サタンちゃまと真勇者
勇者剣ガル・ゼロードのなんらかの機能によってちびっ子冒険者いや、勇者アシオンが十六歳少女の姿に急成長した。
そんな漫画みたいな展開なんてと思いがちだけど、実際この目で見てしまったからな。
「大丈夫であったか?」
アシオンがしゃがんで俺の側に寄りつつ、妹の容体にも気を使った。
「はぁはぁ、大丈夫です姉様」
「うん、待ってろ。今楽にしてやりますから」
楽にしてやるってまさか妹に介錯じゃないんだろうな……アシオンは軍人気質だからやりかねん。
しかしアシオンはグレイフルに背を向け、勇者剣を握りジンバルの元へと近づいた。
「なんだ勇者……吾輩と戦う気か……」
「ええ、妹に降り掛かった呪いを無効化するためにも、貴方には是非死んでもらいます」
呪いとジンバルにどんな関係があると言うんだ?
まぁ、俺にも彼女ら姉妹にもそれぞれ事情がある。だから詳しくは、目の前の敵を倒してから聞いてみるしかないか。
ジンバルに接近したアシオンの足が止まった。一触即発ギロリとした目で見おろすジンバル。
「フッ!吾輩を殺すだとぅ……そう簡単に出来ると思うなよ。吾輩は魔王軍直属のっ」
「……13……不吉な数字を片っ端から消すであります」
「やれるならやってみやがれ!」
先に動いたのがジンバルで、両手に装備した斧を同時に振りおろした。
ガキィィン!
勇者を挟み斬りするつもりだったみたいだがその姿は忽然と消え、代わりに斧同士が打つかる鈍い金属音が響いた。
トン!
「はっ!」
背後から靴音がしてジンバルは振り向こうとするが、そこにすでに勇者が回り込んで剣を振る瞬間だった。
ズバッ!ズバッズバッズバン!
「ギイィヤッ!」
一瞬で身体をバラバラに切り裂かれたジンバルの首が吹っ飛んだ。そして驚愕の表情を浮かべた首がコロコロとアシオンの足元に転がって止まった。
いや、止まったと言うか、アシオンが踏みつけて止めたんだ。
意外と敵にとは言え、エゲツないアシオンの行為だな。
それと今の攻撃も先代勇者がアルマーにやった剣撃と速さが一緒だった。
攻撃力もさることながら、その斬る動き高速過ぎて目でとらえることが出来なかったよ。
恐るべし受け継がれし勇者と言ったとこか……。
俺たちはこんな化け物と魔王討伐を賭けて競わなくてはいけないのか?
出来れば仲良くして魔王だけは譲ってもらうしかないか……果たして彼女が物分かりのいい勇者だろうか……。
「パチパチ、パチパチ……」
誰かが勇者に対して拍手を送った。
その相手はすぐに分かった。
「ん、貴女は確か、白銀の聖女様ではございませんか……」
「わたくしの名を認知して頂き光栄でございます。勇者アシオン様……」
いつの間にかイベント会場を抜け出していた聖女パルムさまが、アシオンの前で胸に手を当てひざまづいた。
あのプライド高き聖女さまが下手に出て譲渡してもらう考えだな。
「……勇者になにか言いたげだな聖女……」
「ええ、是非今後のために勇者様と協議を……」
「うむ……話位聞いてやる」
キン!
アシオンが勇者剣を鞘に戻すと同時に身体が縮んだ。そして元の幼女の姿に退化してしまった。
なるほど、剣を鞘に戻すと急成長した身体が元に戻るんだ。いやマカ不思議。妹より幼い姉ってどうなってるの?
これこそ呪いだよな?
アシオンを見た聖女さまの口元が緩んだ。
「身体が幼く縮むとは不思議ですね」
「……お前が飼っている悪魔のちびっ子の方こそ不思議に見えるが?」
アシオンは聖女さまに皮肉を皮肉で返した。って俺に対する皮肉じゃないか!
聖女さまはこれまでの経緯をアシオンに話し、そして現在進行形の魔王と不具合を起こした魔王レプリカ巨ジンとの関係を丁寧に説明した。
アシオンは小さいながらアゴに手を添え『フンフン』と熱心に聞いている。
これはひょっとして話が通じる勇者かも……。
説明を終えると聖女さまは一度目を閉じてから俺の背中を押した。
『ちょっと待て!』こんな大事な交渉を俺に任す気か?
「彼女とはBBQした仲なんでしょう?」
「そうだがにゃあ……」
「だったら友だちとしてお願いして」
「……わ、分かったにゃ……」
聖女さまに頭を撫でられた俺は振り向き、重い足取りでアシオンの元へと向かった。
「どうしたサタンちゃま?」
両手を腰に当てたアシオンが待ち構えていた。
俺は今二つの分岐点に立たされていた。右側の分岐点は勇者と共闘する良き未来の道。そして左側が全て拒否され勇者と敵対する最悪の未来の道だ。
果たして、俺たちがどの道を進むのかは目の前の勇者に掛かっていた。
「にゃあアシオン」
「なんだ?」
「死将全て勇者さまに譲るから、魔王討伐だけは聖女さまに譲ってはくれにゃいか?」
「断る!」
「にゃあっ!」
まさかこれは最悪な展開か……。
肉を焼いていた時に気づいていたが、他人の意見を一切効かない頑固な性格。
アレだけ異世界人を含めた全人類の危機だと聖女さまが説明したにも関わらず。魔王討伐譲渡に関しては頑なに首を縦に振る気配がない。
それでも諦めない聖女さまに背中を押された俺はもう一度、アシオンにお願いしてみる。
「頼むにゃアシオン。魔王は神の血を引く聖女さまでにゃいと完全に倒すことが出来にゃいのにゃ」
「断るっ!」
「にゃあっ!いや譲ってくれにゃいとダメにゃっ!」
「ええいっ!何度頼まれても否っ断る!自分にはどうしても魔王を倒さねばならぬ理由があるであります!」
『ダメだ』思った以上にアシオンはスーパー頑固だ。
俺がダメ押しにアシオンに話し掛けようと手を伸ばしたら、魔法使いのドルチェルが行手を遮った。
どうでもいいが、三百年前から変わらぬ若さだから魔女だろうな。
「フッフ……諦めろサタンよ。どう言う訳かお前が聖女に加担しているようだが、我々には魔王討伐の高尚な目的がある。それが誰であろうと譲れるハズがないだろう?」
「にゃっ……」
諦めた俺はトボトボと聖女さまの元へと戻った。
これで交渉決裂。
そしてとんでもない強さの勇者と魔王を巡って競い合わないといけない世界線を、俺の運命は選んでしまったのか……。
こうして勇者一行と俺たちは別れた。
『あ〜あ、あ』今日は聖女さま留守中に勝手なことしたから、今夜は反省会かなぁ……。




