第七話 現実と夢の混乱
もうどれくらい時間が経っただろう。私はベットの上に座り込み携帯と少年からもらったノートの切れ端を並べていた。
よし、かけよう。でも今かけても、なんて自問自答をしながら携帯を持ち上げては元に戻し、を繰り返していた。
”こんなことしてても仕方ない。よし、かけよう。私の夢を真実か確かめるんだ!”
そう覚悟し携帯を持ち上げた瞬間、着信音が鳴り響いた。心臓が飛び出しそうになり、携帯を放り投げてしまった。着信画面には”けんじ”と出ている。
”なんだ、けんじかぁ”と心でつぶやいてしまった。
「もしもし?」
飛び出しそうな心臓を抑えながら冷静さを装った。
「もしもし、まい?今どこ?」
けんじの声は怒っているようだ。
「ごめん、今家だよ。」
私がけんじの電話にでなかったことをけんじは怒っているんだと悟ったが、なぜだか私まで腹立たしく感じてしまい、そっけない声を出してしまった。
「今日何してたの?」
「別に・・・何も。」
二人の間に沈黙が走った。
「ふーん。今まで寝てたの?」
なんだかけんじに縛られているような感覚になった。
「夕方まで寝てたけど、もう起きてたよ。」
「じゃあ・・・何でもない。体調大丈夫?」
じゃあ電話してくれればよかったのに、ってけんじは言いたかった事は手に取るようにわかった。それなのに私は意地悪女のように、つんとしてみせてしまった。
「大丈夫。でも疲れたから今日は寝るね。」
けんじは少し無言になってから、私にこう聞いた。
「まい、俺の事好き?」
私は携帯を持つ手が一瞬止まった。そして私が今こんなにも夢のことで悩んでいるのは、元はと言えばけんじが不思議な夢の話を毎日したせいなのに、この人は一体何を言っているの、とまた腹立たしい気落ちになってしまったのだ。
そして私の口から出た言葉は
「何それ?」
だった。
けんじもいい加減頭にきたのだろう、声をいつも以上に低くして言った。
「何でもない。おやすみ。」
ガチャン。
そして私も切られた携帯をベットの上に放り投げた。
”なんて子供なの!タカヒロさんだったら・・・”
私はもう一度少年から貰ったノートの切れ端を手に持ち、今度は迷わず番号を押し出した。
トゥルル トゥルル
5回目の呼び出し音が聞こえた頃、電話の向こうで男の子の声が聞こえた。
「もしもし?」
声と同時に心臓が高鳴った。私は言葉に詰まりながら
「も・・もしもし、あの、タカヒロくん?」
どもった声でたずねると、少年は子供のような声を出して言った。
「あぁ、どうも。今日のおねえさんでしょ?」
まるで私はこの少年にでも恋をしているかのようだった。タカヒロの存在に近づきたいだけだったのに、ましてやこんなにも年下の男の子と話すだけでこんなにも緊張しているなんて信じられない。けんじとは今じゃ何も緊張することなく電話できるのに、と少し新鮮な気持ちもした。
そしてとうとう本題へと移った。
「あの・・さ、今日話した事だけど、おじいさんの友達でタカヒロって人がいるって言ってた よね?あの人の事だけどさ・・・」
私の話が終わる前に少年は言った。
「あのさ、その前になんで知ってんの?タカヒロって人の事。」
「えっ?」
「だって、おかしいじゃん。その人の親戚か何かなの?」
私はどう説明したらいいのか分からず、ただ言葉を詰まらせた。下手に夢で会ったの、なんて言ったら少年は間違いなくこの電話を切り、すぐにでも私の番号を着信拒否のでもするだろう。追い詰められた私の脳みそが選んだ言葉は
「わ・・私の遠い親戚の人がタカヒロって人なの!しかも明治丸って名前よく聞いてたから! もしかしたら同一人物かなって!
た・・ただの興味本位!!」
なんて訳の分からない文章だった。
「ふーん。」
少年は変な女に捕まってしまった、というようだ。そりゃそうだ全然つじつまが合ってないし、だったらその遠い親戚のおじさんに聞け、って話した。少年は多少疑っている様子だったが
「まぁいいけどさ。とりあえず、そのタカヒロって人の写真があるか探してみればいんでし ょ?」
と、何とか写真を見せてくれようとしてくれているみたいだ。
これで頼みの綱が切れずにすんだ。私は念を押して、もう一度少年に頼み、少年は”分かったって”とうざそうに言った。そして用件も済み電話を切ろうとしたときだった。
「じゃあ、見つかったら電話します。」
「あっ、待って!」
「え?」
え?私こそ、え?って感じだ。なぜ待って、なんて言ってしまったのだろう。なぜだか電話を切られたくなくて、つい口走ってしまった。
「えっと・・・その・・・学校どう?」
おいおい、私は何を聞いてるんだ。心の中で自分で自分を突っ込んでいる私。
すると少年は噴出したように笑い出した。
「まあまあっすよ。ははは」
初めて聞いた少年の笑い声は不思議と心地いい。私も合わせて笑った。
少しの間だが、たわいのない話をして電話を切った。
どうしたものだろうか、少年と切った後も携帯の画面を見ては、口元が笑ってしまう。私はベットからおりて部屋に置いてある勉強机の上にある置き鏡を覗いた。
「はは、顔が笑っちゃう。」
自分の笑っている顔をものめずらしそうに見ては、また笑った。
なぜだか恋をしているような、そして初めて好きな人と話せたような、そんな気分だ。
「冗談でしょ〜誰が中学生なんかと。タカヒロさんのためなんだから!ははは」
とまた笑った。
上機嫌のまま鏡を机に戻すと、横目に机の上に置いてあるけんじとの写真が目に入った。
”けんじ・・・”
ずきんと心が少し痛む。なんだか浮気をしてしまった気分に陥り、もう一度鏡に目をやると、さっきとはうって違った私が映った。
”何をやってんだろう。でもあと少しで終わるから。それまで許して、けんじ”
そうけんじにテレパシーを送るように念を込め、そっと写真縦を机に伏せた。
私とけんじが変わって行ってしまうのを、うすうす感じながらもう一度ベットに戻った。