第十五話 日も落ちる頃
ページをめくる手を止め、私は涙を流しながら隣に座る少年を見た。
すると少年は一点を見つめて言葉を発さない。
そしておもぐろに手を伸ばすと数々の日記や写真の中から一枚の手紙が出てきたのだ。
そして宛名は何も書かれていない。
ほこりを被ったその縦長の封筒の裏には”小夜”と綺麗な文字が書かれていた。
きっとこれは小夜からケイジロウへの手紙だろう。
「ばあちゃんからじいちゃんにだ。」
少年が小さく言うと、ゆっくりと封筒の中から手紙を取り出した。そして少年は読んでいくうちに手に力が入っていくのが分かった。手紙の端をくしゃっと握り声を声を殺しながら手紙に額をうずめた。
まだ中学生の少年には受け入れがたい現実でも書かれていたのだろうか。私は少年の頭を一度撫ぜた。そして少年は埋めた頭から、小さな泣き声をもらした。
私は少年のこの姿を見ていると、何て事に巻き込んでしまったのだろうと後悔の念に襲われ、少年の顔を見ることができなくなった。
小さく震える肩に手を置き「ごめんね。巻き込んで。」と小さく耳元で呟いた。
すると少年は鼻をすすりながら私に涙に濡れた手紙を差し出した。
そこには何とも現実とは思えない小夜のケイジロウへの思いが書かれていたのだ。
”慶次郎 さん
まず初めに、少々現実に受け入れ堅い話をさせてください。
私は慶次郎さんに話さなければならない事があり、筆をとりました。
隆弘さんが亡くなってから私は生きる希望を失い、一度自らの命すら絶とうとした時の事を覚えていますか。
あの病室で、あなたが寝ずに私の側で私の還りを待っていてくれた事、そして何度も私の名を呼び、人前で一度も弱いとこなど見せない慶次郎さんが涙さえ流してくれたこと、実は隆弘さんと一緒に見ていました。
そして私はもう一度生きようと決意ができたのです。
あなたのところに嫁ぐとき、迷いはありませんでした。
しかし戦争の話や昔の写真を見たときは隆弘さんを思い出さずにはいられず、そんな私を見てあなたはいつも気を使ってくださいましたね。
私はあなたの優しさに何度助けられたか分かりません。
そして正樹が生まれ少し経った夜でした。
私はまた夢の中で隆弘さんと会いました。
隆弘さんは変わらない笑顔で私の元に駆け寄って来ましたが、私はその時ちゃんと隆弘さんに伝えたのです。
私はもう慶次郎さんの嫁。正樹の母。と。
すると隆弘さんは私を見つめこう言いました。
”小夜が幸せならよかった”と。私は自信を持って幸せですよ、と伝えました。
そして必ず私達の元に生まれ変わると約束してきました。
その後からあなたが夢の中にやってきて、現実で目が覚めるとあなたが私を見つめているじゃありませんか。あの夢は私達二人に隆弘さんが会いに来た夢なんだと実感しました。
そして実はこの後に一度隆弘さんが私の夢に現れ秘密を教えてくれたのです。
正樹の後に弟・啓二が生まれ二人も無事に育ち、正樹が結婚した夜の事です。
久しぶりに隆弘さんが私の夢に現れました。そして何とも驚くべき事を伝えてきたのです。
”正樹の子として生まれ変わる”と。
今世で隆弘さんの生まれ変わりの子を抱きたいのですが、私の体があとどれくらい持つか分かりません。
私の命が尽きる前にこの事だけは伝えねばと思い、手紙にしました。
最後に慶次郎さん。
私はあなたの嫁になれて本当に幸せです。ふがいない私の側にずっと居てくれてありがとうございます。
小夜”
私は手紙を持つ手を止め少年を見た。そしてお互い瞬きもせず見つめた。
「ばあちゃん、俺の生まれる前に死んだんだ。」
「え?」
鼻をすすりながら少年は言った。
「俺が生まれる二年も前に死んだんだよ。」
そして私の手から手紙を取り、丁寧に封筒に戻しながら言った。
「俺、ばあちゃんに会った事ないけど、なんだか知ってる気はしてたんだ。」
私は黙って少年を見つめた。
「小さい頃もばあちゃんの名前を呼んでたって言われたこともあるし。家族の中でじいちゃん が一番仲良かった。
いっつもじいさんと一緒だったし、ばあちゃんの話も何度もされた。
俺・・・・やっぱり・・隆弘って人の生まれ変わりなんだ。」
また頭をもたげ肩を震わし始めた。
私はそっと近づきぎゅっと少年の肩を包むように抱きしめた。すると私の腕の中から少年が小さく涙声で言った。
「俺、なんだか今すっげぇ嬉しい。」
私は少年の頭に頭を乗せて
「ごめんね。巻き込んで。」と小さく言うと少年はまた鼻をすすりながらゆっくりと顔を上げ私の目の前に顔を寄せた。
「ううん。俺は隆弘って人の生まれ変わりだって知れて嬉しいよ。」
「え・・・?どうして・・・?」
少年は私の頬に右手をかざしゆっくりと近づいた。
「あんたはばあちゃんの生まれ変わりなの・・・?」
私も真剣に少年を見つめた。
そしてこくり、と頭を下げると少年はぎゅっと私を抱きしめ囁いた。
「やっと会えたんだね・・・。」
夕日も落ちる頃だった。