……」
「いやな、俺なら勝ちにいくならそこのサタンちゃまとアルマーをメンバーに加える。しかし、アンタは選ばなかった。それは何故か……まさか他に……」
「……別に深い意味はございません。しかし選外にした理由をあげるとしたら……その規格外の能力故に失格判定される可能性があったからですわ」
「……もっともな理由だな……しかし、仲間には内緒はなしにしてくれよな」
「……分かりました」
野生のカンと言うか、鋭い考察力で聖女さまの裏の考えを読み取った谷川シェフは、タバコに火をつけベンチに座った。
本当、隠しごとは駄目だよね。
「ちょっと騒がしくなってきたわね……」
メリーが指を指した。その先の城門前でごった返す群衆がなにやら騒いでいた。
そして群衆が左右に分かれ道が出来ると、例のちびっ子勇者チームがこちらに向かって来た。
人数は五人でちびっ子勇者アシオンとその妹のグレイフルと、トンガリ帽子の魔法使いのドルチェルと上半身裸の筋肉質の大男と、坊主頭の僧侶だ。
「あーっ!見つけたでありますっサタンちゃまっ!」
「にゃっ!?」
ちびっ子勇者アシオンが俺を見るなり駆け寄って指を指した。もしかして、俺ライバル視されてる……。
「にゃんにゃお前っ?」
「にゃんにゃって猫みたいでありますなっ!」
「にゃっ!」
「ところでこの前は良くも自分に大口叩いてくれたでありますなっ!でありますからっ、売られた喧嘩は百倍にして返すであります!」
「にゃっ!?」
まんまと乗せられてんじゃん。ちょっと上手くいき過ぎてんな……。
良し。最後の仕上げだ。
「にゃにゃにゃっ♬ アタチの聖女さまチームが勇者なんちゃらチームにゃかに負ける訳にゃいにゃっ!」
「……ムッ、ムキーーッ!サタンちゃまの癖に生意気でありますっ!」
「あらあら、仲がいいこと。友だちが出来て良かったわね」
「とっ、友だちっ!? ちっ、違うでありますよグレイフル!」
おっとりした妹のグレイフルが姉のアシオンをいじった。それにしても性格が正反対だけど、仲のいい姉妹だ。
しかし、その後ろで鋭い目で俺を睨むドルチェルが怖い。と言うか要注意人物で、恐らく陰の参謀者だ。
だから彼女に聖女さまの作戦を悟られないように注意しないとな。
「よ〜うサタンちゃま」
「にゃっ!?」
軽薄な口調の若い男が俺に話し掛けて来た。もう誰だか分かっているから振り向きたくない。
「……」
「おいっ……無視すんなよ。コッチ向けよサタンちゃまよぉぉ……」
死ぬほど憎い相手にちゃん付けするな。
まぁ、仕方なく振り向いた。
「にゃんにゃお前?」
「おっ……お前じゃないだろ……勇者様だ。口の聞き方気をつけろよチビ」
女冒険者四人を引き連れた勇者ガレオが、怒りの表情を浮かべ俺に睨んできた。
しかし新たな女冒険者は皆美人揃いで相変わらずのプレイボーイぶりだな。
いやしかし、決して褒めてないぞ。むしろ呆れる。
「にゃにゃにゃっ♬ しかし、にゃんだお前の仲間は愛人かにゃ?」
「愛人っ馬鹿を言え。剣士アイシャ、魔法使いルーディア、僧侶ラディカル、戦士バトラの四人は僕の嫁だっ!」
「にゃっ!!」
一夫多妻が許されるのかよ異世界大陸の法律は……それにしても勇者ガレオの女を短期間で集める能力は凄い。しかも全員と結婚済みとは末恐ろしいな。
絶対勇者よりホストとかもっと下品に言うと、A○男優の才能の方があるだろ。
「さて、ここで会ったが百年目だ。サタンちゃま〜今日こそはこの祭りでギッタギタにしてやるよ……」
「にゃっ!?」
指を鳴らしたガレオが俺に迫って来た。『なんにゃ』お前ヤル気か……。
「サタンちゃま〜〜ここで死ぬか……痛っ!!」
「にゃっ?」
突然ガレオがお尻を押さえて飛び跳ねた。
「お前っなにをっ!」
涙目のガレオが振り返るとそこには右足を突きあげたアシオンがいた。
ライバルながらナイスだ。
「このっチビッ!勇者であるっこの僕になにしやがるっ!」
「さっきから聞いておれば、助け合う大切な仲間を嫁呼ばわり。しかも、一人じゃ飽き足らず四人も嫁にむかえるとは男のクズであります!」
良く言ったちびっ子勇者。
「おっ! おっ、おっなぁぁにぃぃぃっ!勇者である僕を侮辱するなっチビッ!」
「なにを言うでありますかっ!お前みたいなチャラチャラした奴が勇者なんて笑わせるなでありますっ!」
「こっ、このっちびっ子!」
いい感じに偽勇者と真勇者がいがみ合ってきた。このまま決闘して共倒れになればいいのだけど……。
「アシオンッ!」
カツン!
ドルチェルが叫んで魔法の杖を鳴らした。
「性欲クズなど構うな」
「……確かにであります」
敵ながら良く言ったドルチェル。
「なんだ、とぉぉ……」
「フッ、顔真っ赤にして図星か偽勇者?」
「偽っ!この僕を偽勇者だと言うのか女っ!?」
「偽以外なんと呼べばいいのだ? ここにいる。伝説の勇者アルベード・ニルフィの血を引くアルベード・アシオン様こそ。真の勇者ぞ」
「ぐ、ぐ……だからどうした。ち、血筋で真の勇者が決まるハズはないっ!」
ガレオが悔しそうに反論したけど、血筋を持ち出されたらぐうの音も出ないな。
ちょっとガレオが可哀想になってきた。『な〜んてね』美女はべらかすクソ勇者に同情心なんて湧かないよ。
むしろザマァだ。
「だったら勝負だ。チビ勇者にサタンちゃま!」
「にゃっ!?」
俺を巻き込むなガレオ。
「面白いでありますなっ!この勝負受けたであります!」
「僕こそ勇者のプライドに賭けて負けませんよ」
ちびっ子勇者は腕組みして受けた喧嘩をヤル気満々な様子。で、二人共勝手に盛りあがっちゃってなんだか申し訳ない。俺は祭りに参加せず見てるだけか、もしくは別行動かも知れない。
「『特にサタンちゃまっ!』」
「にゃっ!」
何故二人してハモって俺を呼ぶ。
「サタンちゃまだけには負ける訳にはいかねえよな……」
「全く同意であります。サタンちゃま覚悟でありますよ」
「ちょっと待つにゃ〜っ!」
何故二人して俺ににじり寄る。
完全にライバル視されてるけど、その気じゃないコッチはいい迷惑だよ。
「待て待て待てぇええいっ!」
「ピコロ陛下っ!」
祭り主催者の姫王さまが転がり込んで来て、女騎士団長のアドロニクスが呼び止めた。
俺を含め喧しいちびっ子三人入り乱れてカオスだな。
「あっ!王さまっ良く来たであります!」
「もうっ!祭り開始まで待てないのか?」
「待てぬ。当たり前でありますっ!サタンちゃまを目の前にして自分の血が騒ぐであります!」
「分かった。分かったのじゃっ!!祭り開始まであと五分だから大人しく待つのじゃっ!!」
「おっ、お、りょっ了解であります……」
何故かキレた姫王さまにタジタジになるちびっ子勇者。まぁ俺から見たらどっちもどっちで、喧嘩したら収集つかなくなるな。
さて、あっという間に祭り開始まで五分切った。各チームが白線の前で一列に並び。開始の合図を固唾を飲んで待った。
まるで体育祭のと競走を思い出す。当然俺にとってロクな思い出なかったからな。
騎士団がドラをセットした。
多分と競走で使う音が出るピストル(スターターピストル)の代わりみたいな物だと思う。
案の定騎士がドラを鳴らすと、参加チームが城下町の外に向かって一斉に走り出した。
そんな中、聖女さまだけは立ち止まって動かない。
「ちょっとどうしたの?」
早速メリーが聖女さまに聞いてきた。本当彼女はなにも知らされてないんだな。
他のメンバーは察して立ち止まって聖女さまを見ている。
「ちょっと待った待ったぁぁっ〜」
聖女さまが黙って立ち止まるから、ちょっとウザい姫王さまが飛んで来た。
本当お節介焼きのちびっ子姫王さまだ。
「こらこらっ!もう開始時刻過ぎたのじゃっ!皆とっくに魔物狩りに外に出たのじゃっ!それを呑気に……」
「分かりました。そろそろ行きましょう」
「はぁ?」
皆んな走ってスタートしたのに聖女さまは優雅に歩いて城下町の外を目指した。
確かに歩いちゃ駄目とのルールはないので、姫王さまは口を開けて見守るしかなかった。
それから俺たちはゆっくり外に出ると参加チームたちは遥か遠くに行ったみたいだ。
それで何故か聖女さまが空を見あげていた。『あっ!』否や予感……。
夏の青空を一機の小型戦闘機が俺たちの頭上で旋回してから、ホバリングしながらゆっくり降下した。
ああ、間違いない。
俺の親友の四段変形自律型ロボのE-アルマーだ。
「アルマーじゃねえか。コイツは一体っどう言うことだ?」
「実は……」
谷川シェフが聞くと聖女さまは何故か俺の目を見た。
やっぱりそうじゃないか!
「にゃっ!」
「お座りっ!」
「にゃんっ!」
嫌な予感がして思わず逃げ出そうとした俺を、聖女さま強制お座りで止めた。
そこまで俺を確保するってことはもう。確定じゃないか〜。
ここで俺は観念して逃げるのをやめた。
「さて、勇者アシオンが祭りに夢中になっている隙に、アルマーさんに乗ってサタンちゃまとお付きにエイト様の三人でロストプロスパーに急いで向かってもらい。不死の姫君を仲間に引き入れてもらいます」
「にゃっ!」
やはり思った通りだった。
アルマーの飛行形態なら遠く離れたプロスパーまで短時間で行ける。そして、ちびっ子勇者が異変に気づく前にミッションを成功させる訳だ。
しかし、たった三人で十万の不死の兵士が守っていると噂される鉄壁のお城を攻略しろなんて、聖女さまは鬼だ。
とは言え大丈夫だろう。
俺には優秀な部下もいるし、魔力を温存してガチャを回して高レア悪魔を当てるチャンスもあるからな。
それにアルマーは強い。これまで本気を出してなかったのは、本気を出す危機的状況じゃなかったからだ。
だからもし彼が本気を出す状況が来たら、むしろ安心していい。それだけ頼りになるトモだ。
しかし、指名されたエイトさんは額に汗かいてテンパっていた。
「なんでエイトなのらぁ〜」
まぁ、不死の敵に対して天使一人いれば安心だよな。それに天使騎士の中で彼女が選ばれたのはきっと、それほど俺に敵意を抱いてないからだろ。
ご愁傷様。俺と一緒にアルマーに乗って絶叫空中旅と行きましょうか?
『主人〜っ僕も一緒に行く。ワンワンニャン!』
「にゃにっ?」
ペットのワン☆ころも行きたいらしい。足手まといどころか、俺よりマジ強いからな。
とは言えどうやって連れて行くか……。
「お前っ飛んでる最中落ちたらどうするつもりにゃ?」
『……そんな意地悪言って人が悪い主人だ。ワンワン』
「にゃっ?」
語尾のニャンはどうしたワン☆ころ。
とは言え落ちないやり方を思いついた。
まずは俺がアルマーの上に乗って落ちないように右手をロープで機体にくくりつける。そしてワン☆ころが俺の背中におんぶしてもらって爪で引っ掛ける。
で、その後ろにエイトさんに股がってもらい。出発だ。
「コレでオーケーにゃっ!」
「なんだかんだ言って腹をくくったみたいねサタンちゃま」
「……遅かれ早かれそうにゃると思ってたからにゃ」
「なら行ってらっしゃい。必ずミッションを成功させなさい」
やはり聖女さまが俺に無理難題を押しつけてきた。
まぁ、大丈夫だろう。
アルマーもいるし、黒騎士に火災レックスも呼べるからな。
『では出発するぞ』
そう言って俺たちを乗せたアルマー飛行形態がゆっくりとあがった。そして20メートルほどの高さまで上昇すると城の反対方向まで旋回してから、あえて領地上空を避けて目的地まで飛んだ。
ああ、当然急ぐから超高速飛行するんだな。
それまで俺は死ななければいいが……。




