森林調査
「取り敢えずはこれでいいか。」
バーの裏の食糧庫のジャガイモ樽にジャガイモを隠した、周りのジャガイモより少々大きいが恐らくバレないだろう
「にしても『能力』かぁ、甘く見てたなぁ。
これじゃ周りにすぐバレるし考えて使わないと…とりあえず教会に行って聞いてみるか。」
◇ ◇
「どうも~。」
いつも開かれている教会の扉をくぐるとラシが朝の掃除をしており、自分の身丈ほどある箒をせわしなく動かしていた。
「あっケンジさん、朝早くどうなされました?」
少し目の下に隈を作っていた彼女はやや疲れ気味に挨拶を交わす
「だいぶお疲れのご様子ですが…。」
「あ、いや…、ケンジさんならご存知かと思われますが昨日の事でもうドタバタで…。」
「あぁ、お疲れ様です…、お2人は?」
「まだ寝ずに報告書を書かれています、私もできる範囲でお手伝いしてましたが機密情報が多く、今はお手伝いが出来ないのでこうしていつものお仕事を…。」
「な、なるほど当人しかできないお仕事は大変ですね…ではお忙しそうなのでお祈りを。」
「どうぞどうぞ、いつもありがとうございます。」
ケンジはヨヴィを模した像の前で祈りをささげた。
◇
「おっ、久しぶりだね。」
もはやいつもの空間になってきている白い空間にちゃぶ台。
そこに座りくつろいでいるヨヴィ。
「どういったご用件で?」
「どうも、お世話になっています。
実は少し確認したいことがありまして。」
「はいはい大丈夫ですよ、能力の事ですかね?」
「ですです、植物の成長速度を早くする?能力なのですが。」
「えぇ、『緑の指』ですかね。」
「ってなんです?」
「えっ!?そちらの世界のおとぎ話ですよ!?
不思議な力を持つ少年がその力でお花を咲かせたりするお話です、詳細は省きますが良い話しですよ!!」
「お花咲かせおじいさん的な?」
「全然違います、あとタイトルも少し違います。」
ポンと目の前に一冊の児童本が出てきた。
「はいこれ読んで。」
「あっはい。」
◇
「なるほど、つまり種に触れれば勢いよく成長すると…。」
本を読み終え、自分の能力を理解するケンジ
「その気になればお花畑だって作れますよ、お花屋さんします?」
「いやいや、花屋ってめちゃくちゃ大変なんですよ。
水の入ったデカいバケツを動かす力仕事や商品の管理、需要のリサーチとか…。
あんなに商品の外見を気にかける仕事もなかなか無いです、更に…。」
「あぁ分かりました分かりました、すみませんでした。」
「まぁ、能力はわかりました、ありがとうございます。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。
どうです?順調ですか?」
「なんやかんやでやはりトラブルに巻き込まれますね、仕方ない事ではありますが。」
「うーむ、まぁ仕方ないですねぇ。
異世界人は良くも悪くも目立ちますから。」
「この能力は制御できるんですか?」
「あぁ~『緑の指』はどうでしたっけ?どうでしょう?めったに選ぶ人が少ない能力ですから忘れました。」
てへぺろといった効果音が似合いそうな顔をしてとぼけるヨヴィ
「そんな…まぁでも頑張ってみます、ふとした瞬間に発動しちゃったら大変ですから…。」
種を触ってニョキニョキ生えてきたら大変である。
「過去の能力を授けた者たちの中には一度も使うことなく生涯を終えた者もいますので、そこまで深く考えなくても良いと思いますよ。
もちろん世の中には悪いことにも使う人もいますが、それもまた正しい使い方です。」
「それ本当に正しいんですかね?」
「あら、善悪の概念は人間が勝手に作り出したものですよ?」
「えっ?」
「あ、転生者の方がいらっしゃるようなので今日はここまで!
またね~。」
「あ、ちょっと。」
◇
目を開けると教会の祈りの間で祈りのポーズのまま固まっていた。
「いつも急だなぁ…とりあえずはセティさんたちも忙しそうだし今度にするか。」
ケンジはそう言ってお布施を施し、ラシにあいさつをしてから教会を去った。
◇ ◇ ◇
「失礼する、団長殿はどちらに?」
アケラ村の外れ、森に面した空き地にゴルド王国治安維持隊は野営を行っていた。
村人から購入したジャガイモなどを煮込んでいた兵士に団長の所在を聞いたのは、180cmほどある背丈でグレーの肌ととんがった耳が特徴的なギルド職員、リガである。
「あ、団長なら赤い旗がついてるテントにおられるかと思われます。」
「わかった、ありがとう。」
少し怯えている兵士を横目にズカズカと真継テントに向かう
通常の物より少し大きめのテントの目の前までたどり着いた、中から少し話声が聞こえていたが、リガはお構いなしに勢いよくテントに入ってゆく。
「失礼する、リガ・アルヘオ、アケラ様の命により北の森の調査を合同で行うようにと命じられ参上した。
よろしくお願いする。」
「おぉ、びっくりした。
私はベリット、この隊の隊長でアケラとは同期になる、この2人は副隊長と補佐だよろしく頼む。」
ベリットの隣にいた2人の兵士も軽く会釈する。
「いきなりで悪いが少しいいか?」
「なんだ?」
「ここに来るまでに複数の若い兵士とすれ違ったが、誰一人として私に声を掛けなかったぞ、いくら新兵とは言え危機管理が出来ていないんじゃないか?」
「それは…貴女の事を知っていたからでは?」
補佐が口をはさむ
「ベリット隊長の年齢ぐらいだと知ってる者もいるかもしれないが、どう見ても若い騎士団員は私の容姿など知らないだろう?
山エルフに対する偏見が薄れているのはうれしいことだが、部外者がズカズカと陣地内を歩き上司のテントまで行かせるのは関心しないな。」
「う…うぅん、確かに。」
「いいですかね。」
補佐が唸っているところに副隊長が入ってくる。
「リガ様、この度は部下が失礼をいたしました。
ですが今は戦時中でなく、兵士のほとんどが戦争を知らぬ身でありますので…。」
「そうか…知らないものもいるのか…。」
「実は騎士団の中でもそれが問題でして、年々騎士団の応募者数も少なく…。」
「難儀だな。」
「今回のご無礼は我々の教育不足ではあります、ですが時代とともに人の考えも変わってゆくもの、どうかご理解いただきたい。」
「…わかった、部外者が分かったような口をきいて申し訳ない。」
「いえいえ、言われて我々も気が付きました、改善すべきところではあります。」
「それに、元とは言え金級冒険者のお話が聞けることは滅多にないですから。」
「では早急ではありますが集合を掛けましょう、皆の前で喝をいれていただけませんか?」
「私がですか?…私でよければ…。」
「ありがとうございます。」
副団長はテントを出て部下に集合の合図を送るように指示した。
するとすぐにラッパが鳴り響き大勢の足音が聞こえピタッと鳴りやんだ。
「では、リガ殿。」
ベリットの後に続きテントを出ると目の前に兵士がずらっと規則正しく並んでいた。
中には先程ジャガイモを煮込んでいた兵士の姿もあった。
「中には知っている者もいるだろうが、アケラ村から正式に森の調査依頼があった。
それにより準備のでき次第森へ向かう、今回特別にアケラ村から頼もしい助っ人が来てくれている。」
アイコンタクトでベリットから紹介されて1歩前に出て兵士全体に顔が見える位置に立つ。
「リガ・アルヘオだ、よろしく頼む。」
その名を聞いた何人かの熟練兵は顔を正面に向けたまま少し驚いたような表情をした。
「何人かは聞き覚えのある名前だと思うが彼女は元金級冒険者でありながら現役のギルド職員である。
何かあった場合は彼女の指示を聞く様に。
ではリガ殿。」
「あー、そうだな…では新人兵士の為に騎士団と冒険者の違いのお話でも。」
部隊の大半が新人の治安維持隊、若い兵士の中には冒険者に憧れていた人も多い。
だがその大半が安定した給与を求め騎士団に入団する。
「まず、冒険者と騎士団の違いは何か。
これは個人の感想だが私は守るものの違いだと思っている、冒険者は失敗すれば違約金や信頼が失われるだけだ。
しかし騎士団は背負っているものが違う、騎士団の敗北はそのまま国民の命につながる事になる、逃げることも許されない。
自分で好きな依頼を選ぶ冒険者に比べ仕事を選ぶこともできない。」
兵士たちは真剣なまなざしでリガの話を聞いている。
「そんな騎士団に入隊してくれた君らを、私は尊敬する。
冒険者として金級まで上り詰め、様々な国や人と出会ったがゴルド王国騎士団より誇り高い愛国心を持った人たちを、私は知らない。
今回、そんな諸君らと一緒に仕事ができる事をうれしく思う、以上だ。」
しばらく静かだったが、パチパチと拍手の音が聞こえるとそれが伝播し全体が拍手した。
「リガ殿、ありがとうございます、では準備にとりかかれ!!」
兵士たちは綺麗に敬礼すると急いでそれぞれの持ち場に戻り準備を始めた。
◇
「それにしても、新兵とは言え良い動きをしますね。」
「そうでしょう、戦闘訓練と同じくらいに集団行動の訓練も行いますからね。
冒険者だったリガさんもチームワークの大切さをよくご存じでしょう。」
冒険者で一番多いパーティー人数は4人でその次が3人である、その人数ですら連携が難しい事があるのだが、騎士団はその何十倍の20~30人で行動する。
「確かに、連携がうまく取れていないとすぐにダメになる。
特に弓兵などの遠距離攻撃種との連携が難しいと感じている、だがその分連携がうまく行くと非常に強い、敵を寄せ付けない戦い方ができる。」
「さようです、その為にも集団行動が大事なのです。」
馬に乗り森へと向かう道中、副団長の隣で兵士の集団行動について語り合っていた。
「にしても、立派な弓ですな。
それが山エルフの鉄弓ですかな?」
リガが背負うのは中庭で弾いていた金属製の弓だった。
「ご存知ですか?」
「えぇ、実は武器マニアでして。
過去に様々な民族の武器について調べた事がありまして、その際に山エルフの優れた鉱石操作魔法と目、そして過酷な岩山生活でも狩りができる優れた五感と筋力、いやぁ素晴らしいですね。」
「お詳しいですね、引いてみます?」
「いやいや、とてもとても剣一筋ですので弓は不得手でして…。」
「はは、私も剣は…ね。」
「もし私がやられそうになった時はお願いしますね。」
「では私もお願いしとくとしましょう。」
そうこうしているうちに騎士団一行は森の手前まで行進していた。
森の近くにはテントが張られており、焚火跡があった。
「少々お待ちを、森を監視しているギルド職員が居るはずです。」
リガがテントに近寄ると中からマッシが出てきた。
「なんだなんだ?騎士団様がどうしてこんなに?」
「マッシ、前に言っていた森の調査を騎士団と合同で行うことになった。
森は?以前と変わらずか?」
「なるほどな、じゃあ団長さんもいるだろう、呼んでくれ。」
◇
ベリット隊長、副隊長、補佐、リガ、マッシの5人が集まりマッシからの話を聞く。
「恐らく騎士団の方でも報告書などは読まれてると思いますが、一応確認で。
以前から森林にはオオカミの群れは確認できてたんですが少し前から見かけなくなりました、そして街道で複数の群れの目撃情報が。
恐らくそれらは同一個体かと…。」
「なるほど、それは恐らくこの村の冒険者が討伐してくれた群れかな、たしか『青銅の短剣』だったかな?3人の冒険者の。」
「あぁ、彼らの報告は私も見ました、恐らくオオカミの群れに関しては問題ないしょう彼らは優秀ですから、この村にはもったいない程に。」
「リガさんもそう思いますか、分かりますよ私も野営地でお会いましたが彼らは良いパーティーですね。」
「話しを戻しますね、オオカミが出てきた原因はいくつか考えられます。
過去にあった例としては餌の枯渇、群れのリーダーが変わったことによるはぐれオオカミなどがありますが…。」
「ありますが?」
「一番厄介なのが魔物ですね。」
「ふむ、まぁ魔王国領地までつながっているこの森ですから可能性はありますね。」
「野生動物の可能性は?」
「熊などの大型肉食動物の可能性もあり得ますが、それだけで複数の群れが街道に追いやられるかと問われれば少し不自然ではあります。」
「確かに、でしたら魔物の可能性を最初から考慮した方が良いですね。」
魔物は野生動物とは違い生態が不明な点が多く、各国の研究機関が長年の研究テーマとして取り組んでいる。
「考えられる魔物は?騎士団が過去に対峙したことのある魔物ならゴブリンからドラゴンまであるが…新人が多い今の隊だと銀級が限界か…。」
「隊長さんが心配されるようなことはないと思われます、大型魔物などは木が邪魔で生息しづらいですし、厄介な飛行型も木が守ってくれます。」
「それは良かった、マッシ殿もご同行を?」
「うーん。」
マッシは待機している隊を見つめながら顎鬚を触りながら考える。
「恐らく今以上の人数が森に入るのはお勧めしませんね、万が一奇襲でもされたら動けない。」
「ではマッシはここで待機をしててくれるか、何かあったときはギルドまで走って欲しい。」
「そうだな、そうだ副隊長さん、可能ならでいいんだがもう少し人数を減らした方が良いかもしれない。」
「む、やはりか。
今の話を聞いて2班か3班に分けようと思っていた。」
「いや、少数精鋭でよい、新人は置いていこう。」
「ですがそれでは訓練に…。」
「けが人が出るまでする必要はない、それにこれは村からの正式な依頼であり訓練ではないからな。」
「わかりました…では班分けを。」
「あぁ、副隊長と一緒にやってくれ。」
こうして森林調査隊が臨時で結成され、本格的な調査が始まった。
◇ ◇ ◇
アケラ村教会
その教会の一室に3人のシスターの姿があった。
「こ、こんなところでしょうか。」
「そうですね、取り敢えずは。」
「あ、あの私ここに居ていいんでしょうか?」
中央の机には走り書きのメモ紙と丁寧に書かれた報告書が出来上がっていた。
「ラシさん、貴女を一時的ではありますが疑似的に白服の一部権限を与えます。
理由としてはアケラ村の存在そのものが今後、我が国にとっての重要な拠点になる可能性がある為です。」
「え?」
「私、セティ・パロネルも同意することを宣言します。」
「セティさんまで!?」
「私たちは恐らくこの様子だと王都を頻繁に行き交うことになります、その際に人手が必要で尚且つアケラ村に在住している者が必要ですので。」
「わ、私以外でも良いのでは?」
「扱う内容が内容ですし、ギルドの方々にこれ以上負荷をかけることは好ましくありません。
ラシさん、機密情報取り扱い教育と戦闘訓練は?」
「一応両方とも銀までは…。」
「申し分ないですね、そのうち金級までは取って貰いましょう。」
コーネリア教シスターには2種類ある。
正式名称アストログロブ・コーネリア教を信仰し、教えを説いたり孤児や預り子などへの教育などを行う『黒服』と呼ばれる者たち。
そして才能を認められ、教会の裏の歴史を学び、鍛え、国の為に命をささげる『白服』とその見習い。
前者の者たちはゴルド王国に籍を置き孤児院や学校の経営を手伝ったり、旅をし布教活動を務める。
そして後者はセティやモントの様に動く白服、そしてラシのような黒服で地方の教会を1人で管理できる権限を持つ見習いを指す。
「ラシさん次第ではありますよ、私たち2人の推薦があれば白服の一時権限は通ると思いますから。
あくまでも『お願い』ですから。」
「あ........ありがたく思います、是非お手伝いさせていただきたいと思います…。」
「良かった、ではよろしくお願いしますね、ラシさん。」
「分からないことがあれば何でも聞いてくださいね。」
モントに手を握られ胃と手がギュッとなるラシ、上下関係が厳しい教会において白服のお願いを断れる黒服などこの世には存在しないのである。
「では早速本部に送る書類にサインをしてもらいましょうか、あともう権限が与えられる事を見越して資料を読んでおきましょうか、あと他国の現状も把握しておいた方がいいですね…。」
(だ、誰か助けて…。)
もみくちゃにされるラシの心の声は誰にも届かなかった…。
◇ ◇ ◇ ◇
昼過ぎのアケラ村に数台の馬車が着いた。
「ここがアケラ村か…。」
「辺境の村にしてはいい木材使ってるじゃねぇか?」
「あれだろ、戦時中の前線に補給品を贈る拠点だったんだろ、村の作りがそうだ。」
「なるほどね、どうりで。」
仕事道具を下ろし、ギルドに入っていく集団
「じゃあ領主さんにあいさつに行こうか。」
もじゃもじゃの髭を生やした身長の低い男性がギルドカウンターのベルを鳴らしミリアを呼ぶ。
◇
「おぉ!!来てくれたか!!」
「アケラ~!!てめぇいつの間に領主なんかになってるんだよ!!」
「わからない、気が付いたら。」
「そんなわけあるか!!!がははは!!!」
親しく握手を交わす2人に後ろで困惑するミリア。
「あ、あのアケラさんとはどういった関係で…?」
「あぁ、彼はゴルド王国一の変態鍛冶師だ。」
「がはは!否定はしねえ!!ノックスだよろしくな!!」
小柄なミリアよりもさらに低いノックス
「ドワーフさんですか?」
「おうよ、初めて見たか?」
「はい!」
「まぁ背が低いだけでほとんど同じだがな!」
「スミマセン親方、うるさいのでもうすこし静かになりませんか?」
迷惑そうにしている女性、その耳は顔の横ではなく頭部についていた。
「そちらの獣人のお姉さんは?」
「紹介しよう、ジュゲ大密林から来た大工、ココだ。」
「ココです、よろしく。
主に木造建築を専門としてます、後ろの野郎たちは弟子です。」
たくましい体の職人たちが頭を下げて挨拶をする。
「わざわざ遠くからありがとう、どうぞよろしく。」
「俺の工房はロミに任せてきたから大丈夫だ。」
「あぁ、あの若い子。」
前にケンジと王都に行った際に接客をしてくれた若者を思い出す
「そんじゃあ、早速だがおめえさんの住む家、『領主館』の話をしようか。」
アケラ村に職人が到着し、大規模な建設計画が進み始めた…。
読んでいただき誠にありがとうございます!!
X(旧Twitter) @yozakura_nouka
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