第三話 記憶
今日の朝に飲んだコーヒーはやけに苦かった。
いつもは牛乳と混ぜてミルクコーヒーにするのに、今日はミルクが切れているから、とコーヒーのしかもブラックを飲んでしまった。高校生の私にはまだ早いみたいだ。
でもそのおかげか目がさえてしまい、けんじも朝練で今日は早く行ってしまったのでこの間借りた本でも持って早くから図書室へと向かった。
この前も話したが、今読んでいる恋愛小説のクライマックスが気になって仕方がなかった。お姫様と家来の禁じられた恋の行方はどうなるのか、悲劇の恋で幕を閉じてしまうのか、そんな事を考えると居ても立ってもいられず、小走りで学校へ向かった。
いつもより30分も前に着いてしまい、いるのは部活動の生徒が校庭で騒いでいるのが聞こえる。私はいつものように誰もいない図書室の窓際の端っこに座り、残り少ないページをめくった。
どれくらい経っただろう。時間があまりない事もあり、急いで読んでいたせいか時計を見ることを忘れるほど本に集中してしまった。外からは生徒達の登校の声が聞こえる。私はとうとうお姫様と家来のクライマックスに突入し、そして本を閉じた。
お姫様と家来にはハッピーエンドはなかった。
二人の恋は引き裂かれ、それでも遠く離れても想い合う二人の情景はとても切なく、心を締め付けさせた。
そしてお姫様が言った言葉はあまりにもつらく寂しい言葉で
『例え今世で結ばれなくても、来世でまた私を見つけてください。』
私は深いため息をつきながら
「今が大事じゃん。私なら駆け落ちするな。」
なんてふて腐れながらあとがきの後ろの最後のページを指で弾くようにめくってみた。
するとそこには”最後の言葉”と書いてある、あとがきの更にあとがき的なページが残されていたのだ。そこにはこうあった。
『最後の言葉
あなたの体は借り物です。あなたの魂こそが、あなた自身なのです。
たとえ次の姿が今と違っても、愛は永遠です。
詳しくは前作の“生き返り”をご覧ください。 』
生き返り・・・?
その時始業ベルが図書室中に響き渡り、私は急いでカバンの中に本を押し込み教室まで駆け足で廊下を駆け抜けた。
生き返り。この言葉が頭から離れない。
いつもならさらっと聞き流している言葉だったが、けんじの夢にしろ、私の夢にしろ多少なり前世を意識していたからだ。一概にも前世とは言えないが、私もけんじも自分達と見た目はまるで違うのに、この人は自分なんだって自覚のある夢を見ているし、何故だかその場所を懐かしく思ったりもしている。
仮に、仮に前世があるとして今世は生まれ変わってきたのだとしたら、一体それは何の為に?
あの夢が私の前世だとしたら、あの”タカヒロ”も生まれ変わっているの?
そんな事をいろいろ考えていると、目の前にけんじの顔が突然現れた。
「まい?大丈夫?」
「え?」
くるりと周りを見渡すと帰りの会も終わり、皆わらわらと帰り始めていた。そんな中、微動だにしなかった私をけんじは心配したようだ。
私はまっすぐけんじの目をもう一度見つめ、聞いた。
「けんじ夢の続き見た?」
するとけんじは真剣な顔をして答えた。
「うん。だけど今回のは寝起きが悪すぎた。」
「彼女が好みの子じゃなかったとか?」
冗談交じりに聞いて見ると、けんじは顔色変えずにこう続けた。
「俺は殺されたんだ。」
「え?」
私はけんじをじっと見つめたが、けんじは机に視線を落とし声を抑えながら言った。
「場所はまた同じ森の中なんだ。
俺と彼女はもう一緒にはなれないって気づいてるんだけど、それでも花を摘んで
彼女が来るのを待ってたんだ。
彼女を連れてどこか他の島に行こうって決めてさ。
でもいくら待っても来ないから、心配になって彼女のいる村に忍び込んだらさ、彼女が村の 中心の大きな木に巻きつけられてたんだ。
俺は急いで助けに駆け寄ると、俺に気づいた彼女が泣きながら叫ぶんだ。
そして俺は隠れていた男達の槍に刺された、って夢。」
けんじはゆっくりと話をしたが、私は言葉に詰まってしまい何て答えていいのか言葉に詰まった。たかが夢の話なのだが、けんじはまるで自分が体験したかのように感じている。
「彼女の顔は見れたの?」
私も静かにけんじに問いかけると、けんじは私の目を見返して言った。
「見たことのない子だった。
でも・・・。」
「でも?」
はっきりした二重の目を窓際に向け、小さく
「顔は違うんだけどさ。
なんか、美紀だって思ったんだよ。」
「え?」
けんじには2人の妹がいて、2つ下が加奈、そして6つ下が美紀で美紀は昔から大人しく、とってもお兄ちゃん子だ。
二人の間に気まずい空気が流れ、気付いたら教室に残ってるのは私とけんじと他数名で、けんじもそろそろ部活に行かなくてはいけなかった。
けんじに何て声をかけていいか分からないまま、けんじは遅れたらまずい、と言って教室を後にした。
正直混乱だ。
もしあの夢は前世を映し出していて、そしてけんじの”運命の人”は現世では妹になってしまったのか。と言う事は前世で結ばれなかった二人が、今世では近親相姦という禁断の愛になってしまうのか。私も何度も美紀ちゃんに会っているが、普通の小学生だ。確かにお兄ちゃん子でとても仲が良いが、彼女である私に嫉妬している様子さえない。
きっと私は考えすぎなんだ。
そう。きっと。
そして携帯のメール受信の音が鳴り響いた。
”今日は先に帰ってて。ごめん。 けんじ”
校庭からサッカー部の声が聞こえる。けんじの気持ちが教室にいても伝わってくるようで、私は机から教科書を取り出し静かに誰も居なくなった教室を出た。
今日の帰り道はやけに寂しい気持ちがした。