細雪
白い白い真白い雪。
空から幾重にも連なり降ってくる。
それを見ると思い出す。
あの、遠い・・・もう還らぬ日々を・・・忘れえぬ・・・あの人の・・・彼女の笑顔を。
・・・遠くて優しかった過去の思いを・・・
坂道を危なげな足取りで走る少女。
はらはらと見ている少年。少女にそこで待っていて、と言われ動かず彼女を待っていた。
その、数歩手前で笑顔を少年に向け口を開きかけた時、盛大に転んだ。
「きゃあぁぁ!!」
少女は、来るであろう痛みと衝撃に堪えるべく目を閉じたが、一向に来ない衝撃に目をうっすらと開けるとガッチリと少年が、少女を支えていた。
少年は、少女の無事を確認して溜め息を吐いた。
「はぁ~~~っ。雫あんまり無茶しないで?
僕が支えなかったら顔面ダイブだったよ?」
言ってる事は間違いないけれど、顔を覗き込みながら言われ恥ずかしさにツイ憎まれ口を叩いてしまう。
「む~、琉臥を見たらゴールだ!!って気が抜けたの!!それに私、助けてなんて一っ言も言ってない!!でも、一応助けてくれたから御礼だけは言っておく。・・・あ、アリガト・・・」
ぶっきらぼうに言って、クルリと背を向ける。
赤くなった顔を隠すためだ。
琉臥には解っているらしい、でも何も言わないのは、付き合いが長い分彼女の性格を理解しているから…。
拗ねると長いと。
「ふ~、それより・・・何だって雪が積もってる坂道をダッシュしようとしてんの雫?」
そう、幼馴染の雫が突然坂道ダッシュをする!!と言い出した。
琉臥は危険だ、危ないからと必死で止めたが聞かずに始めたのだ。理由も教えてくれない。
「うっ、それは・・・それはいいじゃない!!ただ、何と無く走りたくなったのよ!!そう、走りたかったの!!」
何か隠している。丸分かりだ。
けれど、これ以上突っ込んでも彼女は言わない。
それが分かるので話を変えることにする。
「あ、雫もうすぐ誕生日だね。何か欲しいものある?」
雫の誕生日が近いので一応リサーチしようと聞いてみる。
「覚えててくれたんだ!?琉臥!!嬉しい。うーんでも、琉臥が選んで?私が今欲しいものは私が頑張らなきゃ手に入らないと思うの!!だから、もうちょっと待って!?」
雫は、えへへと笑ってた。
何を待つのか分からないけれど笑って頷いた。
「わかった。じゃあ気合い入れて選ぶよ」
笑ってそう言った俺に、彼女も笑った。
その笑顔が・・・
永久に失われ・・・
その時の言葉が・・・
その約束が・・・
永久に果たされることがなくなったと知ったのは・・・
その日から数日後だった。
携帯の着信・・・
その音を聞いた時、とても嫌な予感がした。
出たくない。
そう思った。
けれど鳴り続ける着信に、なぜか震えている自身の手を動かして出る。
「もしもし?」
呼びかけるも無言。
嫌な予感が増す。
もう一度呼びかけようと口を開くのと同時に聞きたくない言葉を聞いた。
涙声。
震える声で言葉を紡ぐ雫の母親。
「琉臥君・・・雫が・・・亡くなったの」
何を言われたのか理解したくなかった。
聞こえてる声は耳を通り抜ける。
「朝は、元気に出かけて言ったの・・・お昼頃・・・車に轢かれたって電話があって・・・たった今息を引き取ったの」
その小母さんの言葉を最後に何も音が聞こえなくなった。
呼びかける声も耳を素通りして、真っ暗になる視界。
世界の壊れる音がして
世界が反転して急速に色を失くした。
どこをどう歩いてきたのか、気がついたら病院についていた。
扉を開けることができない。
見たくない。
信じたくない。
震える手を抑えて想い出すのは、彼女の笑顔。
言いたい事があった。
聞きたい事があった。
それが叶わないという事を・・・知りたくなかった。
そっと扉に手を掛けると・・・簡単に開かれる扉。
そのベッドの上には・・・
包帯を巻かれた雫が眠っていた。
色のない頬
声をかけても反応しない
開く事のない目が
体温の無い氷より冷たい温度が
彼女の死を俺に・・・
残酷に理解させた。
気が付けば頬に冷たい雫が伝っていた。
昨日までは確かに傍に居た。
昨日までは確かに隣にあった暖かな体温が、一瞬で失われた。
俺の手の中にあるのは、明日。
明日彼女に渡すはずだった
バースデープレゼント。
明日言うはずだった言葉。
告げたかった言葉。
永遠に言う事の無くなった言葉。
雫、キミがスキ。だから付き合ってください。
伝えることのできなかった言葉と想いが心を苛む。
苦い棘となって突き刺さった。
彼女の死んだ日。
彼女を永遠に喪った日は・・・
真っ白い雪がちらついていた。
幾重にも重なって降り積もる雪が・・・
溶ける事無く俺の心に今も振り続けている。
雪の降る日は、君に包まれているような気がして少しだけ嬉しくなる。
伝えられなかった想いは、今も俺の中にあって苛むけれどその想いも大切なものだ。
唯一の彼女との繋がりのようで、その痛みも幸せと思う。
送ることのなかったプレゼントは、今でも俺の手の中に・・・本当に幸せだった頃の色あせない思い出として残っている。
fin?