71.
「こんにちは」
秋山はにっこりと人好きのする笑顔を浮かべると、
「行きましょうか」
と言って歩き出した。舞は慌てて後を追う。
――落ちつけ。これまで、さんざん男を誘惑しては竿を斬ってきたではないか。
その経験を今、生かさずしてどうする。
そう言い聞かせつつも、舞は久しぶりに訪れる懐かしい風景に目を奪われていた。
開かれた港町を、心地よい風が吹き抜ける。
「あの、秋山さん」
「ん?」
「名刺に店長と書いてあるのを見ました。失礼ですが、あれは本当ですか」
秋山は腰をかがめ、舞をじっと見つめる。
「どっちだと思う?」
そらとぼけた返事に、舞は営業用の笑顔で食い下がる。
「お若いのにすごいですね、お店を任されているなんて」
「どこで仕入れてきたの、そんな台詞」
「え」
舞は喉を凍りつかせる。
さも面白そうに笑う彼は猫のようだった。
「はっきり言ってくれて構わないよ。その年で自分の店を持つなんて怪しい奴だって」
舞はしどろもどろになった。
「いえ、そんなことは」
「俺、孤児なんだ」
秋山は特に感慨もなさそうに言った。
「物心つく前に両親が自動車事故で死んで、親戚もいなかったから、地元の孤児院に預けられたんだ。そこから小学校に上がって、鉄と会った」
この人はともかく、社長に子供時代があったとは思えない。
「中学に入ったころ、俺を引き取ると申し出てくれた人がいたんだ。それでその養父に連れられて、仙台に移住したってわけ。でも数年で義理の両親が亡くなって、途方に暮れていたら、親切にも養父の親戚が拾ってくれたんだよ。
それが今お世話になっている家なんだけど……そこが経営してるんだよ、あのカフェ。
だから俺は店長というより、店番って感じなんだ」




