騎士道
少し肌寒い季節の朝、ケンジは朝食を食べに一階に降りた。
おもえば昨日丸一日ちゃんとした食事を摂っていなかった、水などは貰えたものを飲んでいたが食べ物はそれどころではないドタバタだったので食べれてなかったのだ。
一階にはクエストボードの前で依頼書を眺める者、受付で説明を受けるもの、バーカウンターで食事を受け取りそれを食べるものと、いろんな人が居たが...
(何でこんなに少ないんだ?冒険者ギルドって混むイメージあるんだが....また今度聞こうかな、今は飯だな。)
バーカウンターではギジと呼ばれるヒューマンの40代くらいの男性が調理、酒提供などを担っている。
白い髭を口周りに生やし、筋骨隆々な身体をしており、ただのバーテンではないことが分かる。
「おはようございます、昨日からお世話になっております、ケンジと申します。これからよろしくお願いします。」
軽く頭を下げ、挨拶をする。
「ん、話は聞いている。ギジだ、食いたいもんあれば言え、何でも作ってやる。」
口数少なく、必要最低限のやり取り。
いかにも口が硬いバーテンダーといった印象だ
「ありがとうございます、早速朝食をいただきたいのですが、何がありますかね?」
「ちょっと待ってろ」
そう言うとバーカウンターの後ろに入って行った、どうやら厨房になってるらしい。
大人しくカウンターで待っていると。
「おはよう、よく寝れたか?」
声を掛けてきたのはリガ、朝から少し動いてきたのか少し汗をかいている。
「おはようございます、朝練ですか?」
「あぁ、事務職ばかりなのでな、朝と夕に訓練所でな。そうだ、今渡しておく昨日の報酬だ、ほれ。」
リガはサイトバックかは小さな袋を取り出すとテーブルに置いた、袋の中からは硬貨がぶつかり合う音が聞こえた。
「あ、ありがとうございます、これで生活出来ます。」
「......確認しないのか?」
「えっ?」
「今後は確認したほうが良い、ちょろまかしてくる依頼者もいるからな、依頼者からすれば信用されてると喜ばれるだろうが、基本確認をした方が良い。」
(日本のマナーがこの世界でも通じるとは限らないよな。)
「なるほど、では失礼して。」
中身を確認すると、中には【10】と刻まれた銀色の硬貨が10枚ほど入っていた、硬貨は綺麗な円形で500円玉程のサイズだった。
「これは、10G硬貨ですか?」
「そうだ今回の報酬は事前に伝えた通りに100Gの支払いだ、100G硬貨もあるが、小分けにしたほうが使いやすいだろ?」
「ありがとうございます、これで当分食べて行けそうです!」
「ふ、もっと働いてもっと稼げよ。」
と、そこでタイミングよく目の前に料理が運ばれてきた。
「お待ちど、リガもいつものでよかったな。」
目の前に出されたのは蒸したじゃがいもと2個とスクランブルエッグ、理想的な異世界朝食だ。
リガには蒸した鶏肉をササミにしたものと枝豆の様な豆だ。
「いただきます。」
「ん?何だそれは?」
ふと、日本にいた時の癖が出てしまう。
「あ、いえ、食べ物への感謝ですね、命を頂く際の感謝の言葉です。」
「ふーん、なるほど君は植物にも命が有ると考える派か、魔法使いの様な考えだな。」
「そうなんですね...」
(魔法か、また教会で聞くか。)
「ご馳走様でした」
「うむ、美味かった。」
「あの、リガさん今後の私の仕事は....」
「ん?あぁ、いま君ができそうな仕事を作ってる最中だ、また確定しだい教えよう。」
「えっと、では今日は休みですか?」
「だな、この村を見て回り警備しといてくれ。」
◇ ◇ ◇ ◇
「こんにちは〜」
ケンジが訪れたのは教会、仕事がないので勉強を教えてもらおうと思ったのだ。
リガやミリアなどに教えてもらおうと思ったが、何やら書類整理したり、ギルドマスターと話していたりと忙しそうだったので教会にきた。
ギジさんやまだ出会ってないマッシって人にあって話を聞くことも出来たが。
ギジさんは無口で怖いし、マッシさんについてはリガさんに聞いても「あいつは基本村の外での仕事だからあまり村には居ない、帰ってくるまで待つしかない」との事だったので諦めた。
「はいは〜い、あ!ケンジさん!」
奥から現れたのは【ラシ・ロロラーナ】この村唯一のシスターである、この世に来たばかりのケンジに歴史を教えてくれた優しきシスターだ。
「この前はどうもありがとうございました、あの、僅かばかりですがお布施を...」
そう言いながら小さな袋を取り出し、10G硬貨を取り出そうとする。
「あらあら!うふふ、ありがとうございます、天使様もきっとご喜びになられますよ!!ささこちらへ。」
そう言われ促された場所には、銀色のお布施皿があり、中に硬貨が数枚入っているのがわかった。
ケンジは10Gをお布施として置いた。
「ありがとうございます、天使様のご加護があらん事を。」
「こちらこそありがとうございます、では祈らさせていただきます。」
「はい!どうぞ!私はお外の掃除してますね!!」
そう言うとトテトテと小走りで外にかけて行った、実に愛らしいシスターだ。
さて、今回ヨヴィに聞きたいのは大きく2つ
・自分のステータスについて
・今後の方針
早速祈りのポーズを取り語りかける。
(おはようございます、ケンジです。)
⦅おはようさん!どう?異世界初日は?⦆
(お陰様で生きて行けそうです、昨日は不思議な力で作業が楽でした。
その事についてですが、自分の身体のスキルやステータスなどは確認できる術はあるのでしょうか?)
そう、昨日の不自然な雑草の抜け方や、一切疲れを感じなかった事。スキルやチートが働いているのは確実である、その事について聞きたかったのだ。
⦅うーん、残念ながらその世界ではまだステータスを見る技術は発展してないね、君に作用してるのだけなら教えてあげるよ!⦆
ヨヴィが教えてくれたのは今、発動できるスキルの事だった。
・【土壌操作】土の三相分布を自在に変えられる。
⦅補足⦆三相分布とは、土の中の「気体」「液体」「個体」を表した物で、理想は3:3:4
気体は土の中の隙間、空間
液体は水分や水
個体は土の塊の事。
・【作物分析】作物の状態を把握できる、病気や状態異常、糖度や密度などが知れる。
・【緑の指】種などの発育、発芽率をかなり上昇させる。
などといった、農業チートだった。
(なるほど、昨日の雑草抜きは【土壌操作】で土の気相を増やして土の中をスカスカにしたから、あんなにすんなり抜けたんですね...)
⦅まだまだポイントは余ってるよ、正直これらのスキルは専門性が高すぎて消費ptはめちゃくちゃ少なかったからね、また困ったらスキル増やしてあげるよ。⦆
(ありがとうございます、今のところこれで大満足です、では、ステータスなどは分からないのですね...)
⦅そうなるね、具体的な数字もわからないし、こればかりはその世界の技術によるかなぁ、あまり干渉も出来ないから頑張ってもらうしか無いかも。⦆
(分かりました、がんばります!!今後はこの村で仕事をしながらのんびり農業できる様に目指仕事にしました!!)
⦅おぉ!えらい!目標を早いこと決めた方が楽だよ〜、また相談したまえ、おっと、別世界の人から通信だ、ではまた今度〜⦆
通話は一方的に切られた。
どうやら他の世界に転生させた人のアフターサポートも行ってるらしい、そう思うとかなり多忙だと思う、今後は滅多な事じゃない限り通話は控えようと思った。
「ふぅ...そうかぁ。」
この世界にはよくあるステータス表やスキル表などがないことがわかった、あまりこちらの世界に干渉できないとの事なので、もし仮に表示できる様なアイテムがあったとしてもヨヴィは認知出来てない可能性がある。
しかし闇雲にこの世界の人に尋ねると異世界人とバレる可能性もある。
そうなるといよいよ面倒である、国王に呼ばれたりだの、国同士の揉め事に巻き込まれたりする。
ケンジが昔に読んだことがある異世界小説の内容がそんな感じだったのだ、その物語だと主人公はスキルなどで無双してゆくのだが、あいにくケンジは戦闘スキルを持ち合わせていない、穏やかに暮らしたい本人の意思もあるので争いは避けたい。
「よし、目標は決まった!あとはどうにかなるだろう!」
考えても分からないことばかりなので考えるのを辞めた、それより行動した方がよっぽどタメになる。
その後、シスターと共に勉強会を始めた。
お布施も追加で払っておく。
「では、本日はどの様な事を学びましょうか?」
目をキラキラさせながらこちらを見るシスターラシ、根っこからの教師型の人間である。
「はい、ではお聞きしたいのですが、この村のことを詳しく教えていただきたく思います。ギルドの人が少ない事や村の名前など分からないことが多いのです。」
そう、ケンジはこの村に来てから一度もこの村の名前を耳にしてこなかった、あまりにも皆口にしない物だからもしかしたら読んではいけない名前とか、もしくは名前がない村とかなのかと思っていたのだ。
「あっ、そうですね!割と肝心な事お伝え出来てませんでした!!」
そもそも記憶喪失の人に何から教えれば良いのか分からないのが普通だ、そんな時に丁寧に教えてくれるシスターに出会えてケンジはとてもラッキーなのだ。
「実はこの村は最近できたばかりなのです。」
◇ ◇ ◇ ◇
これはケンジが転生する半年前の事
《グルゥァアアアアア!!!》
身体の芯まで震える様な咆哮に、そ万物を燃やすな灼熱の息。
いつの時代も、伝説や強者として語り継がれてきた生物。
その生物は、その存在を目に焼き付けさせる様な真紅の色をした鱗を全身に纏い、兵士たちを蹴散らしていた。
辺りは酷い有様だった、馬車は粉々に、兵士も己の命を守るので精一杯で、陣形や作戦など考える余裕が無いように慌てふためいていた。
それもそうだ、今回の任務は隣国から現ゴルド国王への贈り物の護衛だったのだから。
大した任務では無い、賊や魔物から守ると言う任務ではあるものの、最近は魔物の目撃情報すら出回らず、賊も所詮兵士崩れがせいぜいなので難なく撃退できる。
この港から王国までの道で護衛任務を任されたのは【アケラ・グラディウス】ゴルド国王近衛騎士隊その隊長である。
主にゴルド国土の東側の治安維持を仕事としており、名称としては『ゴルド王国東地方治安維持隊』となる。
「アケラ隊長、護衛対象品、欠品!ありませんでした!」
「わかった、では隊列を組んで待機。」
「ハッ!」
アケラ・グラディウス、27歳ヒューマン、女性。
ゴルド王国の近衛騎士東班の隊長、20歳に入団し、類稀なる剣術と指揮力、これらを発揮しなんと5年後には隊長の座まで上り詰めた彼女は、今現在ゴルド国から東の地、その広大な土地の防衛を任されている。
「よし、荷物よし、天候も良い、出発しようか!」
「「「「ハッ!!!」」」」
港が位置するのは大陸の東南、そこから西に真っ直ぐ進むと見えてくるのがゴルド王国、今回はゴルド王国の南海にある島、【グランシェル島】からの貴重な品の護送任務になる。
なんでも海の底から引き上げられた大変昔の遺物らしく、ゴルド王国の調査機関が調べる形になったのだ。
「アケラ様」
「ん?何か問題か?」
海道を過ぎ、草原を進む一行の中衛あたりにアケラとその従兵はいた。
前衛は異常が無いと先ほど聞いたし、後衛に関しても異常無しとの報告だった。
「いえ、ふと思ったのですが、こんな少数の荷物に隊を付ける必要が有るのでしょうか?
あまりに多いと思うのですが。」
確かにかなり多い、騎馬が15人馬車が4台、その馬車には歩兵が1台につき10人乗っている。
かなり多い、まるで魔物の巣の殲滅する時の隊の様だ。
「うーん、私も上にもう少しコストを下げた方が良い旨を伝えたのだが、何故か却下、それどころか増えたんだよな...」
「何か、裏があると読んでよろしいのでしょうか?」
それもそうだ、こんだけの戦力が必要な理由とは相当なものだ。
それも護衛対象が太古の遺物としか知らされていないが、どんなものかなどは一切公言されていなかった。
「あまり首を突っ込まない方が良いかもな、私が若くて隊長なのも、政治絡みを避けたり、良い子ちゃんを演じてこれたからだぞ?」
「その話は聞かなかったことにします。」
「いいぞ、その調子だ。」
しばらくすると平原に出た、空はゆっくりと雲が流れ、心地よい風が吹いていた。
そこで、アケラの頭上をふと影がよぎった。
「...」
上を見上げるとかなり高い上空に鳥の様な影が見えた。
「...ランバルゴ、この周囲に大型の飛行系の生物の確認は?」
「いえ、報告だとこの辺りの平原に魔物などの目撃はここ数年上がってません、平和そのものです。本日は通行止めを行なっていますが、前日まで行商人がこのルートを利用してます。」
なら今の影は?、そう問おうとして空を見上げると先ほどの影が少し大きくなっていた。
「!!、来るぞっ!迎撃体制!目標上空!」
「「「「!!!」」」」
空からこちらに向かって飛んでくると言う事は鳥では無い、魔物だろう。
魔物なら、どんな魔物だろうか?
コカトリス?ワイバーン?それとも...ドラゴン?
コカトリスなら羽を燃やし石化の魔法だけ気をつければ全滅は免れる、軟石薬も希少な薬では無いので石化もそこまで脅威では無い。
ワイバーンもそうだ、火耐性があるが鱗などは無いので物理でいける、気をつけるのは尾の毒針だ、解毒薬は持ってるしなんなら解毒魔法が使える物が味方にいる。
などと対処法を頭の中で高速で考える。
しかし無駄に終わる。
目視で確認出来る距離まで急降下してきたその姿は、まさしく図鑑で見たドラゴンそのもの。
なぜこんな所に?
こんな輸送隊で敵うわけがない。
(まさか上がこの数の護衛をつけたのも、ドラゴンが来ると分かっていたから?けどこの数では撤退すら怪しい、ならば護衛対象?遺物が何かしらの影響を?ドラゴンは想定外?)
常人ならパニックに陥る事態、アケラは必死に逃げ道を探していた。
その時
突風
それもそのはず体長10mを超える生き物が空を飛ぶための翼、その翼が起こす風は裕に大型台風をも越す。
騎乗してた者は地面に尻餅をつき、帆を張った馬車は横転し、馬たちは恐れ慄き、散り散りに逃げ惑う。
いくら訓練されて居ようが、対ドラゴンなぞいかようにして訓練すれば良いものか。
兵たちは命乞いをするもの、逃げようと武器を捨てるもの、諦めたもの、様々だが。
中には違う者もいた、アケラ達であった。
アケラの周りには、子供の時から夢見てたドラゴン退治に心躍らせる者、ここで手柄を立て地位を欲する者、怖いもの知らず、無謀者。
そんな中、剣を抜く女性の姿もあった。
「ワクワクするな...!!」
彼女もまた、ドラゴンとの戦いに心躍らせる者だった。
◇ ◇ ◇ ◇
激しい戦闘の末
ついにはドラゴンとアケラ以外誰も立つ者は居なくなっていた。
アケラは全身で息をし、剣を地面に刺してやっと立っていた、切り傷、打撲、骨折など数えきれない怪我を負っている。
一方強者ドラゴンは全身に傷を負っており、足や胴には、兵士の命と引き換えの突撃の末に突き刺さった剣がいくつも刺さっていた。
魔法は効きにくい、物理は鱗に弾かれる、その上空も飛ぶし火も吹く。
勝てる訳が無い。
だが、アケラは諦めなかった。
「フッ、フハハ」
ふとおかしくなって笑ってしまう。
今回は簡単な仕事なはずだったのだ、荷物を運び、その後皆と飲み食いして寝る。
そんな日常が一瞬にして消え去った。
仲間もほぼ全滅した、アケラの周りは兵士達が倒れていた、中には息のある者がいるがほとんどが重症である。
(一か八か...賭けるしか無いな。)
今の状況はドラゴンとアケラの一対一。
胸につけたペンダントを左手で握り、右手で剣を高々と掲げ、名乗りを挙げた。
「我が名はアケラ・グラディウス!!ゴルド王国東地方治安維持隊隊長である!近衛騎士でもある私の名において!ドラゴン!!貴様との一騎討ちを申し込む!!」
ドラゴンは喉を鳴らし威嚇の様な体勢をとる。
その時、アケラの体には変化が起こっていた。
原因はそのペンダント、マジックアイテムである、名を『騎士の心』。
王国の隊長クラスの人々に代々継がれてきたものだ、効果は
⦅先代の騎士の魂と共鳴し、力を得る。⦆
デメリットは
⦅使用した場合、死後魂がペンダントに取り込まれる。⦆
つまり今、使用したアケラは死後、そのペンダントに魂を吸われ一生ペンダントの使用者に力を貸す契約となる。
今、アケラの頭の中は大変なことになっていた。
(おい女、目だ目、剣を刺してしまえ。)
(バカ、仲間が付けてくれた傷を狙え、無駄にするな。)
(いやいや、ここはじっくりと行こう、まずは足を狙い機動力をなくせ、そのあと鱗の間を狙ってチクチクしろ。運が良ければ嫌がって逃げる。)
(.....心臓を突け。)
頭の中で声が響く。
歴代の騎士が語りかけてきてるのだ、身体の芯から燃え上がる様な闘志が湧き出て来出るのがわかる。
血が沸騰するかの様に熱くなり、痛みを感じなくなって行く。
ドラゴンも、先程までのアリ程度としか見てなかった者が、急に強者のオーラが出たのだ。
目の色が変わる。
交わる目線。
「...参るっ!!」
遅くなりました申し訳ない...!!