第十八話 自分勝手
「俺がその椅子の形を岩の近くの海辺に漁に行くんだ。」
「うん。」
私はけんじの話の腰を折らないように小さく話の途中、途中で相槌をうった。
「そしたら岩の下の方で誰かがいるのを察して海を除いて見ると
そこには真っ黒の長い髪が見えて、もっとよく見ようと背をかがめて覗き込むと
裸の彼女が足のつかないくらいの深い場所で泳いでるのが見えたんだ。」
私は頭にその状況を想像しながら聞いた。少しだけ胸に”嫉妬”のような痛みを感じたが、気にしないフリをして話を聞き続けた。
「んで、彼女が俺に気付いてフリ向くと、正直全然今風の子じゃないんだけど
その夢の中の俺は電流が走ったような感覚に陥ったんだ。
それこそ、赤い実がパーんって弾けたようにさ。」
赤い実弾けた、とは私達が中学生のときに習った教科書の一部にあった、恋に落ちたときの表現だ。
「すると彼女は何か訳の分からないことを言うんだ。
んで岩にかけてあった腰みのみたいのをつけて俺のところに上がってくるんだけど、
その時は既に恋に落ちてたんだ。」
「ふーん・・・。」
勝手な話だが、胸の奥がチリチリと痛んで、そっけない声を出した。
しかしけんじは話しに夢中になって気にも留めずに進めた。
「彼女がそのまま俺の側に来ると、何も言わずにじっと見つめて去っていったんだ。」
「え?それだけ?」
「そう、それが始まり。」
「え?彼女から笑いかけられて、けんじは恋に落ちて、んで?どうやって二人は恋人同士にな ったの?」
あまりにも私が想像していたのと違って、シンプルな二人の物語についにケチを付け始めてしまった。私はもっと小夜と隆弘のようにドラマチックな出会いを求めていたのに、けんじの片思いから始まり、それで?とまるで昼ドラにはまって続きをテレビ局に問い合わせをしている主婦のような口調になった。
「しらねーよ。それから俺は毎日会いに行って、気付いたら恋人?っぽくなってたの。
あんま話してる夢を見たことないから、分からないよ。」
私ががっかりしたように言ったためか、けんじの口調も少し怒ったように聞こえた。
「時間とか言葉とか関係なく、俺達は恋に落ちたんだよ。」
けんじの深い言葉を聞くと胸の奥がずきんと鳴った。
その時、パソコンに一通のメールが届いた。さっき質問版に出したやつだ。
「けんじ!質問版に答えてくれた人がいるみたい!メールが来たよ!!」
「まじで?何て!?」
けんじの声が一段と大きくなった。
そしてメールにはこう書かれていた。
『こんにちは(^^)
椅子みたいな岩って、”ペレの腰掛”のことじゃないですか?
中心のwaikikiからは結構遠いので車じゃないと行けそうにないですが
ハワイカイの方へ向かってサンディビーチを抜けると、ハイキングコースみたいに
なってるいる山があります。
分かりづらいかもしれませんが、右側に山のふもとに駐車場が見えるので
そこを目印にしてください。
そのハイキングコースを登っていくと、岸壁に”ペレの腰掛”と呼ばれる岩があります。
きっとそこだと思いますよ☆
ハワイ姫』
「ハワイ姫って・・・。」
私は読み終えてニックネームを馬鹿にして笑ったが、けんじはまたも真剣に言った。
「ペレの腰掛ってなんだ?」
受話器を持ちながらインターネットで検索してみると多くの情報にヒットした。私は何も言わずにけんじのEmailアドレスにこの情報を転送した。
勝手な話だが、けんじの頭の中は彼女でいっぱいで私との会話を楽しむ余裕はないようだ。
「今、けんじのメアドに転送したから後で見てみて。」
「ありがとう。何か怒ってんの?」
けんじは不思議そうに問いかけたが、またも私は理不尽なやきもちに胸を痛め「別に」と心ない返事を返した。
「ねぇ、そのハワイ姫って人のメアド分かる?」
「本当のメアドは分からないけど、転送先があるから、それも添付して送っとくよ。」
「わりぃ。サンキュ。」
そのままカーソルを送信にクリックした。
「ごめん、けんじ。もう遅いから寝るよ!
また話そう!」
「え?あ、おう!」
私は何て子供なんだろう。
けんじを勝手に遠ざけ、理不尽な理由で振り、他の中学生の男に走り、そして元彼の夢の彼女にやきもちをやき、そして今度は顔も知らない親切な”ハワイ姫”にさえやきもちを焼き始めたのだ。
私はパソコンに開いた”ペレの腰掛”のサイトをお気に入り登録し、ページを閉じた。
わがままな私が、ここにいた。