90.
突然邸宅を訪れた舞を、一詩は快く迎え入れてくれた。
「来月からは、奥さんも一緒にここに住むけどな」
高級マンションの4LDKの部屋は、確かに二人で住んでも十分な広さだった。
掃除が行き届いており、一詩らしいテイストですっきりとまとめられている。
「結婚するんだね。一兄」
写真立てに飾られた幸せそうなツーショットを見つめ、舞は一詩に背を向けたまま呟いた。
一詩が照れくさそうに笑うのが、気配で感じられる。
「そうなんだ。小百合っていってな。大都銀行の頭取の娘さんなんだけど、そんなの関係なくあいつを愛してるし、護りたいって思ってる」
「……そっか」
舞はぎこちなく笑う。
一詩は怪訝な顔をしたが、何も言わなかった。
昔から、一詩は舞の嫌がるようなことは何一つしなかった。
ただその広い胸に、大きな懐に、全てを抱きとめてくれるだけ。
「舞。日向野とは縁を切れ」
不穏な響きに、舞は思わず顔を上げた。
一詩は真剣な眼差しで、食い入るように舞を見つめている。
緊迫した空気が漂った。
「日向野と縁を切って普通に大学に行くか、それができなきゃ、せめて家業を継いで巫女さんになれ。今のお前を、俺は見ていられないよ」
強張った舞の肩に手を置き、一詩は諭した。
「日向野はあくどい。儲けになることなら何だってやる会社だ。聡いお前なら、それくらい分かってるだろう。そんなところで働くことを、本当にお前は望んでるのか」
胸が詰まって言葉にならなかった。
「一詩兄さん……私、」
「それとも、今ここで俺の竿を斬るか?竿斬りの舞」
舞は凍りついた。




