帰村
ゴルド王国からアケラ村までの道中、数多くの人間が通ったこの道は人々が踏み固めた道ができていた。
「この道はアケラ村まで?」
「いやこんだけ平坦なのは途中の野営地までだよ、野営地は貿易の中間経由地点だからそこを過ぎると一気に未開拓の地だね。」
「アケラ村ってかなりの田舎なんですね。」
「村の特産品もないし、魔王国領にも近いしで数年前までギルドさえなかったよ。」
「ダロランさん達はゴルド王国から来たといってましたもんね。」
「ラシちゃん見たいに村出身でゴルド王国で育った子もいるね。」
少し小走りで走る馬車の上でケンジはアケラと他愛のない会話をしていると。
「あ、聞いておきたいんだけどさ、人は殺したことある?」
いきなり物騒な事を聞いてきたアケラ、だがその目は至って真剣だった。
「え、い、いきなりなんですか?あるわけないじゃないですか!!」
「ふぅん、それが『普通』なのかい?」
「え?」
「だとしたら君にはこの世界は少し厳しいかもしれないね。」
「それはどうして…」
「何も敵が魔物だけとはか限らない、ここらじゃ見ないけど盗賊がいるんだ。」
この世界は現代の日本とはまったく違う。
人口に比べ食料生産率は少なく、戦後働く場所を失くした者は盗賊や違法行為に手を染めた。
そして終戦し魔族や魔物との争いが減ると、今度は土地や資源、財の取り合い。
醜い人同士の争いが待っていた。
戦争孤児を引き取り労働力として売り出す者
強盗や窃盗
盗品などを路肩で売りさばくもの
「一番被害が多くて問題視されているのが盗賊ね。」
街道や貿易路で待ち伏せをし、通りかかった者の金品を強奪する集団がいる。
「盗賊の何がやっかいかというと、ほとんどが従軍経験者なんだ。
戦闘経験があり商人だけでは太刀打ちできない。
故に冒険者に護衛依頼が舞い込むわけだけど…。」
過去、戦争に従軍した者の行き先は肉体労働業や冒険者業に就くものが多い。
だがそれらの職は人気が高く、簡単に就職できない。
あとはお察しの通り素行の悪いものなどは盗賊に転じる。
「もともと従軍してたんでしたら国が保護したりとか…」
「国に余裕があればね、なかなか問題が片付かないことをみると後回しにされてると思う。」
現状冒険者などに依頼が舞い込み対応はできているので早急にどうにかはならないだろう。
「北の領地は人の行き来が少ないから賊は見かけないけど、油断はできないからね。
今後君が一人で移動することもあるだろう、その時に自分の身は守れるのかなって。」
ケンジは武の心得がある訳でも無いし、運動神経が特段良い訳でもない。
さらに畑の罠にかかったアライグマを「かわいそうだから。」という理由で逃がしてしまうほど優しかった。
「正直無理な気がします、人を殴ったことすらありません。」
「ありゃ、それは苦労しそうだね。
まあそのうち慣れるさ、今はまだ君の中では非日常かもしれないけど、そのうち日常に代わる時が来る。
私も初めて人を殺した時があったけど、それはやはり自分や仲間を守るのに必要な事だったんだ。」
ゴルド王国はこの世界でもトップクラスの治安の良さが有名であり、王国内領地に関しては犯罪率はほぼゼロに等しい。
「法ってあるんですか?」
「法?法律はあるにはあるけど凄く大雑把なものだよ、土地やお金に関するものが多いかな。
故に個人のいざこざは個人同士の決闘や、ギルド依頼で暗殺したりかな。」
細かい法律がないのと警察のような役割を果たす騎士団の手が足りないこともあり、個人の揉め事は個人同士で解決することが推奨されているらしい。
「えっ!というかギルド依頼で暗殺なんてあるんですか!?」
「あるよ、ギルドに正式な書類を提出できればどんな依頼内容でも出せるよ。
過去にあった面白い依頼は気が狂った奴が出した『世界を破滅してくれ』なんてのもあったな、報酬がたいした金額じゃなかったから自然に無くなったけど…。」
「凄いですね、報酬がしっかりしてたら誰かが受注する可能性があるんですか…。」
「いろいろ細かい手続きが必要だけどね。」
(この世界は無法地帯ではないけど、無茶苦茶だな。
以前までの常識を持ってたらやらかしそうだし、もっと質問して常識を併せていかないとな。)
アケラ村まではまだもう少しある、ケンジはアケラと会話しながらこの世界の常識を学んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇
そして、しばらく走り時刻は少し日が傾き始めた頃、アケラ達は来る時にも寄った野営地に着いた。
「んっ!」
ケンジは大きく伸びをして背骨を伸ばす。
約6時間近く(途中休憩をはさみつつ)馬車に揺られていた身体はかなり凝り固まっていた。
「ここで早馬を返却して、村まではまた馬を借りるよ。」
早馬などの一部の馬車のサービスは各地の野営地や、領地などの村や町などに返却する事になっている。
そこから係りの者が馬を引き連れて馬が少ない乗り場に送るシステムだ。
「アケラ村に乗り場はできないんですか?」
「もっと人が来るようになれば建設の話が来ると思うよ。」
馬を係りの者に返し、荷物を下ろす。
荷物と言っても剣や食料、書類一式などしかないので中くらいの革のリュックだ。
「今日はここで一泊ですか?」
「いや、ビットに話があるからそれから決める。」
アケラ達は奥にあるビットがいる大きなテントに向かった。
◇
「ビット!!アケラ村までの便はあるか!?」
テントに入るや否やアケラは声を張り上げた。
「アケラ!えらい早い戻りじゃねえか、王都での用事は終わったのか!?」
大きなテントの奥で書類と部下に囲まれた恰幅の良い大男が返事をした。
「昨日、村から黄封筒が届いた、何か聞いてるか?」
「教会が人の情報収集を仕事とするなら、俺は物の流れを把握するのが仕事だぜ。」
「カッコつけないで知らないなら知らないって言って!
あと便は!?」
「今夜出て明日朝着のがあるぜ。」
「ありがとう!じゃあそれを2人分、荷物は無いから。」
「なんか欲しい品は無いのか?いつでも届けてやるぜ。」
「私はないけど...ケンジくん、何か畑を作る際に必要な道具とかはあるかい?
あるならこのおじさんに言いたまえ。」
「おじっ、まぁ、もうおじさんか...。」
確かにあまり考えていなかったが土地を耕し作物を作るには道具が必要だ。
ケンジはまだ土地の状態を見ていないが、おそらく耕作放棄地の様に人の手が入っていない雑草だらけだろう。
「わかりました、でしたら土を掘り返す農具が必要なんです、何か心当たりありませんか?」
「おいおいおい、畑って、農業するのか!?」
「なんだビット、別に無い話じゃ無い、今もゴルド国内に何人かは農家はいるだろ?」
「それはエルフ達から認証されて援助されてるからだろ、エルフ達が農作物を独占してゴルド国内で農業が栄えないのはなぜだと思う?」
(確かに、土地としては平坦な土地が多くて畑の1つ2つあってもおかしく無いのに見なかったな。)
「技術や土地が合わないんだよ、今まで何人も諦めて行ったやつを見たぜ。」
「技術者が居ないのと植物が育ちにくい土地ってのは昔から言われてるよね。
土地が適してないのは仕方ない事だけど...」
「いえ、土地を作ることも可能ですし、それも仕事のうちです。」
「ん?なんだ土地を作るって、土魔法か?」
「土の構造や成分を調べたりして植物に適したものに作るんです。」
「何を言ってるんだ?」
「まぁまぁ、金は払うからとりあえず道具用意してくれないか?」
「...俺は金さえ貰えれば文句はないぜ。
何するか知らないが、アケラがそんだけ庇うんだったら期待できるな。
んで?何が欲しいんだ?」
「ありがとうございます、ではまず...」
◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜、アケラ村では職員のダロラン、リガ、ミリアとシスターラシを含めた4人が会議室でランタンに照らされた書類と睨めっこしていた。
「移住を希望している者はかなり少ないな。」
「ええそうですね、今滞在している商人は空き家を貸し出している状態になります。」
「そのまま住んでくれればいいんだが…。」
「教会としては子供たちの受け入れ準備も出来ていますので家族連れでも問題ないのですが、上司のシスターもこちらに派遣される話もありますので。」
「なるほど、家族連れの移住か。」
「わ、私も聞いた話なんですけど!年配の冒険者さんの中で腰を下ろせる土地を探すのが流行っているそうです、ここはゆっくり出来ますしその方向で村つくりしてみてもいかがでしょうか?」
「うむ、ミリア君の意見も一考する価値があるな、どの年層をターゲットにするかを考えねばな。」
この世界の冒険者の平均年齢は割と高めで、70歳まで生きる冒険者も少なくはない。
その冒険者も稼ぎが一番多い年齢の20~30歳を過ぎると冒険者を引退し、家庭を持ったりゆっくりできる土地を探すことが多い。
前回は農地を耕し、村で自給自足が出来ることを目標に見据えていたが…。
「魔王国からのシルマ殿の来訪、そしてケンジ君が何か大きな隠し事をしているとの教会側の調査。
行ったばかりで申し訳ないが、すぐにでもアケラ殿に助言を求めたい状況だな。」
「すみません、私の教会での立ち位置が低いこともあり制限された情報を閲覧がすることが出来ないばかりに。」
先日、ラシの元に届いたケンジに対する調査報告書、教会の調査をもってしてもわからなかった事を指す『身元不明』。
そして決定打となった
『アケラ・グラディウスとケンジ・ナカヤマについてはしばらく教会の監視をおくことになった。』
という手紙。
教会内部は白服の様にランク付けがされている、そして閲覧できる情報もランク付けされているのだ。
理由としては、見習い修道女や地方修道女が敵につかまり尋問された際に機密情報の漏洩を防ぐためである。
戦闘能力や隠密行動に関しては白服達とラシとの間には天と地程の差がある。
「いやいや、ラシ君のせいではないよこの状況は誰も予想ができないし、だれも止められなかっただろう。」
「ラシはこの状況さ、どう見る?」
「え?」
リガは腕を組みながら話を続ける。
「ケンジを採用したのは私だ、そしてあの時ケンジに悪意であったりとか後ろめたいものは感じなかった。
そしてそのあとすぐに魔族の来訪、関係あると思う?」
「…、いや私は関係無いと思います。
もちろんケンジさんに不信な点がいくつかあります、ですが彼に物事を教えていた際の彼の瞳は、無垢そのものでした。」
「…分かった。」
「では、リガ君、ラシ君も。
彼を拘束せずに穏便に話し合いで決めることにする、いいね?」
「大丈夫です。」
「了解。」
「ミリアちゃんは普段通りにしてて欲しい、もし何かあったときのために備えてリガ君の近くにいてくれ。」
「わかりました…。」
ミリアは少し不安そうな声色で返事をした。
◇ ◇ ◇ ◇
野営地からアケラ村への資材輸送の大型馬車の荷台で揺られながら話し合いをする男女の影があった。
アケラとケンジである
「君は何を頼んでいたんだ?」
毛皮のマントにくるまりつつ干し肉をかじるアケラは、先ほど野営地でビットに何かを注文していた事についてケンジに尋ねた。
「あれは農機具を注文していました。」
「のうきぐ?畑つくりに必要な物か?」
「そうです、恐らくですが長年人の手が入っていない土地を耕す事になりそうです。
そうなると固い地面を掘り返さないといけません、その為の道具などです。」
「どんなの?」
「犂っていう道具なんですけど、金属製の大きな爪みたいなもので地面の土をひっくり返す農具になります、牛とかに付けて引っ張ってもらう奴です。」
「初めて聞くな…ビットはあるって言ったのか?」
「いえ、聞いたことがないので知り合いに作らせるとの事で、簡単な図を描いて渡しました。」
「あぁ、ならノックスのおっさんだな。」
「ノックスのおっさん?」
「私の剣や装備を作ってくれた変人ドワーフさ、珍しいものしか作らなくてドワーフの里を追われたおっさんでね。
見たことないものや面白そうな話を聞くと元々請け負っていた仕事をほっぽり出して食いつくから納期未定の鍛冶屋って呼ばれてる。」
「へえ、その人なら今後農機具を作ってくれそうですね!!」
「納期未定だがな。」
「大丈夫です、その間に土地を分析したりなどやることが山積みですから。」
「ふふ、それは良いことだな。
さて、じゃあ私は寝るよ、明日は恐らく書類だの会議だので嫌いな仕事が山積みだ。」
アケラは立ち上がり積み荷の藁の束の上に寝転がった。
積み荷はこれから来るアケラ村の冬に備えて薪や藁が大量に積まれており、なかには先ほどアケラが盗んでいた干し肉などがあった。
アケラ曰く『村の備蓄の品質チェック』との事だった。
「まあ、これくらい砕けた性格の人の方が話しやすいっちゃ話しやすいけどね。」
そう思いに老けながらケンジも藁を集め毛皮のマントに身をくるみ横になった。
(思えば、犂などの道具は作ってしまってもよかったのだろうか?
この時代に農業の知識を新たに生み出してしまった事になるんだよな…。)
ビットに依頼した際に『なんだそれは?』と言われたが、作れると太鼓判を押されたので技術的には可能ということだ。
(技術はあるが知識が無いんだよな、馬車も高級な奴だと板ばねがついているのもあるし。
けど慎重に物事を決めていかないと、農業革命みたいなことを起こさない様にしないと。)
そんな心配事をしながらケンジは夢の中へと沈んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ついたよ。」
アケラに起こされたのはこの数日で何回目だろうか、今後農業をするなら朝は早く起きたいものだ。
馬車がついたのはアケラ村の裏側、村の正面にはギルドがあるが反対側のこちら側には倉庫がある。
アケラと二人で荷下ろしを少し手伝い倉庫を出た。
「予想より早めに村に帰って来ちゃいましたね。」
「まあ、もっと買い物したかったけど、書類とかは出せたし教会本部も行けたからね。
目的は果たせたかな。」
ギルドまで歩きながら今回買ったものを確認しあった。
アケラはナイフ数本、刀、肩掛け革バッグ、携帯用革ポーチ
ケンジは湾曲したナイフ、メモ帳などを購入
今まで紙に書いていたが、メモ帳の様なものが売っていたのでそちらに買い替えた。
因みにインクは小さな小瓶に入っており万年筆の様なペンで書いてる、ペンはラシから貰ったものだ。
「個人的には魔法を調べたかったですね!」
「君は異世界人だけど魔法が使えるのか?」
「そのことも確認したいですね!魔法使ってみたいのもあります。」
「私は光魔法しか無理だから何も教えられないなぁ~。」
そんなこんなで話しながら歩いているとギルドが見えてきた。
「あ、リガさんだ。」
ギルド前にはリガが入り口前の銀木犀に水をやっていた。
「リガさーん!!ただいま戻りましたー!!」
声をかけるとリガはこちらを向いて手に持っていたバケツとひしゃくを地面に置いた。
「?」
リガは真顔でこちらにズカズカ歩いてきた。
「急に呼び戻してしまい申し訳ありません、アケラ様には後ほど魔族の件でお話がありますが…。」
リガはアケラに頭を下げ謝罪をした、そのあとケンジの方を向き。
「その前にケンジ、君の事について皆で話し合う事がある。」
「え?」
「来てくれ、アケラ様もご同行願えますか。」
「…いいよ。」
何をやってしまったかと顔が青くなるケンジと何を察したのか余裕顔のアケラ。
と、真顔のリガ。
ギルドに入ると少数の冒険者と受付にはミリア、冒険者の依頼書を受理していて手が離せないようだったが目だけあった。
気のせいかもしれないが、少し不安が混じった目の色をしていた気がした。
(なんなんだ?何かやらかしてしまったのか?)
不安を抱えたままギルドの二階に上がり会議室…ではなく、なぜか奥の個室に入れられた。
「あ、あれ?会議室じゃ…?」
「いや、ここでいい。」
ケンジなどが初日に寝泊まりした個室と同じ部屋だったが、窓に鉄格子がはめられている部屋だった。
出入口は扉だけだった。
「入って。」
ケンジは部屋の中に入れられた、ベットなどはなくいつと机だけのシンプルな部屋だった。
(取調室みたい…。)
「ケンジ。」
「はい!!」
リガの冷たく落ち着いた呼びかけに思わず声を張り上げてしまった。
「単刀直入に聞く、君は何者だ?」
「えっ?」