アケラ村の白服
「なるほど、水か、確かに考えていなかった。」
次の日、ケンジはギルドマスター室に居た。
ダロランはあごひげを撫でながらケンジの話を聞いていた。
「そうなんです、リガさんにも聞いたんですが川は遠いですし、村の井戸を使うには農地の面積が広すぎるとの事になりまして。」
「確かに、毎回水汲みをして村からのうちに運ぶのは骨が折れるな。」
「はい、水魔法で何とかできないかなという話になりまして、野営地に心当たりの人物がいてですね。」
「なるほど?野営地に行きたいとな。」
ダロランは髭を触るのをやめ、ニヤリと笑う。
「今の君は一人で行動させるのは不安だな、リガ君くらいしか同行させるに適した人物はいないから、彼女の予定を聞いて行動してくれ。」
「今後も彼女に聞いた方がいいですか?」
今のところアケラやリガと一緒に行動している。
異世界人の事を伝えているのはダロランも入れて3人である。
「そうだね、君の事情を知ってる人と行動を共にした方がいいだろうね…。
恐らくだろうけど教会も君の事を把握しているだろうから、ラシちゃんに聞いてみるのもいいかもね。」
「なるほど教会の人にも....。」
「教会本部から白服って呼ばれるエリートが来てくれるそうだけど、あれだろうね、君の監視みたいなものだろうね。」
(アケラさんが言っていた人か、白服ってなんか怖いイメージがあるけど実際どうなんだろう?)
「わかりました、一回聞いてみます。」
その後、事務室に移動しリガを探す
(事務室って言っても、半分クエスト窓口だし机も3つしかないもんな。)
「あ、リガさん、今お話いいですか?」
リガは机に向かって何やら書類を作成していた。
「ん、ちょっと待ってくれ。」
手紙を封筒に入れ蝋で封をする。
その封蝋には「アケラ村」と刻印がされておりギルドのマークもみえる。
「またせた、話は?」
「昨日言ってた水の問題で、野営地に行きたいなと。」
「ああ、同行か…悪いが少し用事があってな、本日、教会から白服が一人来るはずなんだがいつ来るか知らされてないんだ。
私が対応しないといけないし、村の教会にも案内しなければいないんでな。」
「あっ、今日なんですね。」
「水の問題は明日からでもいいか?それか野営地から資材などが運搬されるから、その際に運搬隊と一緒に野営地に行くか…。」
「なるほど、その際でもいいかもしれませんね。」
「それより、白服が我々をどう評価するかが問題かなぁ。」
「えっ?」
「まぁ、私は教会からは嫌われているのは分かるから良いんだが、問題は君だよな。」
「僕ですか?」
教会はゴルド国から生まれた団体で、かつて魔王国に従軍していた歴史を持つダークエルフに対して良い印象は持っていない。
教会内部には過激な思想を持つ者もいるが、全員がそうではない。
ラシ・ロロラーナの様な田舎出身のシスターは差別意識を持つものは少なく、リガとたびたび喧嘩しているが、仲が良い故の喧嘩である。
「君のかなり特殊な事情を、来る白服がどう判断するか....。」
「判断って、この前、教会本部で決まったんじゃないんですか?」
「教会の上位13人が白服って呼ばれるんだが、それぞれの発言権は順位によって異なる。
今回来る人物が13人中6以上の位なら…教会側の判断が覆る可能性は全然ある。」
「えぇ…。」
改めて白服が教会において、かなりの権力を有している事がわかった。
「では、申し訳ないが郵便物を出したりせねばならないので、失礼するよ。
あっ、教会に行ったらどうだ?ラシなら信頼できるし、腐ってもシスターだから。」
おそらく最後の言葉には、戦闘能力の事を言っているのだろう。
ケンジの聞いた話だと、どうしても暗殺者のようなイメージが先にくる、ラシは強いのだろうか?
リガと別れた後、最後の望みである教会に向かう。
ラシの同行を得られなかった場合は、おとなしくリガの手が空くまで待機するつもりだ。
「まだまだ信頼が足りないなぁ、けどいきなり来た身元不明の自分を雇ってくれただけでも感謝しないとな。」
ぼやきながら教会へと向かう。
ギルドと教会の道中には住宅街が並んでおり、この辺りにはまだ入居者がいる。
だがギルドや教会などの公共施設から離れれば離れるほど空き家が増える、
「ゴベさん達もこのあたりに住んでいると言っていたな、衣食住の食が問題だよな~。
ジャガイモだけだと栄養的に問題があるだろうし、個人的にはトマトとか栄養価が高い野菜の栽培をしたいな。」
トマトは非常に栄養価の高い野菜であり、『トマトが赤くなると医者が青くなる』という言葉がある程に栄養価が高い。
(けどあまり売店でトマト見かけないんだよな、やっぱ痛むから今の流通法ではアケラ村まで来ないかな?)
そんなことを考えながら歩いていると教会前についた。
教会は信者と子供たちの憩いの場だ、だが今日はいつもと様子が違っていた。
教会の前に1頭の馬がつながれており、子供たちが窓から教会内を覗き込んでいた。
「どうしたの?」
「あ、ギルドの人だ。」
ケンジの服装は一般的な村人と同じ様な布の服を着ているのだが、上着は薄緑のシャツで胸にギルドマークがついているので分かりやすい。
因みに領主着任の時にアケラを迎えた際に来ていたスーツはイベント用の物で日常で着ることはない。
「なんか白い服の女の人が来て、ラシねーちゃんとお話があるからって追い出されたんだよ。
今日は本の読み聞かせの約束をしていたのにな~。」
「えっ!?白い服の人!?」
恐らく白服の修道女だろう、そろそろ来るって言っていたから十中八九そうだろう。
「君たちはここで待っていてね。」
「うん分かった。」
ケンジは扉を大きくノックし、中で会話してるであろうラシ達に聞こえるように声を出した。
「すいませーん、ギルドのケンジです!入ってよろしいでしょうか?」
だがケンジはこの瞬間に反省していた。
(あっ、しまった。
もし本当に白服の人が来ているなら先にアケラさんやダロランさんに伝えるべきだった!!)
だが時すでに遅し、口から出たものはそう簡単に戻せないのだ。
ギィ…と扉がきしむ音がして扉が開いてしまった
顔を出したのはケンジと大体一緒の背丈のラシ、ではなく。
頭二つ分背の高い肌の白いエルフ。
細い目に整った顔、同じエルフの(正確には種族が違うが)リガに比べると優しい顔つきをしている
エルフと断言できたのは言わずもがな、その長い耳である
白い髪に白い肌、そして白い修道服。
女性は細い眼をさらに細めてケンジを見つめる。
「ギルドの方?ちょうどよかったお入りくださいな。」
心地の良い声に言われるまま教会に招かれる。
中に入るや否や目に飛び込んできたのは、教会の祭壇前で正座させられているラシの姿があった。
「あれは何を?」
「説教です。」
「はぁ。」
申し訳なさそうにうつむくラシを横目に白服の修道女が話しかけてきた。
「では、初めまして私コーネリア教の幹部をしており、この度アケラ村教会に就任しました
『セティ・パロネル』と申します。
これからお世話になります、よろしくお願いします。」
「ご丁寧にありがとうございます、ケンジと申します。
この村では主に農業を担当しております、どうぞよろしくお願いします。」
「ああ、貴方が。」
(あ、そうか白服は僕の事知ってんのか。)
「ロロラーナさんには貴方についての報告書は読んでもらっているから、異世界人であることは隠さなくていいですよ。
貴方のことについてまた今度、じっくりとお話を聞かせていただくおもいます。」
「あ、ラシさんも。」
「はい、なのでお悩み事がありましたらぜひ教会まで。」
「えっと、そのラシさんは何故説教を?」
先程から視界の端で座っているラシが気になり会話に集中できない。
「あぁ、彼女は....ケンジさん、教会の表向きの仕事はご存知ですか?」
「えっ?子供たちへの読み聞かせや授業などと聞いていますが....。」
「そうです、ですが彼女は歴史や計算、文字の読み書きの授業をサボって居たので反省してもらっています。」
「それは....仕方ないですね。」
確かに最初来た頃は歴史の授業をしてもらった記憶がある、教会は昔の寺子屋みたいの役割をしている。
教える内容は様々で、場合によっては魔法を教える者もいるらしい。
「ちょうどケンジさんが来ていただいて助かりました、ギルドに挨拶に行きたいのですが良ければ案内していただけますか?
ダロランさんやアケラさんにご挨拶をしなければ。」
「あっ、わかりましたご案内します。」
「ではロロラーナさん、授業は明日からでよいです、本日は教会内の清掃をしておいてください。」
「....はい。」
あからさまにテンションが低いラシは立ち上がると、箒を持ち出して掃除を始めた。
「では、案内の程よろしくお願いします。」
「はい、ではご案内します。」
教会から出ると子供たちがチャンバラごっこしていた。
「あ、白色シスター。」
「子供たち、明日から私も一緒に授業します、お楽しみに!!」
何言ってんだこいつ、といったような顔を浮かべる子供たち。
明日からは絵本以外に文字の読み書きも習うのだろう。
「明日は絵本読む?」
子供の無邪気な問いに対し
「明日は君たちが立派な冒険者や旅人になる為の知識を授けよう!!」
「うおおおおお!!やったあ!!」
子供達はぴょんぴょん飛び跳ねる。
冒険者はやはり人気のある職業なのだろう、女の子までもが飛び跳ねている。
「では怪我に気を付けて村の中で遊ぶように!」
「「「はーい!!」」」
やはり子供の扱いがうまい、ラシはまだまだ見習いということが分かる、絵本も良い手だが子供たちを見るにアクティブな子が多く冒険者に憧れる子が多いのだろう。
それを見抜き、最適な声掛けをする。
さすがはベテランシスターだ。
「では参りましょうか。」
◇ ◇ ◇
「ここです。」
「あら、綺麗なお花。」
ギルドの玄関先にはケンジが手掛けた庭木が植えてあった。
「実は、自分が手掛けたものでして。」
「あら素敵、いつか教会にもお願いしたいです。」
「ぜひぜひ!お待ちしております。」
ギルドの扉を開けて中に入る
相変わらず窓口に冒険者が数人とバーで飲食しているものが数人。
全体的にがらんとしている。
「ここで少しお待ちください、アケラさんに伝えてきます。」
「わかりました。」
ミリアさんは冒険者にクエストの説明をしているので対応は不可。
急いで2階に上がりギルドマスターの部屋をノックする。
まだ領主の家が出来ていないので執務室はダロランと共有している
アケラはサボれないとぼやいていたが、サボるなら恐らく今後も共有スペースでの仕事になるだろう。
「失礼します。」
「おや?ケンジ君どうしたのかな?」
書類を整理していたアケラが手を止めた一方、ダロランはケンジに気を留めず書類と睨めっこしていた。
「あの、白服の方がお見えです。」
「あれっ!?今日だっけ!!??」
「えっ!?言いましたよね!!もう来られているのですか?」
「はい、1階に。」
「では案内をお願いします、私はお茶入れますので、アケラさんは先に座っててください。」
「あ、はい。」
(なんだかダロランさんの方が立場が上みたいになっているけど、アケラさん領主なんだよな、砕けた話し方するからついつい忘れがちだよな。)
◇ ◇ ◇
「ようこそアケラ村へお越しくださいました、領主のアケラ・グラディウスと申します。」
「村長、兼ギルドマスターのダロラン・ポートです。」
「この度アケラ村教会に着きました、セティ・パロネルです、どうぞよろしくお願いいたします。」
それぞれが握手し、顔合わせが始まる。
因みにケンジはダロランの横に座っており、セティには紹介も済んでいたので挨拶なしで始める。
「さて、早速ですがお話したいことがあります。」
少し緊張した雰囲気になる、白服の発言によっては教会の動きが変わると言われてるのだ。
「まず、私はアケラ村には常駐しません。」
「「「えっ?」」」
「実は、結構珍しい…というか私しかいないんですが、旅人シスターなんです。」
「ほう、旅人登録もされているのですか?」
「仕事としては、世界に散らばるアストログロブ様の奇跡を集めてそれを広める事が主でして。
故に旅人として動くのが都合がよろしくて、アケラ村を拠点として活動をさせて頂きたく思います。」
「『奇跡』?とは何です?」
「そうですね....アケラ様に分かりやすいもので言えば…『騎士の心』だと思います。」
「「!!」」
「失礼、『騎士の心』とは?」
ケンジとアケラは知っていたが、ダロランは知らない。
「早い話、強制的に転生をさせる『奇跡』になります。
これは騎士団上層部と教会白服しか知り得ません、ダロランさんは他言無用でおねがいしますね。」
「う~む、正直ここ数日で機密情報がどんどん耳に入ってきて頭が痛いですな。」
「ふふ、ダロランさんの評価は知っていますよ?
仕事をサボりがちで独断で物事を進めがちですが、真面目で口が堅いと。」
「ハハハ!白服の方に言われたら敵いませんな!!」
「『奇跡』ってのは結局何なんです?」
「それを解明するために教会が回収してるわけですね。」
「じゃあ尚更良くないんじゃ…。」
「あれは陛下の特別な許可を得て使用が許可されている特別な『奇跡』です、他にも様々なものがあります、例えば…」
おもむろに修道服の袖口に手を入れるセティ
袖口は着物みたいに広く作られており、財布や小物程度なら入れて持ち運び出来るだろう。
「えっ?」
ケンジが目にしたのは、その袖口からは出てきた70cm程の長方形の箱だった。
しかも綺麗な彫刻が施された木製の箱だ。
「ど、どこから?」
「フフッ、まずはこちら教会からの贈り物です。」
「私に?なんだろ。」
木箱を差し出されたアケラ、手品の驚き冷めやらぬまま恐る恐る木箱を開けた。
「....これは、義手!?」
中に入っていたのは銀色に輝く左腕の義手
「はい、こちらも『奇跡』でして。
光魔法で自由自在に、本物の手の様に動いてくれるものになります。」
「良いんですか?そんな簡単に。」
「ええ、こちらの品に関しては使用の制限はなく、私の権限で自由に扱えます。」
「なぜ?」
「そうですね…まず義手なので使用者が限られておりますし、起動条件の光魔法が扱える人物でないといけないという点。
そして難しいのです。」
「難しい?」
「これまでに騎士団や教会の者が試したのですが、指を動かしたり肘を曲げたり程度までしか出来ず、物を掴んだり、複雑な動きを出来た者はいませんでした。」
「はぁ、なるほど。」
「なのでこちらは装飾品としてお使いいただけたらと思います、付けるだけで歩行のバランスなどとりやすいでしょう。」
「たしかに、あるだけマシかもしれない。
ありがとうございます、ありがたく頂きます。」
「それより、私は袖が気になりますな、どうみてもこの木箱が入っていたとは思えない。
それも『奇跡』ですかな?」
「はい、こちらの指輪がそれになります。」
セティの右人差し指に光る指輪、特別高価そうなものではなくアクセサリーとしか見えない。
「この指輪をつけた手で第三者が目視していない空間に手を入れます、そうすると事前に収納したものを別空間から取り出せます。」
「第三者が目視できない?」
『奇跡』の説明をするためにハンカチを取り出すセティ
「えーと、この様に右手にハンカチを被せると私の手の平は皆さんには見えませんね?」
右手の平にハンカチを被せる、するとハンカチの下に野球ボールほどの物体が突如出現した
「このように「第三者が目視していない空間」からあらかじめ収納していた物を取り出せます。」
ハンカチを取ると、セティの手のひらにはリンゴが現れた。
「おおぉっ!これはすごい!!」
(まじで種も仕掛けもないマジックみたいだ…!)
「と、この様に様々な物が存在します、中には危険な物も存在しており、その回収をする旅をしています。
ですので、常駐が難しく時々帰ってくる感じになるかと思われます。」
これまで放浪の旅をしていたセティだったが、この度アケラ村を拠点にすることになる。
「アケラ村としては大いに歓迎します、ですがまだ居住区などの整備ができておらずしばらくはギルドか教会での寝泊まりになりますが....よろしいでしょうか?」
「えぇ!そんなことは大丈夫ですよ、これでも旅人として世界を回っています、雨風を凌げるだけで大満足です!!」
「感謝いたします、お食事はギルドの方でも提供しておりますので是非ご利用ください。」
「こちらこそ感謝いたします、ダロラン様にアストログロブ様のご加護を…。」
祈るセティ、そこにアケラが唐突に質問を投げかける。
「もし、差し支えなければ貴方の白服階級を教えていただきたい、知り合いが白服にいてね。」
「あぁ!パサミさんでしたっけ?まだお会いしてないんです!
しばらく本部に帰ってないものですから....あっ因みに私は6番目です。」
「6!?....上から数えたほうが早いじゃないか。」
「とは言っても放浪ばっかりなので会議にも出てないですし、教会の方針に口を出せる権限はないので安心して頂いて大丈夫ですよ。
私は知識が豊富なエルフとしてこの村に来ました、異世界に対する知識や『奇跡』もしくはそれの適合者の事ならお任せください!!」
異世界の件はケンジ、『奇跡』の適合者というのはアケラの事だろう。
セティはこれらの事に対して何かしらの知識を有しているということだ、何ともありがたい、何とも心強い申し出だろうか。
「わかりました、領主としてよろしくお願い申し上げます。」
「こちらこそ、ケンジさんもよろしくお願いします。」
「はい、いろいろ学ばせて頂きます。」
それぞれ握手を交わし、一通りの顔合わせを終えた。
「では早速、明日の朝、ケンジさんとアケラさんには特別授業をいたします。」
「「え?」」
次回は特別授業編です。