第二十話 ここにいた
そこには全てがあった。
私とけんじが夢の島、ハワイに降り立ち、食事をゆっくり取る暇もなく空港の一番安いツアー会社に”ペレの腰掛”行きのツアーをたずねると英語交じりの彼らは丁寧に行きかたを教えてくれた。しかし高校生の私達は運転免許もなく、ツアーも思っていたよりも高い。
むしろ”ペレの腰掛”ツアーなどなく、近くのサンディビーチ行きのツアーに混ざり、そこから徒歩で30分程歩かなければならないらしい。
しかも歩道という歩道はなく、歩くのは危険だといわれた。
困っていた私達を見かねて、一人白人さんがツアー会社の人から事情を聞くとシャトルバスなら好きなときに好きな場所に連れて行ってくれる、という有難い情報をくれたのだ。
私達は多少お金はかかったがシャトルバスに乗り込み、その場所へ連れてってもらった。
ホテルへのチェックインも、大きなキャリーバックもまだ引きづったまま私達は向かった。
車中、ハワイアンだろうか、色の茶色い運転手さんが片言の日本語で私達に尋ねてきた。
「あなたたち日本人?」
「え?あ、はい。」
「ペレの腰掛って有名じゃないよ。」
「え?そうなんですか。」
あまり観光客の行くところではないと聞いていたが、本当らしい。
「なんで知ってるの?」
運転手さんのふいな問いかけに私達は目を見合して、笑った。
「友達から聞いたんです。」
「あそこ道ないから気をつけて。」
「え?!じゃあどうやっていくんですか?」
私は運転席の頭上にあるミラー越しに運転手を除いた。
「ハイキングコースに行く手前の、道、ううん、道じゃないな。
人が通った跡があるから、そこを下っていって。
ずっと行くと海があるから。
きっとそこまで行けば左側に見えるよ。」
この外人さん、やけに日本語が上手いな、なんて感心しながら聞いていると突然けんじが車の窓の外をずっと見つめ呟いた。
「あっ・・・」
私はけんじの横顔を見つめると、なんだか話しかけてはいけないような気がした。そしてけんじは左右をじっくり見ながら、何かを確認しているように見えた。私はけんじをそっとしておいたほうがいいと思い、もう一度運転手さんに問いかけた。
「あの、ペレって何ですか?」
ミラー越しに私をちらっと見た。
「ペレ知らないのにいくの?
ペレは火山の神様。ハワイの伝説。」
ハワイの伝説の神様・・・?なのになぜ有名じゃないのだろう。
空港から4斜線の高速道路を抜け、町並みに入り組むと観光客でにぎわう都心を横目で通り抜け
私達はそのまま山の中へと入っていった。
どれくらいいっただろう。ハワイの広大な自然に圧倒されながら私達は持ってきたカメラを忘れる位、口をあんぐり開けて窓にへばりついていた。
そんな私達を見て運転手は自慢のハワイの有名ところをいろいろ説明してくれた。
そして30分程経った頃だろうか、私達は有名なサンディビーチを右手に越すと目の前に何とも大きな山々が現れた。そして近くに駐車場が見えると運転手はその中へと入って行った。
「ここだよ。」
けんじと私は荷物を車に置いて外へ出た。
言葉にならなかった。
ううん。言葉では言い表せない大自然がそこにはあった。
まるで絵の様に、目の前には大きな山々が立ち並び、緑や黄色の絵の具で塗ったような木々が風に揺られ、奥の方では自然に崖になった箇所が顔を出している。そして鳥の声がこだまして、合間合間に海の波の音が奏でた。
なんて素晴らしいところなのだろう。私は感動で胸がいっぱいになり横にいるけんじに目をやると口をぽっかりと開け、同じく大自然に圧倒されていた。
「そこの入り口を入るとすぐ右手に下れる道が見えるから
まっずぐ行けば見えるよ。
椅子の形をした岩が見えるから、それがペレの腰掛だよ。」
本当に日本語の上手な運転手だ。
丁寧に道の説明をしてくれて、シャトルのところで荷物番までしてくれる親切な人だ。
何はともあれ、私達はゆっくりとハイキングコースの入り口を通り過ぎた。するとすぐに右側に道とは呼べない、人の通った後がある道が見つかった。
「けんじ、ここじゃない?」
「かもな・・・行くか。」
けんじを先頭に私は道なき道を着いていった。
まるで大自然と一体化されたように、草花の中を切り分け360度山の中にいるようだ。空は青々とし雲の白さは本当に絵のようだ。私は周りをくるりと一周して見渡し、深く深く深呼吸をした。
「けんじ!見て!あそこにパラシュートが見えるよ!」
空の向こう側を指さし、けんじの方へ顔を向けると、走り出すけんじの背中が見えた。
「えっ、ちょっと!けんじ!けんじってば!」
走り出すけんじの背中を追うように走り出すと、ちょうどそこから駐車場が見えないくらいまでたどり着いた時に、けんじが立ち止まった。
私は息を切らしながらけんじの背中にたどりついた。
「ちょっと、どうしたの?何か見つけたの?」
けんじの顔を下から覗きこむと、けんじはまた口を大きく開け先の方を指差した。
「こ・・・ここだ。」
そしてけんじの指先に目をやると、目の前に山の頂点に椅子の形をした大きな岩があったのだ。
「俺、ここ知ってるよ!ここだよ!」
そういうと早足に岩の方へと向かった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
でも私達が来た方向からだと岩の場所までたどり着けそうにない。むしろハイキングコースから行ったほうがよかったんじゃないか、と思えるくらい足場の悪いところだ。
「まい!そっちじゃない!こっちだよ!」
私が腰掛の岩に近づこうと岩場を登ろうとすると、けんじは海辺の方を指差して言った。
「けんじ、だってそっち海だよ!
腰掛はこっちじゃん。」
「違うんだよ!こっちきて!」
までけんじはこの場所を知っているように私の手を引いた。
そしてペレの腰掛を左手に通り過ぎると、そこには何とも危険島の岸壁にたどり着いたのだ。
ビーチとはまるで違い、波は荒く唸るように流れ、岩岩もぶつかり合ったように足場が悪い。しかし海の色は信じられないくらい青く、そして緑色にさえ見える。
海の中も外から覗けるほど透き通り、そこには人は誰もいなかった。
「ここだよ。
ここで俺は彼女にあったんだ。」
足場の悪い岩をひょいひょいと登り、地元の子供達が作ったのか飛び込み用の板が岩の先に敷いてあった。けんじは何かに取り付かれたようにはしゃぎ回ると、思い出したように上を見上げた。
「まい、みてごらん。」
私はけんじの目の先を追って見ると、私達の頭上にはペレの腰掛が堂々とそびえ立っていたのだ。
私は震えさえ覚えた。
そして腰掛の足元には荒々しい入り江があった。そしてけんじは入り江の側に駆け寄ると、また頭上の腰掛を眺めた。
「本当に椅子みたいな形してるんだね・・・。」
私の問いかけをけんじは黙って聞いた。
「まい。」
入り江に立ち尽くしたまま、私はけんじの背中を見つめた。
「やっぱり俺、ここ知ってるよ。」
「うん。」
そして風がびゅっと音を立てて私達をあおり、前髪を風で揺らしながら私の方を振り向くと、けんじは今にも泣きそうな顔を無理やり笑顔を作り言った。
「やっぱり、俺ここにいたんだ。」
けんじの過去は、確かにここにあった。