第1回領主会議
「魔族の住む場所を聞けばいいんですか?」
「ベストがそれですね、ですが容易ではないのでやんわりとでいいです。
少しでも言いたくなさそうならそこでストップです。」
「絶対に必要な情報ではないって感じですか?」
「そうです、今まで教会本部は魔王国領の調査は何回か行ってきましたが、魔族と遭遇した事は1度も無いんです。」
「なるほど、そうなると今回魔族の方が来る際に聞いておきたいわけですね。」
教会も魔族側とコンタクトを取りたいと考えており、何回か魔王国領地に足を運んでいる、しかし毎回目にするのは荒れた土地と飢えた獣だけ。
「もう本当にできればでいいのでおねがいいたしますね。」
両手を合わせて「ごめん」のジェスチャーをするラシ。
「この事は他の人には?」
「ギルド関係者の方には言ってません、絶対に反対されるので。」
「だと思います。」
村の今後を決める大事な会議なのに、魔族が秘密にしている村の場所を聞き出そうとするのはマズイ。
「僕もあまり乗り気ではないですからね?」
「えぇもちろん、強制はしませんので…もし怪しまれても教会から聞いてこいと言われたなんて漏らしちゃだめですよ!?」
「分かってます、努力はしてみますので。」
「ありがとうございます!ちゃんと情報にはお金を払いますので!」
「良いんですか?」
「もちろん!期待して貰っても大丈夫ですよ!!
情報の価値については教会が一番理解してますからね。」
「でしたら頑張ってみます。」
「では、よろしくお願いしますね。」
秘密の会談を終えたケンジらは、その場を後にしてそれぞれの職場へと戻った。
その後ケンジは自室へと戻り明日に備えて早めに寝ることにした。
◇ ◇ ◇
早朝、鳥も鳴かぬほど早く起きてしまったケンジ。
「あまりよく寝れなかったな…」
服を着替え、顔を洗い1階へ降りる。
「あ、この時間はまだバーやってないんだ。」
どうやらバーテンダーのジギさんもまだ起きてきてないらしく、1階には誰もいなかった。
因みにギルドも24時間営業ではないので受付などにも人の姿はない。
「散歩でもするか。」
息が少し白くなる時期、ギルドを出て少し歩くと庭から物音が聞こえてきた。
ヒュンヒュンと風を切るような音。
そして話し声も聞こえるので少しだけ覗いてみる。
「違う違う、もう少し角度を付けただな。」
「それはアケラ様の剣が薄型であるからだと思われます、私は使うとするならば直剣ですので切るというより突くほうがよいかと…。」
庭には2人の人物がいた、領主のアケラとギルド事務局長のリガ。
この村で一番権力を持つ女性二人だった。
「おはようございます、お早いですね。」
「おっ、ケンジも早いな。
見ての通り朝練だ、ケンジもするか?」
アケラはラフな格好のノースリーブで、騎士団時代に鍛え上げられた凛々しい上腕二頭筋をアピールしてきた。
「いやいや、生まれてこの方剣なんて握ったことがないですし、この先握るつもりもないですよ。」
「前世はどうだったか知りませんけど、護身として覚えとくのもよいとおもいますが。」
こちらもスレンダーでありながらしっかりと腹筋が割れているリガ、彼女も鍛錬を進めてくる。
「そ、そのうちに…。」
愛想笑いで逃げるが…。
「あ、そうだ、ちょうどいいや聞いておきたい事があって。
ケンジの世界での剣術や武術みたいなのはあったの?」
逃げられそうになかった。
「それは私も気になりますね。」
(リガさんって上司とか目上の人が居たら丁寧語になるんだよな、僕一人の時はため口なのに。)
リガの態度の変わりように驚きつつもケンジは前世の武器について話した。
「僕がいた世界では時代とともに人々が扱う武器が変化していますね。
剣と言えば有名なのは日本刀かな、それ以外だと今皆さんが使っているのと形は同じだと思います。」
「へぇ、そのニホントウっていうのはどんな形?」
「えっと、今アケラさんが持っているのに形が似ている片刃の刀で、切れ味がすごく良くて、長さが腕を広げたくらいの物ですね。」
「ほぉ、切れ味に特化した刀ですか、冒険者向けかもしれませんね。」
「確かにそうかもな、だがどれくらいの切れ味かにもよるがな、だいたいの切れ味の良い刀はその反面折れやすい傾向にあるからな。
そのニホントウってのはどれくらい切れ味があるんだ?」
「えぇ~、自分がいた時代はもう誰も実戦では使ってる人がいないんで分からないですけど、何だったかな、〇ーチューブの動画でなんか見たんだよな、何だったかな。」
ケンジは飯とビールを飲みながら寝るまでの間、某動画配信サイトを観つつ寝落ちするのを日常としていたので役に立たない雑学ばかりが増えていっていた。
「あっ、思い出しました『七つ胴落とし』って言われてる日本刀があります、打ち首の刑にあった死刑囚の身体を7つ積み上げ、梯子の上から飛び降り見事に叩き切ったという話があります。」
「「えっ?」」
「なんか昔の人が記録した本と実際に切ったといわれている刀が現存しているらしいので、本当の事だとは思います。」
「…7体を?」
「いやいや、さすがに嘘にもほどがあるって…。」
「ですがアケラ様、異世界の話ですので可能性としては…。」
「そうか、あり得る話ではあるのか、にしても恐ろしい話だな。」
「もちろんそんなものがゴロゴロあるわけではありませんけどね、僕も詳しくはよくわからないのですが。」
「なるほど、また王都に行ったときにでもノックスのおっさんと話してみるといいかも。
この様な変わった話は大好物だろうしな。」
「鍛冶屋ノックスですか?腕はいいのに気に入った注文しか受けないし、癖のある剣しか作らないことで有名な?」
「でも質はいい、この剣もノックス製だよ。」
「やっぱりそうですか、めずらしい形状ですもんね。」
アケラが携帯しているサーベル、60cmのこれまた切れ味に特化している剣である。
「騎士団を辞めた身、もう人は切らないと思うから対魔物や獣用かな。」
「でしたらそのニホントウとやらがもし作れたなら、冒険者に需要がありそうですね。」
「かもしれないなぁ。」
3人でワイワイ武器について話しているとギルドの窓が開いた。
「おいお前ら、飯出来たぞ。」
顔を出したのはジギ、いつの間にか話し込んでいて朝食の時間になってしまったらしい。
どうやらバーの裏が庭になっているらしい。
「今日は大事な会議があるんだろ?汗臭い2人は水浴びをしてから飯食いに来いよ。」
この村で最強なのはジギさんなのかもしれない、領主と事務局長という2人を目の前にしてこの言葉使いが出来るのはギルドマスターのダロランでも無理だろう。
窓が閉められぽかんとした2人の女性はお互いに見つめ合っていた。
「ジギさんってあんな方?」
「えぇ、まさかアケラさんにも同じ態度だとは知りませんでした。」
「とりあえず戻りましょうか、僕も今日の会議に参加しますので内容を打ち合わせしたいのですが。」
「確かに、では後ほど…。」
◇ ◇ ◇
「へぇ、魔族のシルマさんって方がリーダーということですね、どれくらいの資源が必要なのかも気になりますね。」
「もう一度、仮ではありますが向こうが要求してきた条件をお話しますね、アケラ様も一緒にご確認お願いします。」
「はいはい。」
・月に一度の貿易を行う
・シルマ領からは魔王国領地の特産品(鉱石や資材など)
・アケラ村からは食料品、生活必需品などを貿易する
・貿易開始日は1年後の冬
・冒険者ギルドにも依頼や報酬を用意する
「と、まあこういった感じですね。」
「ふむ、なんとも良心的な貿易内容。
何か裏があるとも捉えられても不思議ではないな。」
「そうなんですか?そういうもんなのかな…。」
「う~ん、でも断る理由もないっていうのがアケラ村の現状かな、今は王都からの要請も少ないしこの前王都ギルドで移住要請したから人口も増える。」
「そうか、その要請を見たらもっと移住者が増える、そうしたら食料や物資は足りなくなるからこの取引は受けるべきなのか。」
今現在アケラ村はゴルド王国からの補助を貰って復興を目指している。
だがその補助もずっとというわけにはいかない、出来るだけ早く自給自足もしくは住民を生活させるほどの資金が必要になるのだ。
「そうだな、まぁ今回はこの条件で許諾だろうな。」
メモ用紙をリガに返し、朝食をとるアケラ。
「ケンジが会議に参加するので、もし話し合うとしたら作物についての話でしょうね。
今はジャガイモの準備をしているそうですが、ゆくゆくは違う作物などを頼みたいものですね。」
リガも相変わらず大鳥を頬張る、アケラ村の名物と言っても差し支えない大鳥は定期的に森の監視をしているマッシによって届けられる。
「そうですね、一番やりたいのは米ですが。
米は環境が一番大事ですのでまだ時間がかかりそうですね。」
「すっごいめんどくさいぞ、米は。」
「そうなんですよ、水を張らないといけないから結局用水路を引かないといけないですし…。」
「違う違う、栽培的な難しさじゃなくて権利的な難しさ。」
「え?」
「我々山エルフ問題と似てますからね、森エルフが独占栽培している作物はその他の栽培を禁ずってことです。」
(それって、『種苗法』みたいなもんか!?)
※種苗法とは特定の品種の育成や独占販売が認められる法律の事。
「じゃあ森エルフ以外は米を作ることが許されていない?」
「米以外もある、ジャガイモは大丈夫だが何種類かは独占されているかな。」
「そんな…。」
「森エルフは厄介ですよ、山エルフの方がまだ人間と友好的ですから。
排他的ですし自分たちこそが自然そのものだとか言ってますから。」
やたらと森エルフへの口が悪いリガ。
「やっぱり仲悪いんですか?」
「エルフはめんどくさいんだよ。」
ひそひそ声で話すアケラとケンジ、その後もリガの森エルフディスはしばらく続いた。
そんなアケラ村には1台の馬車が近づいていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「シルマ様、もうそろそろ到着いたします。」
「わかりました。」
魔王国シルマ領地領主、魔族のシルマ。
彼女は自分の領地を開拓するために、領地から一番近い人間の領地であるアケラ村とコンタクトを取った。
シルマの領地、というよりは魔王国全域が激しい戦争の影響が色濃く残っている大地が広がっており、ゴルド王国同様に農産物の生産などは一切行われていない。
そしてさらに森エルフとは戦時敵対していた事もあり、未だに因縁があるので農産物の輸入が行えていない。
「よい返事がもらえるでしょうか…村長殿は良い印象でしたが、結局は領主の承諾が必要ですし。」
「シルマ様、独り言が大きいですよ。」
「こちらも不安なんですの、アケラ村が無理でしたらゴルド王国との貿易は絶望的ですし、生産大国の森エルフと取引をしている国なので頼みの綱なのですから。」
不安げに窓の外を見つめるシルマ、補佐である角の生えた魔族の大胡は心配そうに声をかける。
「大丈夫ですよシルマ様、アケラ村の方々は友好的でしたし教会も話がわかる方がいると思われます、昔ほど敵対はしていませんし。」
「そうだと良いのですが。」
「ささ、もう着きますよ。」
◇ ◇ ◇ ◇
ちょうど太陽が真上に上る頃に
ギルドの会議室、そこには背の高い魔族の女性と隻腕義手の領主が向かい合っていた。
「こんにちは、初めまして魔王国貿易担当官のシルマと申します。
アケラ様に至りましてはお初にお目にかかります。」
「こちらこそ、先日は不在で申し訳ない。
領主のアケラ・グラディウスと申します、本日はお越しくださりありがとうございます。」
二人は握手を交わして、ファーストコンタクトを終えた。
魔王国側は魔族の角がある男性とシルマ、アケラ村側はアケラとケンジ、ダロランの3人で行う。
「初めまして、ケンジと申します。
アケラ村で農業を担当させてもらってます。」
「おぉ、貴方が…。」
握手を交わし、期待の眼差しを向けられる。
「我々の領地ではろくに植物が育ちません、今までは行商人から購入しで食いつないでおりましたがそれも限度がありました…。
アケラ村が我々の希望なのです。」
真剣な眼差しで語りかけられると断るのも断れない。
そもそも断る気などないのだが。
「任せてください、むしろ私は農業しか取り柄がないので精一杯やらせていただきます。」
ケンジも自分より一回り大きい手を握り返し固い握手を交わした。
「では双方の挨拶が済みましたところで会議の方を始めさせていただきます。」
今回もダロランが進行を務めてくれる。
そして会議が始まって一番最初に口を開いたのはアケラだった。
「結論を先に話しますが、村としてはこの話はお受けしようと思っています。
なので今回は細かな内容に関してのお話になるかと思われます。」
「本当ですか!?」
「我々も今現在、ゴルド国から補助を受けている状況でして、それに加えまだ農場の方もやっと準備ができた状態だと聞きましたのですぐには始められないのですが…。」
「ありがたいお話です、我々も備蓄はありますし始めるのは次の冬でという話ですので…。
では、改めましてよろしくお願いいたします。」
「では書類の方を作りましょうか、内容の再確認もお願いします。」
◇
「こんなもんですかな。」
目の前に置かれた紙は、普段ギルドで使う少し黄ばんだ荒い紙ではなく真っ白な滑らかな上質な紙だった。
契約書や重要な文言を残す場合に利用されるもので、高価なものである。
「では最終確認を。」
【貿易条件】
・氷賢の季(冬)に取引を開始する。
・シルマ領からは鉱石などを主に取引
・アケラ領からは食料などを取引
・冒険者ギルドへの依頼許可
領主の二人は内容をよくよく確認し、書類にサインした。
「ではこちらの方で貿易に関する書類は以上になります。」
ダロランが書類をまとめ厳重に木箱で保管し、シルマの従者である角の魔族も同じ書類を保管した。
これで双方の取り決めが正式に認められた事になった。
「本当にありがとうございます、今後とも双方にとって良い結果になるように努力いたします。」
「我々こそよろしくお願いいたします。アケラ村はまだまだ発展途中ですのでお互いに協力してゆきましょう。」
「そしてここからはちょっとした質問をしたいのですが…。」
ここでやっとシルマと目が合うケンジ。
「栽培する作物は、どの様なものがあるのですか?」
重要な栽培作物の内容に関する質問だった、貿易条件に関しては食料の取引といった話なので作物の種類は問わない。
「そうですね、今はジャガイモをメインに考えていますが玉ねぎとか作ってみたいですね。」
「あまり野菜の事は詳しくないですが、ジャガイモ以外も栽培されるのですね!!
やっぱりケンジ様は凄いんですね、森エルフ達が独占している野菜たちを栽培できるのですから!!」
少しアケラがピクッと動いたような気がしたが、それを知ってか否かすぐにシルマが口を開く。
「あと、これだけはお話しておかなければならないお話がありまして…。」
角の魔族とアイコンタクトを交わし少し間があった後に語り始めた。
「私の属する国、俗に言う魔王国には宮廷占い師が居まして…今回アケラ村にコンタクトを取ったのはその占いのお告げがあったからなんです。」
読んでいただき誠にありがとうございます!!
X(旧Twitter) @yozakura_nouka
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