79.
うつむいていた舞は、弾かれたように顔を上げる。
目が合うと、彼はゆっくりと頷いた。
「本当に辛いところにいるとき、人は感覚が麻痺して、辛いとも思えないものなんだよ。
君はきっと、自分が今どんな場所に立っているか気づいていないだろう。吹雪から逃れ、暖炉で体を温めたときにようやく、人は自分がどれだけ寒いところにいたのか分かるものだから」
秋山は身を乗り出し、舞の両手をくるんで握りしめた。
「君を苦しめているものが何なのか、俺には分からない。だけどそれが決して許されないことだと、俺は知っている。絶対に放っておけないって、あのとき思ったんだ。だから」
「やめて」
舞は硬く目をつむって顔をそむけた。
逃れようとした舞の肩に手を回し、秋山は華奢な体を強く抱きしめた。
「……君が心の底から幸せに笑える場所に連れていく」
涙で滲んで、目の前がよく見えなかった。
「もう二度と、奴隷のような顔も囚人のような気持ちにもさせない。誰かを信用して、本音を話して、笑いながら生きていけるように、俺が守るから」
閉ざされた氷の扉をこじあけられ、舞は口を手で覆って嗚咽をかみ殺した。
心が引き絞られ、ねじ切れそうだ。
押し殺した声をもらすたび、秋山の腕に力がこもる。
舞は目の縁を拭った。
「無理よ。できるわけない」
「無理じゃない」
秋山は力強く言い切った。
腕を離し、舞の顔を両手ではさんで自らの方へ向かせながら、言い聞かせるように、
「大丈夫。きっとできるよ」
観覧車はゆっくりと地上に滑り込む。
永遠のような時間は、美しい結晶となって舞の心に封じ込められた。
たとえ、うたかたの夢であってもかまわない。舞は思った。
そうだとしても、差し伸べられた手の温もりを、自分は生涯忘れることはないだろう。




