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自衛隊怪談「指差しばあさん」

作者: シンヤさん

自衛隊時代に体験または聞いた怖い話。

自衛隊には年に2、3回「演習場の整備」という仕事があります。


自衛隊員が訓練をする演習場の草を刈ったり、砂利を撒いたり、危険な箇所がないか点検をしたりする仕事内容なのですが山を有する広大な演習場を整備するため各部隊からかなりの人数が泊まり込みで整備し、長いときには2週間ほどかけて整備することもあります。


演習場整備は各役割ごとに分けられており自分たちの出番が来るまではすることが無く時間を持て余すこともありました。

演習場のある場所は大体が奥深い山の中、周りには何もありませんし一番近いコンビニすら車で30分近くかかるような場所です。

当時はまだガラケー全盛期、山の中では電波もかなり弱く使い物にならなかったので演習場整備に行く際には暇つぶしのための品々が欠かせませんでした。


私が自衛隊に入って4年ほどした頃、その演習場整備に駆り出されました。

メンバーは私を含めた若手3人と中年の古株が1人と責任者の分隊長の計5人。


その古株の隊員は「宇野さん」という人でした。


自衛隊では普通、上官は名前に階級をつけて呼びますが宇野さんはみんなから名字である「宇野」にさん付けをして呼ばれていました。

宇野さんは当時で50歳前半の独身。

背は小さく腹はでっぷりと前に出て頭はハゲ散らかして口はいつも半開き。

下の者に対しての態度は強く、上には媚びへつらうくせに口を開けば自慢ばかり。

典型的な嫌なヤツで私も必要ないとき以外は口をききませんでした。


その日、私たちのグループは出番が無くみんな折りたたみ式の簡易ベッドに寝っ転がりながらヒマを持て余していました。

私は携帯ゲームに熱中してガチャガチャといじっていました。

ゲームにも飽きてタバコでも吸いに行こうかとベッドから立ち上がると朝にはどこかに出かけていた宇野さんがいつの間にか部屋に戻ってきていることに気づきました。


宇野さんはベッドに寝転がる一番下の若手の隊員に向かってボソボソと話していましたがなにやら様子がおかしいのです。


宇野さんからの言葉にその若手の隊員は明らかに表情を曇らせているので、若手の中で私が最年長だったこともあり助ける意味も込めて2人に割って入り「どうしたんだ?」と声をかけました。


宇野さんは私の顔を見て少しバツが悪そうにしていましたが、すぐに若手の隊員に向き直り「頼むよ、頼むよ」と繰り返していました。


らちがあかないと思った私は若手の隊員にあらためて「どうした?何を頼まれているんだ?」と聞きました。


すると若手の隊員は不満をあらわにした表情で「宇野さんがオレに忘れてきた釣竿取りに行ってきてくれって言うんです」


その言葉に私はあきれて宇野さんを睨みつけました。

宇野さんは私に顔も向けずに立っていました。

どうやら宇野さんは近くに釣りに出ていたらしく、そのときに忘れた釣竿を部下の隊員に取りに行かせようとしていたようでした。


「宇野さんの釣竿なんですから自分で取りに行けばいいでしょう」


私がそう言うと宇野さんは関係ないとばかりに若手の隊員に頼む、頼むと連呼するばかり。

無視され続けていることに頭にきて「このことは分隊長に報告します!」とそのときのメンバーの中で最上級者である分隊長の部屋に向かって歩き始めました。


さすがの宇野さんも上司にチクられては敵わないと思ったのか私にすがりつくように引き止めてきました。


なぜそんなに自分で釣竿を取りに行きたくないんですか?と聞くと宇野さんはしきりに「怖いんだ」と繰り返しました。


以下、宇野さんから聞いた話です。


宇野さんは演習場整備でヒマになった際には必ず宿舎からほど近い場所にある小川に釣りに行くのが決まりでした。

演習場の中には谷に流れる小川や山水をたたえる池もありそこには山魚も泳いでおり宇野さんはそれらを狙って釣りに行っていました。

いつもの小川に釣りに出かけると小川が途中から分岐しているのが見えました。

前日の雨で増水したせいで川が分岐したようです。

宇野さんはちょっとした好奇心から分岐した方へと歩きました。

行ってみると川の最後の方は崖下に流れているようで見てみると小さな滝のように流れ込み下に池を作っていました。

上から覗くと中には魚が何匹か泳いでいるようで「ここに釣り糸を垂らせば釣れるだろう」と思い、下に降りて場所を探し始めると池のほとりに平たく大きな岩が転がっているのを見つけました。

少し苔むしてはいるものの大きさが座るのにちょうどいいとその岩に腰掛け釣り竿を準備して糸を投げ入れました。

すると面白いように釣れて、クーラーボックスに釣った魚を入れていると遠くに人が立っている。

よく見てみるとおばあさんが立ってこっちを見ていました。


演習場の中には一般の農地が入っている場合もあり民間人が入ってくることも珍しくなかったので宇野さんは特に気にすることもなく釣りを続けました。


しばらく釣りを続けているとあたりがしんと静かになった。

ふと気になり周りを見渡すとさっきこちらを見ていたおばあさんがまだこちらを見ている。

心なしかさっきよりも距離が近い。

「ここで釣りをしているのがそんなに珍しかったのかな?」

気を取り直して釣りを続けました。


少し気になりおばあさんが立っていたところに目を向けるとまだこちらを見ている。

しかも明らかに近づいている。

そのときに分かったのだが右手をまっすぐ伸ばしてこちらを指差している。


「なんですか?」

宇野さんが声をかけてもおばあさんは黙ってこちらを指差しているだけ。


もしかしたら痴呆症の始まった老人が演習場に迷い込んだか?


めんどくさいことになる前にここを離れようと釣り道具を片付けていると背後に気配がする。

まさか、と振り向くとおばあさんが宇野さんから5メートルほど前にまで近づいてきていた。

いつの間に?と思うと同時におばあさんの指差す先と目線が気になった。

おばあさんは自分ではなく宇野さんがさっきまで腰かけていた大きな岩に視線と指を向けている。


岩を眺めるが特に変わったところは無い。

ただ、よく見ると自分が座っていたところの苔が潰れてなにやら文字が彫られているのが見えた。

苔を落ちていた石でこそげ落とすと人の名前と漢字らしきものが彫られているのが分かった。


「墓」だった。


自分はずっと墓石に腰をかけていたのだ。

腹の底から冷たいものがせり上がってきて震えた。

するとさっきまで5メートルは離れていたおばあさんがすぐ目の前に立っていた。

さっきまで岩に向けられていた視線と指はまっすぐ宇野さんの顔に突きつけている。


宇野さんは釣り道具もそのままに夢中で山の中を走り宿舎に逃げ込んだ。

釣り道具は置いたままだ。

どれもそれなりの値段がするものばかりだし買ってから間もない物もある。

しかしあの場所に戻るのはイヤだ。

そのため若手の隊員に取りに行かせようとしていたのだ、と。


事情は分かったが話の真偽は別にしても身勝手な話だと思いました。

私は若手の隊員に「取りに行く必要はないからな」と言って自分のベッドに戻ろうとしました。

すると背後から「オレ行きたいです!」と大きめの声が聞こえました。

見ると変わり者の「前田」という若い隊員が手を挙げていました。

彼は「自分が行って取ってくる」と言い出したのです。

日頃から怖い話や幽霊ネタが大好きな彼はどうやら完全なる野次馬根性からそう言っているようでした。


勝手にしてくれ、と私は自分のベッドに戻りました。


そのまま前田と宇野さんは宿舎を出て釣り道具を取りに出て行きました。


しばらくすると前田と宇野さんが戻ってきました。

ただ前田も宇野さんも手に何も持っていません。

しかも青ざめ落ち込んだ様子の宇野さんに対して前田の方は何やら興奮した様子でした。


私は前田に釣り道具は見つかったのか?と尋ねると意外な答えが返ってきました。


以下は前田の話です。


宇野さんの案内により話にあった分岐した小川に沿って歩くとその先に崖がある。

ここがそうか、と前田が崖の上から下をのぞくと話と違っていた。


池が無い。


宇野さんにそれを伝えるとそんなはずはない、と急いで崖下に降りていく。

前田はそれについて行くがそこに水が張られていた様子はまったくなく川からの水がチョロチョロと落ちて地面を湿らせている程度だった。


「うわー!」

周り見渡していた前田は宇野さんの叫び声に振り向いた。


見ると宇野さんがひと抱えほどもある巨大な岩の前にひざまづいて何かをしている。

「嘘だろ、嘘だろ」

宇野さんはしきりにつぶやきながら岩の下から何かを掴んで引っ張っている。


後ろから近づいて見てみるとその大きな岩の下敷きになるようにクーラーボックスが畳んだダンボールのように潰れていた。

そして宇野さんが引っ張っていたのはひしゃげた釣竿の先だった。

とてもじゃないが引き抜けるとは思えなかったし引き抜けたとしても使い物にはならないだろう。

しばらく悪あがきをした後、宇野さんと前田はあきらめて帰ってきた。


「いやあ、本当にあるんですね!あんな大きな岩の下に物置くなんて重機でもなきゃ無理ですよ!」

「でもボクが見た限りあの岩も墓石ではありませんでしたよ、ただの岩でした」

かなり興奮した様子で前田は私に話してくれました。


結局、おばあさんがどこの誰で宇野さんの釣り道具を大きな岩の下敷きにした者の正体はわかりません。


これが私が間接的に体験した怖い話です。

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