83.
舞は、先日家を訪れた一詩の言葉を思い起こしていた。
たしかあのとき、狭山と日向野はリゾート地の利権をめぐって裁判沙汰になっていると言っていたのではなかったか。
その裁判に日向野が負け、痛手をこうむったとしたら。
それが女帝の逆鱗に触れたのだとしたら?
舞は女帝の整った顔を見つめ返した。
彼女にとって大事なのは命や竿などではなく、日向野家そのものなのだ。
「あなたと『一詩兄さん』とやらは、ちょうど旧知の仲のようだし、手法はあなたにお任せするわ。結納の日取りが決まったようだから、それまでには済ませてね」
女帝は事務的に言い放った。
「待ってください」
去りかけた女帝の背中に向かって、大声で呼び止める。
からからに乾いた喉から言葉を絞り出した。
「私にはできません」
女帝の目がすうっと細められる。
「できない?」
「一詩兄さんは私の恩人です。日向野の私怨や、狭山コーポレーションの戦力を削ぐという目的で、竿を斬ることはできません」
一詩の竿を斬ることなど論外だ。
それを回避するためなら、これを機に狭山に寝返ることも厭わない。
女帝はうっすらと不吉に微笑んだ。
「そう。なら、別の理由を用意してあげましょう。あなたが彼の竿を斬りたくなる理由をね」
図ったようなタイミングで舞のスマホが鳴り響いた。
液晶画面には、『石田朋子』の文字がくっきり浮かんでいた。




