78.
唇が離れ、硬直しきった舞の姿を見つめ、秋山はささやいた。
「君を敵に回したくない」
観覧車はちょうど、最も高い場所へたどりついたところだった。
秋山は鞄の中を探ると、
「少し後ろを向いて」
と言って、強引に舞に背中を向けさせた。
されるがままにしていると、後ろでしゃらりと音がし、胸元に何かがかけられる。
見ると、それは昼間、舞が魅せられたネックレスだった。
「やっぱり。似合うと思った」
秋山の満足そうな笑顔に、舞は呆然と問いかけた。
「これ……」
いつの間に買い求めたのだろうか。ご丁寧にタグも切ってある。
舞の白い肌と華奢な鎖骨に、ネックレスはとてもよく映えていた。
窓ガラスに映る自分の姿は、見たことがないほど女性らしい表情をしている。
「幼いころ、俺が養父に引き取られたって話をしただろ」
秋山は静かな口調で切り出した。
「養父は養母と折り合いが悪くて、あの家庭はそもそも、子供を育てられるような環境じゃなかった。家畜同然の扱いを受けたよ。食べ物も飲み物も満足に与えられず、ぎょろぎょろと卑しい、眼ばかり飛び出たような子供だった」
舞の顔色が変わるのを見て、秋山は苦笑した。
「養父が俺を引き取ったのだって、慈悲の心でもなんでもない。自分の道具か、ペットが欲しかったようなものだ。それに気づいたとき、地獄のような人生に絶望したよ。
あれは虐待なんて生易しいものじゃなかった。多分……君には想像もつかないだろうと思うよ。自分の意思で何かをすることは許されず、逃げ出すこともできない。俺にとって家庭というのは、ずっと牢獄でしかなかった」
舞はわなわなと唇を震わせた。
秋山は言う。全てを受け入れたような透明な微笑みで。
「恩人に救われて年月が過ぎたある日、俺はあのときの自分と同じ、生気を失ったような瞳を見た。生きることを諦めたような表情をしている女の子の中に」




