36.
萌は、かすかに憐れむような眼差しを舞に送る。
「右手が暴走したのは、そなたの感情が原因じゃ。怒りや憎しみや混乱に激しく感情が振幅し、精神の安定が崩壊すれば、そなたの肉体は力を御しきれず暴走する」
舞は口元を手で覆ってうずくまる。胸を突きあげるような吐き気が襲っていた。
「舞様」
藤城が駆け寄って膝をつく。
そして、ほとんど初めて、攻撃的な視線で萌と天河を睨みつけた。
「よいしもべじゃ。妾に牙を剥こうとも、あくまで主に忠誠を誓うか」
萌はゆったりと笑う。
「妾とて、日向野の目的の全てが分かっておるわけではない。竿塚から竿がなくなろうと、痛くもかゆくもないのが現実。じゃが今の御剱の経済状況を鑑みれば、日向野に逆らって生き延びることはできぬのじゃ。分かってくれるな、舞」
「恐れながら当主様。あまりにむごすぎるお言葉かと存じます。舞様の肩に御剱の命運全てを載せるなどと。それでは人身御供も同然ではありませんか」
「やめなさい」
藤城を素早く遮り、舞は気丈にもよろめきながら立ち上がった。
「分かりました。……よく、分かりました」
「次の指令は既に下っておる。明朝、再び日向野本社へ向かうのじゃ。恐らく標的はSPOのトップになると考えて間違いない。日向野は血眼で失った竿の奪回をもくろんでおるからの」
藤城はひざまずき、額をこすりつけるように土下座して乞う。
「お待ちください当主様。舞様はお身体を弱らせていらっしゃいます。せめて一日、刻限を明後日まで延ばしてはいただけないでしょうか」
言葉を失った舞の前で、藤城は痛切な声で哀願する。
「何卒お願いいたします。どうかお許しください……!」
天河が足音も荒く藤城の側へやってきて、髪をつかんで引っ張り、顔を上げさせた。
藤城の顔が苦痛に歪む。
「貴様、誰に向かって口を聞いている。おそれ多くも萌様に刃向い、要求を述べるなどと……身の程を知れ」
振り上げられた天河の手が、
「控えよ天河」
空中でぴたりと止まる。
萌は愛くるしい笑みを浮かべ、いつもの甘く高い声色に戻っていた。
「よかろう。そこのしもべに免じて、一日だけ猶予をやろう。よく養生するのじゃな」




