64.
どうやって家に帰りついたかはよく覚えていなかった。
屋敷の門までたどりつくと、屋敷の使用人が妙に浮足立っているのに気づく。
「どうしたの」
手近なところにいた女中に尋ねると、彼女は恐縮したように、
「舞お嬢様。お帰りなさいませ」
「ただいま。何か変わったことでもあったの」
「いえ、あの。それが……」
「舞!」
明るい声が響きわたり、舞は信じられない思いで振り返った。
風雅な丹塗りの橋の架かった、大きな鏡池。
その奥にある母屋の前で、狭山一詩がにこやかに手を振っていた。
舞は大きく目を見開き、
「一詩兄さん!」
御剱の屋敷は、客人を迎えることはめったにない。
閉鎖された空間には御剱の血族と使用人のみが住まい、屋敷は世間から完全に隔絶されていた。
それは身を守るためでもあり、御剱家が俗世との関わりを厭うからでもあった。
その屋敷に若くして正式な客分として迎えられたということは、すなわち御剱家当主・御剱萌が、狭山一詩の資質と人柄を高く評価しているということを意味する。
舞はそれらを瞬時に読みとり、喜びに胸を満たした。
先ほどまでの暗く沈んだ心が嘘のように晴れ渡り、立ちこめていた黒雲が吹き飛んでゆく。
一詩は駆け寄ってきた舞を抱きしめると、腰に手を回し、軽々と持ち上げた。
子供のように高い高いをされていることに気づいて、さすがに赤面する。
「もう。また私のこと子供扱いするのね」
「はは。すまんすまん。昔の癖でつい」
小さいころから体格がよかった一詩は、父親代わりに舞に高い高いをしてくれたのだった。
ようやく落ちついた舞は、そばに藤城と、当主名代である父と、その執事である宇都宮がいることに気づいた。




